1890年4月の録音・音声記録
1890年4月2日、奈良県で橿原神宮が創建されました。4月6日には、フランス軍が西アフリカのセグーを占領しました。4月9日には、京都の夷川船溜で琵琶湖疏水の竣工式が行われました。4月14日には、ワシントンD.C.で開催中の第一回米州諸国国際会議(First International Conference of American States)が、米州共和国国際連合(International Union of American Republics)と米州共和国商務局(Commercial Bureau of the American Republics)の設置を決議しました。4月18日には、ニューヨークのキャッスル・ガーデン移民収容所(Castle Garden Immigration Depot)が閉鎖され、移民管理の所管が州から連邦政府へ移りました。
録音史では、4月7日にレノックス・ライシーアム(Lenox Lyceum)で開幕した電気の驚異展(Exhibition of the Wonders of Electricity)に、録音済みシリンダーを内蔵するエジソン・トーキング・ドール(Edison Talking Doll)が展示されました。4月26日付の『サイエンティフィック・アメリカン(Scientific American)』は、女性録音者による直接録音、部品の検査、組立、梱包などを報じ、同日付の『ウェスタン・エレクトリシャン(Western Electrician)』は、トーキング・ドールの録音シリンダーと再生機構を図解しました。4月24日・25日付の書簡からは、輸送中の破損、再生不能、音量低下、返品といった販売初期の問題も確認できます。4月26日にはジャンニ・ベッティーニ(Gianni Bettini, 1860–1938)のマイクロ・グラフォフォン(Micro-Graphophone)が紹介され、4月29日にはトーマス・アルヴァ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)にアメリカ合衆国特許第426,527号「フォノグラフ用自動位置決定装置(Automatic Determining Device for Phonographs)」が付与されました。ただし、1890年4月の特定日まで確定できる個別の録音・音声記録は、資料上確認できません。
この月の確認されている録音:0件
1890年4月の録音に関する情報のまとめ
レノックス・ライシーアムで開かれた電気の驚異展において、録音済みシリンダーを内蔵したエジソン・トーキング・ドールが公開されました。『トーマス・アルヴァ・エジソンとその発明の記念冊子(Souvenir of Thomas A. Edison and His Inventions)』では、会場内のドールズ・シアトリアム(Doll’s Theatorium)に、高さ22インチの人形が展示され、12種類のレパートリーのうち1種類を暗唱する製品として紹介されています。同冊子には小売と卸売の案内も掲載されています。ただし、展示会が開幕した4月7日に小売販売も開始されたかは資料上確認できず、12種類の個々の録音日も特定できません。
『サイエンティフィック・アメリカン』と『ウェスタン・エレクトリシャン』からは、女性録音者が童謡や祈りの言葉を小型シリンダーへ1本ずつ直接録音していたこと、録音済みシリンダーが人形の内部機構へ組み込まれ、部品検査、調整、梱包、発送を経て商品化されていたことが確認できます。一方、4月24日・25日付の書簡には、輸送中の破損、内部機構の緩み、再生不能、使用後の音量低下、返品費用、遠隔地での採算性など、流通開始後の問題が記録されています。正常に作動する製品は評価されていましたが、品質のばらつきと返品負担は販売店にとって大きな障害となり、製造は翌5月初旬に停止されました。
このほか、ジャンニ・ベッティーニのマイクロ・グラフォフォンが、人声、歌唱、器楽、口笛の録音・再生に用いる装置として紹介されました。さらに、トーマス・アルヴァ・エジソンには、録音器や再生器を記録面に正確に位置づけ、表面の損傷を抑えるアメリカ合衆国特許第426,527号が付与されました。1890年4月は、特定日まで確定できる個別録音を確認できない一方、録音済み音声の商品化、製品生産工程、展示、流通、品質管理、録音・再生装置の改良を具体的に追うことができる月です。
レノックス・ライシーアムの電気技術展示とドールズ・シアトリアム
1890年4月7日、ニューヨークのレノックス・ライシーアムで電気の驚異展が開幕しました。展示会は5月15日まで開催され、トーマス・アルヴァ・エジソンが1889年パリ万国博覧会(Exposition universelle de 1889)に出品した発明品も公開されました。展示品はパリから232箱に分けて運ばれ、トーマス・アルヴァ・エジソンはニューヨーク・ウーマンズ・エクスチェンジ(New York Women’s Exchange)へ5,000ドルを寄付しました。
会場の中心には、多数の白熱電球を螺旋状に配置した高さ25フィートの光の塔(Tower of Light)が設置されました。フォノグラフでは、著名な歌手による歌唱やヨーロッパの著名人の発言を収めた録音が再生されました。長距離電話では、ボストンやフィラデルフィアとの通話に加え、ナイアガラ滝の轟音をニューヨークで聞く実演も行われました。録音音声と遠隔地から伝送される音声が、電灯や電話と並ぶ電気技術の成果として紹介されていました。
