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1960年6月に録音された音楽

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1960年6月に録音された音楽

1960年6月は、冷戦下の安全保障体制と脱植民地化が同時に進んだ月です。6月23日には日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(Treaty of Mutual Cooperation and Security between Japan and the United States of America)が発効し、東アジアの同盟関係が新段階に入りました。アフリカでは6月20日にマリ連邦(Federation of Mali)、6月26日にマダガスカル共和国(Republic of Madagascar)、6月30日にレオポルドヴィルのコンゴ共和国(Republic of the Congo)が独立し、旧植民地秩序の再編が加速しました。同じ6月26日にはソマリランド国(State of Somaliland)も独立し、7月のソマリア共和国(Somali Republic)成立へつながりました。科学技術では、アメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration)のテレビジョン赤外線観測衛星1号(Television Infrared Observation Satellite 1)が、衛星気象観測の実用性を示しました。社会面では6月10日にトランス・オーストラリア航空538便(Trans Australia Airlines Flight 538)事故が起き、航空安全制度に影響を与えました。文化面では、アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock, 1899–1980)監督の映画『サイコ(Psycho)』が6月16日にニューヨークで公開され、心理スリラー映画の表現に大きな影響を残しました。

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1960年6月の録音に関する情報のまとめ

1960年6月の録音産業では、45回転シングル、7インチ33⅓回転シングル、長時間盤、ステレオ盤、エクステンデッド・プレイ盤、廉価パック、蓄音機・再生機器、カスタム・プレス製造が並行して動いていました。『ビルボード(Billboard)』1960年6月各号と『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1960年6月18日号には、レコード会社の発売計画、アーティスト・アンド・レパートリー部門の人事、国際録音、製造工程、販売網、代理店向け施策が記録されています。大手会社ではステレオ盤と小型33⅓回転盤への対応が進み、独立系レーベルでは契約、宣伝、ジャンル拡張、新譜広告による市場開拓が続きました。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード(Capitol Records)は、『ビルボード(Billboard)』1960年6月20日号で、秋から7インチ33⅓回転のモノラルおよびステレオ・シングルを発売する方針が報じられました。同記事では、これらの小型33⅓回転盤を従来の45回転シングルとおおむね同時に発売し、モノラル盤を80セント、ステレオ盤を98セントで販売する予定であることが示されています。これはシングル盤市場における回転数とステレオ化をめぐる重要な動きです。また『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1960年6月18日号では、ジューン・クリスティ(June Christy, 1925–1990)がキャピトル・レコード(Capitol Records)所属15年目に入ったことが紹介され、同社の長期専属アーティストを軸にしたアルバム・カタログ運用も示されました。

コロンビア・レコード

コロンビア・レコード(Columbia Records)は、1960年6月に制作・製造の両面で動きがありました。『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1960年6月18日号では、シュイラー・チェイピン(Schuyler Chapin, 1923–2009)がコロンビア・マスターワークス(Columbia Masterworks)のアーティスト・アンド・レパートリー部門責任者に任命され、ゴダード・リーバーソン(Goddard Lieberson, 1911–1977)社長の発表として、同部門全体の活動を指揮すると報じられました。クラシック系制作部門の組織変更として重要です。さらに『ビルボード(Billboard)』1960年6月20日号では、レオ・コソウスキー(Leo Kosowsky, 生没年不明)が同社の研究開発部門で昇格し、マトリックス製造に使われるニッケル浴と鉄メッキ技術の開発に関与していたことが報じられています。

