PR

1889年1月に録音された音楽

この記事は約7分で読めます。

1889年1月に録音された音楽

1889年1月は、1月1日に北米西部からカナダ中部にかけて皆既日食が観測され、8日にはハーマン・ホレリス(Herman Hollerith, 1860–1929)がパンチカード式集計機に関する米国特許を取得するなど、天文学と情報技術の両面で後世に大きな影響を与える出来事が相次いだ月でした。
思想と政治の面では、トリノでのフリードリヒ・ニーチェ(Friedrich Nietzsche, 1844–1900)の精神崩壊が創作活動の事実上の終焉となり、30日にはオーストリア皇太子ルドルフ・フォン・エスターライヒ(Rudolf von Österreich, 1858–1889)とマリー・ヴェツェラ(Mary Vetsera, 1871–1889)の心中事件(マイヤーリンク事件)がハプスブルク家の後継問題をめぐってヨーロッパ社会に衝撃を与えました。

1889年1月の録音に関する情報のまとめ

1889年1月の録音まわりの動きは、実際の録音日付がはっきりしないものが多く、「1888年末〜1889年初頭」とまとめて記述されることが多いです。ここでは、一次資料から1月に直接言及しているもの、あるいは「1889年初頭」とされる録音・技術・企業動向を、録音史の文脈でピックアップしています。

コロンビア・フォノグラフ社の法人化

1889年1月、ワシントンD.C.でコロンビア・フォノグラフ社が法人化され、ノース・アメリカン・フォノグラフ社のワシントン地区代理店として正式に発足します。創業者エドワード・D・イーストン(Edward Denison Easton, 1856–1915)は当初、口述筆記用フォノグラフと蝋管のリースに重点を置きますが、この会社がのちに娯楽用録音の大手レーベル「コロンビア・レコード」へ発展していきます。

Full text of "The Recordings of the Columbia Phonograph Company, 1889-1896"

ノース・アメリカン・フォノグラフ社の支社網と録音需要

アメリカ議会図書館の概説によると、1889年初頭までにノース・アメリカン・フォノグラフ社は全米に約30の地域会社を設立していました。1月時点でこれらの会社はビジネス向け口述のみならず展示・娯楽用の録音も求め始めており、エジソン研究所側で音楽蝋管の供給体制を拡大せざるを得ない状況になっていました。

North American Phonograph Company | Historical Background | Tools & Resources | National Recording Preservation Plan | Programs | Library of Congress
The North American Phonograph Company was an early attempt tocommercialize the maturing technologies of sound recording ...

エジソン・オレンジ工場の稼働準備

1889年1月11日付オーストラリア紙『Euroa Advertiser』は、トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)がニュージャージー州オレンジに新しい工場と研究所を建設し、400〜500人を雇用してフォノグラフの大量生産に備えていると報じています。この記事では、エジソン自身がフォノグラフを「生涯最大の発明」と呼び、近く大量の機械と録音用蝋管を世界中にリース供給する計画を語っており、1月時点で録音メディアの大規模供給が視野に入っていたことがわかります。

The Phonograph. - Euroa Advertiser (Vic. : 1884 - 1920) - 11 Jan 1889
Mr. Thomas A. Edison (says the New York correspondent of the London Daily Telegraph) has erected new works and laborator...

グラッドストン演説録音計画

1889年1月12日付タスマニア紙『Launceston Examiner』の「Edison’s Phonograph」記事は、ウィリアム・グラッドストン(William Ewart Gladstone, 1809–1898)の演説を録音するためにエジソンが特別なフォノグラフを用意したと伝えています。実際に録音が行われたかは確認できませんが、1月の時点で、政治家の重要演説を記録・保存する新メディアとして録音が認識されていたことを示すエピソードです。

EDISON'S PHONOGRAPH. - Launceston Examiner (Tas. : 1842 - 1899) - 12 Jan 1889
Mr. Edison has prepared a phonograph to receive a speech to be delivered by Mr. Gladstone. ...

ワンゲマンの「ミュージカル・トレードマーク」への苦情

エジソン研究所で音楽録音を担当していたアデルベルト・テオドール・エドワード・ヴァンゲマン(Adelbert Theodor Edward Wangemann, 1855–1906)について、1889年1月付の手紙で、ある興行主が「ワンゲマンの作るすべての円筒の終わりには奇妙な『ミュージカル・トレードマーク』が付いている」と苦情を述べています。これは1888年末から1889年初頭にかけて展示用の音楽蝋管がすでに多数制作されており、1月には演奏内容だけでなく「録音の締め方」まで議論されるほどフォーマットが定着しつつあったことを示します。

Theo Wangemann biography - Thomas Edison National Historical Park (U.S. National Park Service)

展示用「エジソン・エキシビション・レコーディング」

NEDCCとエジソン国立歴史公園が紹介する三本の黄色パラフィン蝋管(EDIS 564〜566)は、エジソン研究所の技術スタッフがエジソン改良型フォノグラフの最初の年に録音したもので、「1888年後半から1889年初頭」に制作されたとされています。内容はブラスバンド演奏、エジソン自身の世界旅行談、そしてニューヨークのソプラノ歌手エフィー・スチュワート(Effie Stewart, 生没年不詳)によるワルツで、1889年1月頃に展示会場で再生されていた代表的なデモ録音セットとみなされています。

A Visit from Edison
EARLY EDISON CYLINDERS IMAGED AT NEDCC's IRENE LAB  In 2014, NEDCC had very special visitors to the IRENE Lab:...

エジソン・トーキング・ドール用試作録音

国立公園局が所蔵する『Hickory, dickory, dock』の金属製円筒は、「おそらく1889年初頭、ニュージャージー州ウェスト・オレンジで録音」とされています。これはエジソンの「トーキング・ドール」計画の一環で制作された試作であり、1月時点で録音技術が娯楽・実演用だけでなく、玩具に組み込まれるマイクロ録音としても実験されていたことを示しています。

Hickory, dickory, dock - Thomas Edison National Historical Park (U.S. National Park Service)

蝋管配合変更と「白蝋」への移行

後年の蝋管製作者による技術メモによれば、エジソンは化学者ジョナス・ウォルター・エイルズワース(Jonas Walter Aylsworth, 1868–1916)の主導で、1888年末から1889年初頭にかけて蝋管の配合を大きく変更し、ステアリン酸と蜜蝋主体の柔らかい蝋から、アルミニウム・ステアレートやセレシンを用いたより硬く安定した配合へ移行したとされています。1889年1月の録音現場では、こうした新配合の「白蝋」円筒が実験的に使われ始めており、その後1890年代前半の商業録音で標準となる音質と耐久性の基礎がすでに形作られていました。

[ARSCLIST] cylinder records

「The Pattison Waltz」と1889年1月時点の録音プログラム

現存音源で録音日が明確な最初期の例として、『The Pattison Waltz』の蝋管は録音冒頭で「オレンジ、ニュージャージー、1889年2月25日」とアナウンスされており、エフィー・スチュワート(Effie Stewart, 生没年不詳)が歌い、ワンゲマンが伴奏とアナウンスを務めています。これは2月の録音ですが、内容や録音様式は前述の展示用セットと連続しており、1889年1月時点ですでに確立しつつあった「音楽+アナウンス」という展示用録音フォーマットが、具体的な芸術作品として結実した例と見ることができます。

https://www.loc.gov/static/programs/national-recording-preservation-board/documents/Edison-Exhibition-Recordings_Horning.pdf?utm_source=chatgpt.com