下階の娯楽ホールにはドールズ・シアトリアムが設けられ、録音済みシリンダーを内蔵したエジソン・トーキング・ドールが展示されました。記念冊子では、高さ22インチで、ビスク製の頭部と関節式の手足を備え、12種類のレパートリーのうち1種類を暗唱する人形として紹介されています。代理店を通じた小売のほか、エジソン・フォノグラフ・トイ・マニュファクチャリング・カンパニー(Edison Phonograph Toy Manufacturing Company)による卸売も案内されていました。
トーキング・ドールの12種類の録音レパートリー
ドールズ・シアトリアムの記念冊子には、エジソン・トーキング・ドールが暗唱する12種類のレパートリーが掲載されています。各人形には、このうち1種類の音声が収められていました。
- Mary had a Little Lamb
- Twinkle, Twinkle Little Star
- There was a Little Girl and she had a Little Curl
- Little Bo-Peep
- Little Tom Tucker
- Hickory, Dicory, Dock
- Little Jack Horner
- Ba-Ba, Black Sheep
- Jack and Jill
- Two Little Black Birds
- Old Mother Hubbard
- Now I lay me down to Sleep
収録内容の多くは童謡やナーサリーライムですが、就寝時の祈りとして唱えられる「Now I lay me down to Sleep」も含まれています。記念冊子では、現在一般的な「Hickory, Dickory, Dock」が「Hickory, Dicory, Dock」、「Baa, Baa, Black Sheep」が「Ba-Ba, Black Sheep」と表記されています。
トーキング・ドールの録音シリンダーと再生機構
エジソン・トーキング・ドールの上半身は金属製で、内部には小型の再生機構が収められていました。胸部には音の出口が設けられ、穴の開いた覆いを通して、内部で再生された音声が外へ伝わりました。
録音シリンダーは、ねじ切りされた軸に沿って移動する筒に取り付けられていました。シリンダーが回転しながら横方向へ移動すると、その表面に取り付けられたワックス状素材の輪に刻まれた音声を再生針がたどりました。再生が終わると、シリンダーは分割ナットから外れ、らせんばねによって開始位置へ戻りました。
同じ軸に取り付けられた大きな滑車は、ベルトを介して胴体下部のフライホイールを回転させました。フライホイールは回転を安定させ、再生時の音程や速度の変動を抑えました。シリンダーの上には振動板と再生針が配置され、再生針が録音溝から受け取った振動を振動板へ伝えました。
人形の側面から突き出たクランクを回すと、シリンダーが回転して音声が再生されました。小型シリンダー、再生針、振動板、回転調整機構を胴体内に収めることで、フォノグラフの再生機能が人形に組み込まれていました。
女性録音者による直接録音
エジソン・トーキング・ドールに組み込まれた音声は、小型シリンダーへ1本ずつ直接吹き込まれていました。録音を担当した女性たちは、個別に仕切られた区画で童謡や短い韻文を繰り返し唱え、同じ内容のシリンダーを次々と制作しました。
女性がフォノグラフの録音口へ向かって声を発すると、その振動が録音針を通じてワックス状の録音面へ刻まれました。同じ作品を繰り返し吹き込む方式であったため、声の高さ、話す速さ、発音、抑揚にはシリンダーごとの違いが生まれました。
録音を終えたシリンダーは人形の内部機構へ組み込まれ、側面のクランクを回すことで音声が再生されました。女性たちが吹き込んだ声は、人形に言葉を与え、トーキング・ドールを商品として成立させる中心的な要素でした。
トーキング・ドールの検査・組立・梱包と生産能力
ニュージャージー州オレンジに置かれたエジソン・フォノグラフ・トイ・マニュファクチャリング・カンパニーの工場では、エジソン・トーキング・ドールの部品を組み立てる前に、寸法や形状をゲージで検査していました。小型の再生機構を人形の胴体内へ正確に収めるため、各部品には一定の精度が求められました。
検査を終えた部品は再生機構として組み立てられ、録音済みシリンダーを取り付けた後に調整されました。人形へ組み込んだ後にもクランクを回して動作を確かめ、音声が正しく再生されるように仕上げられました。
完成した人形は、収録されたレパートリーを示すラベルの付いた箱へ収められ、梱包と発送の工程へ送られました。部品の検査から再生機構の組立と調整、人形への組み込み、梱包、発送までが連続した生産工程として進められていました。
工場には、1日約500体を製造できる生産能力があったと報じられています。実際の完成数や出荷数は、日によって異なっていたとみられます。
トーキング・ドールの出荷と遠距離流通
ニュージャージー州オレンジの工場で完成したエジソン・トーキング・ドールは、ニューヨーク市5番街138番地を販売先として、各地の代理店を通じて流通しました。代理店による小売のほか、エジソン・フォノグラフ・トイ・マニュファクチャリング・カンパニーによる卸売も行われていました。