アールシーエー・ビクター・レコード

アールシーエー・ビクター・レコード(RCA Victor Records)は、1960年6月にステレオ・シングル、聖楽録音、長時間盤、海外録音の各方面で活動しました。『ビルボード(Billboard)』1960年6月27日号では、同社がベストセラー素材から構成するステレオ・シングルの新ラインを発売すると報じられ、7インチ盤とステレオ市場をめぐる動きがキャピトル・レコード(Capitol Records)などと並行していました。『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1960年6月18日号では、聖楽録音専門担当としてダロル・ライス(Darol Rice, 生没年不明)が同社のアーティスト・アンド・レパートリー部門に加わったことが報じられています。同号では、ジョージ・R・マレック(George R. Marek, 1902–1987)がヨーロッパへ向かい、『椿姫(La traviata)』や『オテロ(Otello)』を含むオペラ録音を監督する予定であることも伝えられました。さらに6月長時間盤では、モートン・グールド(Morton Gould, 1913–1996)指揮による『グランド・キャニオン組曲(Grand Canyon Suite)』と『ウェリントンの勝利(Wellington’s Victory)』を含むレッド・シール(Red Seal)系商品の販売施策が示されました。

エービーシー・パラマウント・レコード

エービーシー・パラマウント・レコード(ABC-Paramount Records)は、『ビルボード(Billboard)』1960年6月20日号で創立5周年特集の対象となり、1955年8月の設立以来の成長、制作部門、販売部門、海外運営、系列レーベル、製造体制がまとめて紹介されました。同特集では、サム・クラーク(Sam Clark, 生没年不明)が社長として同社を率い、ハリー・レヴィン(Harry Levine, 生没年不明)がアルバム制作と海外部門を担当していたことが確認できます。また、同社が1959年にブロンクスのプレス工場を取得し、需要増のため外部向けカスタム・プレスを行わないほど自社製品の製造に集中していたことも示されています。ポール・アンカ(Paul Anka)、レイ・チャールズ(Ray Charles, 1930–2004)、ロイド・プライス(Lloyd Price, 1933–2021)などの広告・商品展開も同特集内に掲載され、同社がポップス、リズム・アンド・ブルース、アルバム市場を横断して活動していたことが示されました。

ユナイテッド・アーティスツ・レコード

ユナイテッド・アーティスツ・レコード(United Artists Records)は、『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1960年6月18日号で、アート・タルマッジ(Art Talmadge, 1913–2006)が副社長兼ゼネラル・マネージャーに任命されたことが報じられました。同記事では、マックス・E・ヤングスタイン(Max E. Youngstein, 1913–1997)社長とデイヴィッド・V・ピッカー(David V. Picker, 1931–2019)副社長による発表として扱われており、同社のレコード部門運営体制が強化されました。同号では、マーヴ・ジョンソン(Marv Johnson, 1938–1993)とザ・ファルコンズ(The Falcons)のエクステンデッド・プレイ盤(Extended Play record)を発売し、流通業者へ出荷していることも報じられました。さらに、アレクサンダー・キング(Alexander King, 1899–1965)が同社と録音契約を結び、数週間以内にアルバムを録音予定だったことも示されています。

マーキュリー・レコード

マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1960年6月18日号で、クライド・マクファター(Clyde McPhatter, 1932–1972)との契約が報じられました。同記事では、東部地区アーティスト・アンド・レパートリー責任者のクライド・オーティス(Clyde Otis, 1924–2008)が、クライド・マクファター(Clyde McPhatter, 1932–1972)をアルバムおよびシングル録音セッションへ急ぎ入れる予定であることが示されています。これは同社のリズム・アンド・ブルースおよびポップス系制作強化の動きとして位置づけられます。同じ号では、マーキュリー・レコード・コーポレーション(Mercury Record Corporation)とマーキュリー・レコード・ディストリビューターズ(Mercury Record Distributors, Inc.)の会計・広告関係の人事も報じられており、制作だけでなく社内管理体制の整備も進みました。

カールトン・レコード

カールトン・レコード(Carlton Records)は、『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1960年6月18日号で、ルー・ダグラス(Lew Douglas, 1912–1997)が音楽監督として加わったことが報じられました。同記事では、ルー・ダグラス(Lew Douglas, 1912–1997)がアーティスト・アンド・レパートリー、編曲、指揮を担当し、さらに自身名義のシングルと長時間盤も発売される予定であることが示されています。制作責任者の交代は、同社の録音方針と商品編成に直接関わる動きです。同号では、ドン・ロンド(Don Rondo, 生没年不明)と長期契約を結び、宣伝キャンペーンと本人出演ツアーを予定していたことも示されています。

