1896年4月に録音された音楽
1896年4月は、国際社会の制度整備と大衆娯楽の「近代化」が同時進行した月でした。1896年4月4日には日本国と独逸帝国(German Empire)の間で通商航海条約(Treaty of Commerce and Navigation)がベルリンで結ばれ、条約改正と対外通商制度の再設計が進みました。1896年4月6日–15日にはアテネで近代オリンピック競技大会(1896 Summer Olympics)が開催され、ギオルギオス1世(George I of Greece, 1845–1913)のもとで国際競技大会が実際に運営されました。1896年4月13日にはアメリカ合衆国最高裁判所(Supreme Court of the United States)でプラッシー対ファーガソン裁判(Plessy v. Ferguson)の口頭弁論が行われ、公共交通における分離の合憲性が争点として提示されました。1896年4月23日にはニューヨークのコスター・アンド・ビアルズ・ミュージック・ホール(Koster & Bial’s Music Hall)でトーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)の名でヴィタスコープ(Vitascope)の初の劇場公開上映が行われ、映像興行の定型が形成され始めました。科学技術では、ヴィルヘルム・コンラート・レントゲン(Wilhelm Conrad Röntgen, 1845–1923)によるX線の発見(1895年)を受けた応用が急速に進み、1896年4月には肺炎患者のX線写真に基づく所見として「エア・ブロンコグラム(air bronchogram)」が報告されています。
この月の確認されている録音:0曲
1896年4月の録音に関する情報のまとめ
1896年4月の「録音」周辺では、円筒式だけでなく円盤式(ディスク)にも、録音日が具体的に追跡できる例が確認できます。また、商業録音の現場だけでなく、各地の実演・興行のなかでフォノグラフ(phonograph)が使われた記録もあり、録音・再生技術が都市娯楽や巡回興行に浸透していく過程がうかがえます。
ベルリナーの録音日付が特定できる例
ベルリナー・グラモフォン(Berliner Gramophone)の系統では、個別タイトルについて「1896年4月10日」など録音日が明記されたアーカイブ記述が確認できます。たとえばフェルッチョ・ジャンニーニ(Ferruccio Giannini, 1868–1948)による録音(タイトルは資料側の表記に従う)で、録音日が1896年4月10日とされる例があります。
- https://archives.yale.edu/repositories/6/archival_objects/2677419
- https://archives.library.wcsu.edu/caoSearch/catalog.html?f%5Bcollection%5D%5B%5D=Berliner+Gramophone+Disc+Collection%2C+1892-1912&per_page=50&sort=date_sort+asc&view=compact
J・W・マイヤーズの録音日付が示される例
フォノグラフィア(Phonographia)の公開資料では、J・W・マイヤーズ(John W. Myers, 生没年不明)に関するベルリナー盤の例として、「1896年4月18日録音」と明記された項目が提示されています(サイト上の記述に依拠)。
スペインにおけるフォノグラフ実演・セッションの記録
アーリー・フォノグラフィー(Early Phonography)の地図資料では、スペイン各地の「フォノグラフのセッション(phonographic sessions)」が新聞等の報道に基づいて整理されており、1896年4月22日にパルマ・デ・マヨルカ(Palma de Mallorca)でフォノグラフに関する催しがあった旨が示されています(個々の内容は当該資料の注記に従う必要があります)。
