1890年7月の録音・音声記録
1890年7月、日本では7月1日に第1回衆議院議員総選挙が実施され、帝国議会の開設に向けた議員が選出されました。アメリカ合衆国では7月2日にシャーマン反トラスト法(Sherman Antitrust Act)が成立し、7月3日にアイダホ州、7月10日にワイオミング州が連邦へ加入しました。文化面では、フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh, 1853–1890)が7月29日に死去しました。
録音史では、7月16日にロンドンのウェストミンスター宮殿(Palace of Westminster)の時計塔で打鐘が蝋円筒へ録音され、7月30日にはフローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale, 1820–1910)が軽騎兵旅団救済基金(Light Brigade Relief Fund)への支援を呼びかけるメッセージを2回録音しました。エジソン・ウェスト・オレンジ研究所(Edison’s West Orange Laboratory)では、楽団、室内オーケストラ、ピッコロ、木琴、ヴァイオリン、クラリネット、金管四重奏による録音および円筒製作が記録され、南アメリカとミネアポリス向けの製作も行われました。同月にはマスター円筒からの複製、蓄音機改良に関するケイブアット、4件の特許出願が確認されています。オーストラリアでは蓄音機の公開実演が続き、メキシコの郵便局が蓄音機を音声メッセージの郵送に利用したと伝える新聞記事も掲載されました。
この月の確認されている録音:3件
16日(1件)
1890年7月16日、ロンドンのウェストミンスター宮殿の時計塔で、10時30分、10時45分、11時の打鐘がエジソン製の褐色蝋円筒に録音されました。録音を担当したのはミス・ファーガソン(Miss Ferguson, 生没年不明)とグラハム・ホープ(Graham Hope, 生没年不明)で、ジョージ・エドワード・グーロー(George Edward Gouraud, 1842–1912)のために制作されました。この円筒は商業発売されておらず、マトリックス番号とカタログ番号は確認できません。
| Title | Artist | Matrix | Catalog No. |
|---|---|---|---|
| Big Ben clock tower of Westminster – striking half past 10, quarter to 11, and 11 o’clock | N/A |
【1890年7月16日の出来事】
・メイベル・ウェイン誕生
アメリカ合衆国の作曲家メイベル・ウェイン(Mabel Wayne, 1890–1978)が、ニューヨーク州ブルックリンで生まれました。1920年代に成功曲を発表した初期の女性作曲家の一人で、代表曲には『イン・ア・リトル・スパニッシュ・タウン(In a Little Spanish Town)』『ラモーナ(Ramona)』『イット・ハプンド・イン・モントレー(It Happened in Monterey)』などがあります。1972年にはソングライターの殿堂(Songwriters Hall of Fame)入りを果たしました。
30日(2件)
1890年7月30日、フローレンス・ナイチンゲールはロンドンの自宅で、軽騎兵旅団救済基金への支援を呼びかける短いメッセージを蝋円筒に録音しました。原円筒には、同じ内容を繰り返した2回の録音が収められています。個別のテイク番号、マトリックス番号、カタログ番号は確認できません。
| Title | Artist | Matrix | Catalog No. |
|---|---|---|---|
| Florence Nightingale’s appeal in aid of the Light Brigade Relief Fund | Florence Nightingale | ||
| Florence Nightingale’s appeal in aid of the Light Brigade Relief Fund | Florence Nightingale |
【1890年7月30日の出来事】
・フィンセント・ファン・ゴッホの葬儀
前日に死去したフィンセント・ファン・ゴッホの葬儀が、フランスのオーヴェル=シュル=オワーズで行われました。葬列は午後3時に滞在先のオーベルジュ・ラヴー(Auberge Ravoux)を出発し、弟テオ・ファン・ゴッホ(Theo van Gogh, 1857–1891)を先頭に、画家仲間や知人約20人が墓地へ向かいました。