リバティ・レコード

リバティ・レコード(Liberty Records)は、『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1960年6月18日号で、同社初のカントリー・アンド・ウェスタン・シングルを発売したことが報じられました。対象は、ボブ・ウィルズ・アンド・ザ・テキサス・プレイボーイズ(Bob Wills & The Texas Playboys)とトミー・ダンカン(Tommy Duncan, 1911–1967)による「Heart to Heart Talk」/「What’s the Matter with the Mill」です。同記事では、スリック・ノリス(Slick Norris, 生没年不明)が宣伝を担当したことも示されています。リバティ・レコード(Liberty Records)は、ポップス中心のレーベル活動からカントリー・アンド・ウェスタン分野へ販売領域を広げました。

デッカ・レコード

デッカ・レコード(Decca Records)は、『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1960年6月18日号で、1961年向けの新しいフォノグラフ製品ラインを販売店に紹介したことが報じられました。同記事では、6種類の新モデルと既存8機種を含む構成、19.95ドルから149.95ドルまでのポータブル機、89.95ドルから179.95ドルまでのコンソール機が示されています。具体例として、ステレオ・コンソールの「ラムジー(Ramsey)」、20ワット・アンプを備えた「デヴォン(Devon)」、3チャンネル出力のステレオ・コンソール「パーマーII(Palmer II)」が挙げられています。レコード再生機器の販売施策を通じて、同社はステレオ時代の家庭用再生環境に関与していました。

エムジーエム・レコード

エムジーエム・レコード(MGM Records)は、『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1960年6月18日号で、同社社長が英国へ向かい、英国電気音楽産業(Electric and Musical Industries Ltd.)および同地のライセンシーとの会合を行う予定であることが報じられました。同記事では、ヴェラ・リン(Vera Lynn, 1917–2020)がエムジーエム・レコード(MGM Records)と契約したことにも触れられています。1960年6月時点の同社は、アメリカ国内のヒット商品だけでなく、英国市場と国際契約にも関わっていました。国際的な配給・契約関係は、録音物の制作と販売範囲を左右する会社活動でした。

ワーナー・ブラザーズ・レコード

ワーナー・ブラザーズ・レコード(Warner Bros. Records)は、1960年6月のシングル市場でエヴァリー・ブラザーズ(The Everly Brothers)の「Cathy’s Clown」(WB-5151)により大きな商業的存在感を示しました。『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1960年6月18日号のジュークボックス系ランキングでは同曲が上位に掲載され、同社がポップ・シングル市場で強い販売実績を持っていたことが示されています。ワーナー・ブラザーズ・レコード(Warner Bros. Records)は、映画会社系レーベルとしての出自を持ちながら、1960年6月にはポップ・シングル市場で目立つ位置にありました。

アトランティック・レコード

アトランティック・レコード(Atlantic Records)は、『ビルボード(Billboard)』1960年6月20日号で夏向け新譜広告を掲載し、ルース・ブラウン(Ruth Brown, 1928–2006)の「The Door Is Still Open」/「What I Wouldn’t Give」(Atlantic 2064)、トミー・レオネッティ(Tommy Leonetti, 1929–1979)の「Without Love」/「Blue Bird of Happiness」(Atlantic 2065)、トップ・ノーツ(The Top Notes)の新譜(Atlantic 2066)などを前面に出しました。同月の同社は、リズム・アンド・ブルースとポップスをまたぐシングル単位の新譜訴求を継続していました。

クラリオン・レコード・マニュファクチャリング

クラリオン・レコード・マニュファクチャリング(Clarion Record Manufacturing)は、『ビルボード(Billboard)』1960年6月20日号のエービーシー・パラマウント・レコード(ABC-Paramount Records)創立5周年特集内に広告を掲載し、レコード製造15年目であることを示しました。同広告では、カスタム・プレス、ピュア・ヴァージン・ビニール、モノラルおよびステレオ、45回転・33回転・16回転への対応が明記されています。1960年6月の録音産業では、ステレオ化と複数回転数に対応するプレス製造会社が、レーベル各社の商品展開を支える役割を担っていました。