Lowell Mason (1792-1872)
Lowell Mason(ローウェル・メイソン、1792年1月8日 – 1872年8月11日)は、アメリカの作曲家、音楽教育者、指揮者であり、19世紀のアメリカ教会音楽と音楽教育に多大な影響を与えました。彼は「アメリカ教会音楽の父」と称され、1600曲以上の賛美歌を作曲・編曲しました。特に有名な作品には、「Joy to the World(もろびとこぞりて)」の編曲や、「Nearer, My God, to Thee(主よ御許に近づかん)」の旋律「Bethany(ベサニー)」があります。
See page for author, Public domain, via Wikimedia Commons
マサチューセッツ州メドフィールドで生まれたメイソンは、幼少期から音楽に親しみ、独学で学びました。青年期にはジョージア州サバンナに移り、銀行員として働く傍ら、インディペンデント長老派教会の聖歌隊指導者を務めました。1822年、彼は『The Handel and Haydn Society’s Collection of Church Music(ハンデル・ハイドン協会教会音楽集)』を出版し、これがアメリカで初めて広く普及した賛美歌集となりました。
1827年、メイソンはボストンに戻り、複数の教会で音楽監督として活動しました。彼は音楽教育の重要性を強く信じ、1838年にはボストン市の公立学校で音楽を正式な教科として導入することに成功しました。これにより、彼はアメリカ初の重要な音楽教育者と見なされ、公共教育における音楽の地位向上に貢献しました。
メイソンの教育手法は、ペスタロッチ教育法の影響を受け、音楽を体系的かつ段階的に教えるものでした。彼のアプローチは、音楽教育の標準を確立し、多くの教育者に影響を与えました。また、彼はボストン・ハンデル・ハイドン協会の指揮者として、クラシック音楽の普及にも努めました。しかし、メイソンの活動には批判もありました。彼の音楽改革により、それまでアメリカで盛んだった参加型の宗教音楽の伝統が衰退したと指摘する声もあります。
メイソンの家族も音楽に深く関わっており、息子のヘンリー・メイソンは楽器メーカー「Mason and Hamlin(メイソン・アンド・ハムリン)」の共同創設者であり、もう一人の息子ウィリアム・メイソンは作曲家として知られています。ローウェル・メイソンの遺産は、今日の教会音楽や音楽教育の基盤として受け継がれています。彼の努力により、音楽はアメリカの教育制度に深く根付くこととなり、多くの人々に音楽の喜びを伝える道を開きました。

