1960年11月に録音された音楽
1960年11月は、冷戦期の政治再編、公民権運動、科学技術、出版文化をめぐる出来事が重なった月でした。2日、英国のレジーナ対ペンギン・ブックス社事件(Regina v Penguin Books Ltd)で、ペンギン・ブックス社(Penguin Books Ltd)による『チャタレイ夫人の恋人(Lady Chatterley’s Lover)』刊行が無罪評決を受け、1959年わいせつ出版法(Obscene Publications Act 1959)下の表現の自由をめぐる象徴的事件となりました。8日、1960年アメリカ合衆国大統領選挙(United States presidential election of 1960)でジョン・フィッツジェラルド・ケネディ(John Fitzgerald Kennedy, 1917–1963)がリチャード・ミルハウス・ニクソン(Richard Milhous Nixon, 1913–1994)を破りました。14日にはルビー・ブリッジズ(Ruby Bridges, 1954–)がニューオーリンズのウィリアム・フランツ小学校(William Frantz Elementary School)に登校し、学校統合の象徴となりました。20日、日本では第29回衆議院議員総選挙が行われ、池田勇人(1899–1965)の自由民主党政権が継続しました。23日、アメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration)はテレビジョン赤外線観測衛星2号(Television Infrared Observation Satellite 2)を打ち上げ、気象衛星観測を進展させました。25日、ドミニカ共和国ではミラバル姉妹(Mirabal sisters)がラファエル・レオニダス・トルヒーヨ・モリーナ(Rafael Leónidas Trujillo Molina, 1891–1961)政権下で殺害されました。27日にはコンゴ危機(Congo Crisis)の中でパトリス・エメリー・ルムンバ(Patrice Émery Lumumba, 1925–1961)がレオポルドヴィルを脱出し、翌月の拘束へつながる局面に入りました。
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1960年11月の録音に関する情報のまとめ
1960年11月のアメリカ合衆国レコード市場では、主要レコード会社と独立系レーベルのシングルがビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)上で大きく動きました。アトランティック・レコード(Atlantic Records)、エービーシー・パラマウント・レコード社(ABC-Paramount Records, Inc.)、ヘラルド・レコード(Herald Records)、アールシーエー・ビクター・レコード(RCA Victor Records)の録音が週ごとに首位を占め、リズム・アンド・ブルース、ポップ、ドゥーワップ、ロックンロール、カントリー・ポップが同じ市場で競合していました。ビルボード誌(Billboard)では、シングル盤の販売制度、流通部門の人事、販売店向け施策も扱われており、録音作品だけでなく、販売と流通を含むレコード産業全体の動きが見られます。
アトランティック・レコード
アトランティック・レコード(Atlantic Records)では、ザ・ドリフターズ(The Drifters)の「セイヴ・ザ・ラスト・ダンス・フォー・ミー(Save the Last Dance for Me)」が、1960年11月7日付のビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)で首位となりました。同曲は10月から11月にかけて上位を維持し、アトランティック・レコード(Atlantic Records)のリズム・アンド・ブルース系ポップ録音が全国市場で強い影響を持っていたことを示します。
デッカ・レコード
デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)では、ブレンダ・リー(Brenda Lee, 1944–)の「アイ・ウォント・トゥ・ビー・ウォンテッド(I Want to Be Wanted)」が1960年11月上旬のビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)上位に残りました。同曲は直前の10月に首位を記録しており、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は1960年後半の若年層向けポップ市場で継続的な販売力を示しました。
エービーシー・パラマウント・レコード
エービーシー・パラマウント・レコード社(ABC-Paramount Records, Inc.)では、レイ・チャールズ(Ray Charles, 1930–2004)の「ジョージア・オン・マイ・マインド(Georgia on My Mind)」が1960年11月14日付のビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)で首位となりました。同曲は、ポップ、リズム・アンド・ブルース、スタンダード歌唱の境界をまたぐ録音として、同社の全国的な販売成果を示す当月の代表例です。
ヘラルド・レコード
ヘラルド・レコード(Herald Records)では、モーリス・ウィリアムズ・アンド・ザ・ゾディアックス(Maurice Williams and the Zodiacs)の「ステイ(Stay)」が1960年11月21日付のビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)で首位となりました。独立系レーベルの短いドゥーワップ録音が全国チャートの最上位に達した事例であり、1960年11月の市場動向を示す重要な録音関連事項です。
アールシーエー・ビクター・レコード
アールシーエー・ビクター・レコード(RCA Victor Records)では、エルヴィス・アーロン・プレスリー(Elvis Aaron Presley, 1935–1977)の「アー・ユー・ロンサム・トゥナイト?(Are You Lonesome Tonight?)」が1960年11月28日付のビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)で首位となりました。同社では同時期にフロイド・クレイマー(Floyd Cramer, 1933–1997)の「ラスト・デイト(Last Date)」も上位に入り、ポップ歌唱録音とインストゥルメンタル録音の双方で市場上の存在感を示しました。
キャデンス・レコード