人形は、収録されたレパートリーを示すラベルの付いた箱に収められました。箱の表示によって、梱包された人形の再生内容を判別できるようになっていました。
1890年4月25日付の書簡には、ホレス・パートリッジ・アンド・カンパニー(Horace Partridge & Co.)へ最近返送された5体または6体の人形について記されています。そのうち1体はミズーリ州セント・ジョセフから返送され、運賃は約1ドル60セントでした。エジソン・トーキング・ドールは、ニューヨーク周辺だけでなく、遠隔地の販売先にも出荷されていました。
販売地域が広がる一方、返品が発生すると販売業者には返送運賃が生じました。再生機構を内蔵した人形の流通には、輸送と返品への対応も伴っていました。
トーキング・ドールの初期不良と返品
1890年4月に流通していたエジソン・トーキング・ドールには、内部機構の緩み、音声を再生できない不具合、使用後の音量低下などが生じていました。4月25日付の書簡では、ホレス・パートリッジ・アンド・カンパニーが受け取った5体または6体の返品について報告しています。
返品された人形には、内部機構が緩んでいるものや、クランクを回しても音声が出ないものが含まれていました。約1時間使用すると声が次第に弱まり、ほとんど聞こえなくなった人形もありました。返品が相次いだため、同社は遠隔地への出荷を続けることに慎重になっていました。
4月24日付の別の書簡では、20ケースを注文した販売業者が追加注文を取りやめています。見本として受け取った人形のうち2体は破損し、4体は音声をまったく再生できませんでした。一方、正常に動作する人形は高く評価されており、品質にはばらつきがありました。
返品には返送運賃もかかり、不具合は販売業者の負担を増やしました。エジソン・トーキング・ドールの製造は、1890年5月初めに中断されました。
ジャンニ・ベッティーニのマイクロ・グラフォフォン
ジャンニ・ベッティーニのマイクロ・グラフォフォンは、振動板と録音針または再生針を複数の細い脚で結んだ構造を備えていました。振動板の振動を複数の位置から針へ伝え、録音用と再生用にはそれぞれ専用の機構が設けられていました。
装置は箱形のキャビネットに収められ、内部のモーターによってシリンダーを回転させました。キャビネットにはシリンダーの表面を削って整える工具も組み込まれ、録音と再生に加えて、使用後のシリンダーを再び録音できる状態へ戻すことができました。
再生音は聴取管を使わなくても室内で聞き取れる音量に達しました。話し声や歌唱のほか、楽器演奏や口笛も録音と再生の対象となり、さまざまな音を扱うことができました。
1890年4月26日発行の『サイエンティフィック・アメリカン』には、ニューヨーク市5番街110番地にあったジャンニ・ベッティーニの研究室で作成された図面とともに、マイクロ・グラフォフォンの構造が紹介されました。
フォノグラフ用自動位置決定装置の特許付与
1890年4月29日、トーマス・アルヴァ・エジソンが発明したアメリカ合衆国特許第426,527号「フォノグラフ用自動位置決定装置」が付与されました。この装置は、録音器と再生器をシリンダー表面に対して正確な高さと位置に合わせ、安定した録音と再生を行うために考案されました。
装置には、シリンダーの表面に触れて位置を確かめる可動式の接触部が設けられていました。接触部はシリンダーの回転に合わせて傾くため、表面を引っかいたり傷つけたりすることなく位置を測定できました。ねじによって高さを細かく調整し、制限板によって必要以上の下降を防ぐ構造も備えていました。
録音器と再生器には、それぞれ独立した調整機構が設けられていました。カムを用いた固定機構によって、調整した位置を保ったまま、録音器や再生器をシリンダーへ接触させることができました。シリンダー表面を削る工具は、表面へ0.002インチ、約0.0508ミリメートル入り込むように調整されていました。
特許書類は1889年6月15日に署名され、同年7月2日に出願されました。録音面と針の位置関係を機械的に整えることで、シリンダーの加工から録音、再生までの精度を安定させる仕組みでした。
References
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https://archive.org/details/sim_scientific-american_1890-04-26_62_17 - Western Electrician, Vol. VI, January 4–June 28, 1890 / Internet Archive
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https://edison.rutgers.edu/component/content/article/phonographs-sound-recording?Itemid=101&catid=149 - Edison’s U.S. Patents, 1883–1889 / Thomas A. Edison Papers, Rutgers University
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https://patents.google.com/patent/US426527A/en
