1936年8月に録音された音楽

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1936年8月に録音された音楽

1936年8月は、ベルリンで第十一回オリンピアード競技大会(Games of the XI Olympiad)が開催され、ドイツ国(German Reich)のアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler, 1889–1945)政権による政治宣伝と、ジェシー・オーエンス(Jesse Owens, 1913–1980)の陸上4冠が国際的な注目を集めました。ギリシャ王国(Kingdom of Greece)では、8月4日にイオアニス・メタクサス(Ioannis Metaxas, 1871–1941)が国王ゲオルギオス2世(George II of Greece, 1890–1947)の承認を受けて独裁体制を開始しました。スペイン内戦(Spanish Civil War)は拡大し、フェデリコ・ガルシア・ロルカ(Federico García Lorca, 1898–1936)は8月18日または19日に殺害されました。ソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)では、モスクワ裁判(Moscow Trials)の一部として扱われる1936年8月の公開裁判が始まり、グリゴリー・ジノヴィエフ(Grigory Zinoviev, 1883–1936)とレフ・カーメネフ(Lev Kamenev, 1883–1936)らが処刑されました。8月26日には英国・エジプト同盟条約(Anglo-Egyptian Treaty of 1936)がロンドンで署名され、同日、英国放送協会(British Broadcasting Corporation)はラジオリンピア(Radiolympia)向けの実験的テレビ番組送信を行いました。

この月の確認されている録音:0曲

1936年8月の録音に関する情報のまとめ

1936年8月の録音産業では、アメリカ合衆国の業界誌『ラジオ・トゥデイ』(Radio Today)1936年8月号が、主要レコード会社の広告費が前年期より50パーセント増加していると報じ、レコード販売の回復を業界動向として扱いました。同号は、ラジオ番組、映画短編、スウィング系ダンス音楽がレコード需要を押し上げている状況を伝えています。録音面では、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)系、アメリカン・レコード社(American Record Corporation)系、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)系の録音が確認でき、イギリスではエレクトリック・アンド・ミュージカル・インダストリーズ社(Electric and Musical Industries Ltd.)系のパーロフォン・レコード(Parlophone Records)で録音活動が行われました。また、販売・目録整備の面では、ニューヨークのグラモフォン・ショップ(The Gramophone Shop)による大規模な録音音楽案内書の刊行が同月の業界資料に掲載されています。

RCAヴィクター/ブルーバード

ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)系では、ヴィクター・レコード(Victor Records)とブルーバード・レコード(Bluebird Records)の販売動向が『ラジオ・トゥデイ』(Radio Today)1936年8月号に掲載されました。同号は、ベニー・グッドマン(Benny Goodman, 1909–1986)のVictor 25355、ファッツ・ウォーラー(Fats Waller, 1904–1943)のVictor 25342などを人気盤として挙げています。録音面では、ファッツ・ウォーラー・アンド・ヒズ・リズム(Fats Waller and His Rhythm)が1936年8月1日にニューヨークでヴィクター・レコード(Victor Records)用の録音を行い、「I’m Crazy ’Bout My Baby」「I Just Made Up With That Old Girl Of Mine」「Until The Real Thing Comes Along」などが記録されています。同号は、アルトゥーロ・トスカニーニ(Arturo Toscanini, 1867–1957)指揮によるリヒャルト・ワーグナー(Richard Wagner, 1813–1883)作品集が、音楽販売店で大きな売上を示していることも伝えています。

アメリカン・レコード社

アメリカン・レコード社(American Record Corporation)は、1936年時点でブランズウィック・レコード(Brunswick Records)、ヴォカリオン・レコード(Vocalion Records)、コロムビア・レコード(Columbia Records)などを含む録音・発売網を運営していました。1936年8月には、バニー・ベリガン(Bunny Berigan, 1908–1942)が8月4日と8月5日にニューヨークで録音を行い、ブランズウィック・レコード(Brunswick Records)およびヴォカリオン・レコード(Vocalion Records)での発売が記録されています。アーティ・ショウ(Artie Shaw, 1910–2004)は8月6日にニューヨークで「South Sea Island Magic」「It Ain’t Right」「Sugar Foot Stomp」「Thou Swell」を録音し、同じくアメリカン・レコード社(American Record Corporation)系の発売網に組み込まれました。ジョー・ヘイムズ(Joe Haymes, 1907–1964)は8月13日にニューヨークで録音を行い、レッド・ノーヴォ(Red Norvo, 1908–1999)はレッド・ノーヴォ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Red Norvo and His Orchestra)として8月26日にニューヨークで「It All Begins And Ends With You」「A Porter’s Love Song To A Chambermaid」「I Know That You Know」「Picture Me Without You」を録音しました。

ハワイアン・トランスクリプション・プロダクションズ

1936年8月、ハワイアン・トランスクリプション・プロダクションズ(Hawaiian Transcription Productions)は、アメリカン・レコード社(American Record Corporation)にホノルルの録音施設を貸与する契約を結びました。この契約により、アメリカン・レコード社(American Record Corporation)はハワイでの録音活動を行うための現地拠点を得ました。これは単一の録音セッションではなく、録音施設・地域録音網に関する企業活動として、1936年8月の録音産業に含めるべき動きです。

デッカ・レコード社

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、1934年にアメリカ合衆国で設立されたレコード会社で、1936年8月には販売面と録音面の双方で活動が確認できます。『ラジオ・トゥデイ』(Radio Today)1936年8月号は、アンディ・カーク(Andy Kirk, 1898–1992)関連のDecca 729およびDecca 809、コニー・ボズウェル(Connee Boswell, 1907–1976)とボブ・クロスビー(Bob Crosby, 1913–1993)関連のDecca 829を人気盤として掲載しています。録音面では、ボブ・クロスビー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Bob Crosby and His Orchestra)が1936年8月19日にニューヨークで「Woman On My Weary Mind」「Royal Garden Blues」を録音しており、同社のスウィング系レパートリーが同月も拡充されていました。

エレクトリック・アンド・ミュージカル・インダストリーズ社

イギリスでは、エレクトリック・アンド・ミュージカル・インダストリーズ社(Electric and Musical Industries Ltd.)系のパーロフォン・レコード(Parlophone Records)で、1936年8月の録音活動が確認できます。ナット・ゴネラ(Nat Gonella, 1908–1998)は、ナット・ゴネラ・アンド・ヒズ・ジョージアンズ(Nat Gonella and His Georgians)として1936年8月8日にロンドンで「The Mayor Of Alabam’」「Your Feet’s Too Big」「Tormented」「Poor Dinah」を録音しました。これらはパーロフォン・レコード(Parlophone Records)での発売が記録されており、1936年8月のイギリスにおけるジャズ系録音活動を示しています。

グラモフォン・ショップ

ニューヨークのグラモフォン・ショップ(The Gramophone Shop)は、1936年8月に録音音楽の流通・目録整備に関する重要な出版活動を行いました。『ラジオ・トゥデイ』(Radio Today)1936年8月号は、同店が『エンサイクロペディア・オブ・レコーデッド・ミュージック』(Encyclopedia of Recorded Music)を刊行したことを伝えています。同書は545ページで、アルバム・セット、語学レコード、文学・発声関連レコード、各国音楽・民謡などを含み、30以上の国内外レコード・ブランドと681人の作曲者を扱う案内書として紹介されました。録音制作ではなく販売・目録整備の活動ですが、1936年8月時点のレコード市場拡大と購入導線の整備を示す動きです。