キャデンス・レコード(Cadence Records)では、ジョニー・ティロットソン(Johnny Tillotson, 1938–)の「ポエトリー・イン・モーション(Poetry in Motion)」が1960年11月のビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)上位に入りました。キャデンス・レコード(Cadence Records)は、1950年代後半から1960年代初頭にかけてポップ・シングル市場で強い独立系レーベルの一つとして機能し、1960年11月にもその動きを継続しました。
キング・レコード
キング・レコード(King Records)では、ハンク・バラード・アンド・ザ・ミッドナイターズ(Hank Ballard and the Midnighters)の「レッツ・ゴー、レッツ・ゴー、レッツ・ゴー(Let’s Go, Let’s Go, Let’s Go)」が1960年11月21日付のビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)上位に入りました。リズム・アンド・ブルース系の独立系レーベルであるキング・レコード(King Records)は、当月のポップ・チャートにも進出していました。
インディゴ・レコード
インディゴ・レコード(Indigo Records)では、キャシー・ヤング・ウィズ・ジ・イノセンツ(Kathy Young with The Innocents)の「ア・サウザンド・スターズ(A Thousand Stars)」が1960年11月下旬のビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)上位に入りました。小規模レーベルのティーン・ポップ系録音が全国市場で上位に達した事例として、同月の独立系レーベル動向に含められます。
レグランド・レコード
レグランド・レコード(Legrand Records)では、ユー・エス・ボンズ(U.S. Bonds, 1939–2024)の「ニューオーリンズ(New Orleans)」が1960年11月下旬のビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)上位に入りました。同曲は地方色の強いロックンロール録音として全国市場に入り、独立系レーベルが1960年11月のシングル市場で存在感を示した例です。
ルーレット・レコード
ルーレット・レコード(Roulette Records)では、ジョー・ジョーンズ(Joe Jones, 1926–2005)の「ユー・トーク・トゥー・マッチ(You Talk Too Much)」が1960年11月のビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)上位に入りました。同曲はニューオーリンズ系リズム・アンド・ブルースの流れを持つポップ・シングルとして、同社の当月チャート上の活動を示します。
ヴィー・ジェイ・レコード
ヴィー・ジェイ・レコード(Vee-Jay Records)では、ジェリー・バトラー(Jerry Butler, 1939–)の「ヒー・ウィル・ブレイク・ユア・ハート(He Will Break Your Heart)」が1960年11月下旬のビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)上位に入りました。ヴィー・ジェイ・レコード(Vee-Jay Records)は、シカゴを拠点とする独立系レーベルとして、同月のソウル/リズム・アンド・ブルース系ポップ市場で明確な存在感を示しました。
ブランズウィック・レコード
ブランズウィック・レコード(Brunswick Records)では、ジャッキー・ウィルソン(Jackie Wilson, 1934–1984)の「アローン・アット・ラスト(Alone at Last)」が1960年11月下旬のビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)上位に入りました。ブランズウィック・レコード(Brunswick Records)は、同月のポップ市場においてリズム・アンド・ブルース系歌手のシングルを全国チャートへ送り込んでいました。
コロムビア・レコード
コロムビア・レコード(Columbia Records)では、ジョニー・ホートン(Johnny Horton, 1925–1960)の「ノース・トゥ・アラスカ(North to Alaska)」が1960年11月下旬のビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)上位に入りました。ジョニー・ホートン(Johnny Horton, 1925–1960)は1960年11月5日に死去しており、同曲の当月チャート上昇は、映画主題歌系のカントリー・ポップ録音が同社のシングル市場で強く動いていたことを示します。
キャピトル・レコード
キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、ビルボード誌(Billboard)1960年11月14日号で、シングル販売をめぐる販売店向け施策が報じられました。シングル盤の販売制度と小売店向けの市場対策は、当月の主要レコード会社による販売戦略の一部として位置づけられます。
- https://books.google.com/books?id=fh0EAAAAMBAJ
- https://onlinebooks.library.upenn.edu/webbin/serial?id=billboard
ドット・レコード
ドット・レコード(Dot Records)は、ビルボード誌(Billboard)1960年11月14日号で、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)と並んで販売店向けのシングル促進策が扱われました。シングル盤の販売・流通を刺激する企業活動として、1960年11月のレコード市場の動きに含められます。
- https://books.google.com/books?id=fh0EAAAAMBAJ
- https://onlinebooks.library.upenn.edu/webbin/serial?id=billboard
アールシーエー・ビクター・ディストリビューティング・コーポレーション
アールシーエー・ビクター・ディストリビューティング・コーポレーション(RCA Victor Distributing Corporation)は、ビルボード誌(Billboard)1960年11月7日号で、南カリフォルニア部門に関する人事・流通体制の動きが報じられました。販売・流通会社の組織上の動きは、アールシーエー・ビクター・レコード(RCA Victor Records)の当月市場展開を支える録音関連企業活動として整理できます。
- https://books.google.com/books?id=fh0EAAAAMBAJ
- https://onlinebooks.library.upenn.edu/webbin/serial?id=billboard