1890年7月の録音に関する情報のまとめ
1890年7月には、個別の音声録音に加えて、録音済み円筒の製作と供給、複製技術の開発、蓄音機の改良、各地での公開実演が進みました。エジソン・ウェスト・オレンジ研究所では、複数の演奏者や楽団による録音と円筒製作が続けられ、エジソン・フォノグラフ・ワークス(Edison Phonograph Works)では、蝋円筒の製造から仕上げ、梱包までを行う生産体制が整えられていました。
ロンドンでは、ジョージ・グーローの関係者によってウェストミンスター宮殿の時計塔の打鐘と、フローレンス・ナイチンゲールのメッセージが録音されました。同月には、録音針や再生針の動作を改善する機構、音溝へ再生針を正確に合わせる調整機構、蓄音機人形に組み込む小型再生装置などの開発も進められました。オーストラリアでは蓄音機の公開実演が続き、メキシコの郵便局が音声メッセージの郵送に蓄音機を利用したと伝える新聞記事も掲載されました。
ウェスト・オレンジ研究所の録音室と円筒製作体制
エジソン・ウェスト・オレンジ研究所の最上階には、音楽録音を行うミュージック・ルーム(Music Room)が設けられていました。ここでは録音技術の実験とともに、ノース・アメリカン・フォノグラフ社(North American Phonograph Company)へ供給する音楽円筒が制作されました。これらの円筒は、各地のフォノグラフ会社を通じて、コイン投入式蓄音機による音楽興行などに利用されました。
研究所に隣接するエジソン・フォノグラフ・ワークスでは、蓄音機の部品製造と組み立てのほか、蝋円筒の製造、仕上げ、梱包も行われました。録音と技術開発を担う研究所と、円筒や再生機器を生産する同工場が近接することで、実験から製造、供給までを連携して進める体制が築かれていました。
1890年7月10日–31日の録音・製作記録
エジソン・ウェスト・オレンジ研究所の録音・製作帳簿『ザ・ファースト・ブック・オブ・フォノグラフ・レコード(The First Book of Phonograph Records)』には、1890年7月10日–31日に行われた音楽円筒の製作が、演奏者、編成、楽器、製作数量とともに記録されています。7月10日にはダフィー・アンド・イムグランド・フィフス・レジメント・バンド(Duffy and Imgrund’s Fifth Regiment Band)による145本、7月14日と15日にはイスラー・パーラー・オーケストラ(Issler Parlor Orchestra)による70本と80本が製作されました。
7月17日にはジョージ・シュヴァインフェスト(George Schweinfest, 生没年不明)のピッコロ演奏による65本が製作され、7月18日にはエイサ・トーマス・ヴァン・ウィンクル(Asa Thomas Van Winkle, 生没年不明)の木琴演奏による90本と、ジョージ・シュヴァインフェストのヴァイオリン演奏による70本が記録されています。7月22日と23日にはミスター・デイヴィス(Mr. Davis, 生没年不明)のクラリネット演奏による71本と65本、7月31日には金管四重奏による51本が製作されました。数量が記録された9件の合計は707本です。
7月10日–23日の記録の多くには、南アメリカおよびミネアポリス向けであることが記されています。7月21日にはフレデリコ・ソンティ(Frederico Sonty, 生没年不明)のコルネット演奏が記載されていますが、「No music」と付記されており、完成した円筒の数量は残されていません。
これらの数量は製作された円筒の本数を示すもので、個別の曲目数や録音回数とは一致しません。同帳簿には各日の曲名、演奏順、同時に録音された円筒の本数、複製の内訳が記されていないため、707本を707件の録音として数えることはできません。
演奏者・編成・楽器別の記録
同帳簿には、楽団と室内オーケストラによる合奏のほか、ピッコロ、木琴、ヴァイオリン、コルネット、クラリネット、金管四重奏による円筒製作が記録されています。7月10日はダフィー・アンド・イムグランド・フィフス・レジメント・バンド、7月14日と15日はイスラー・パーラー・オーケストラが担当し、7月17日以降は独奏楽器を中心とする記録が続きました。
独奏者では、ジョージ・シュヴァインフェストがピッコロとヴァイオリン、エイサ・ヴァン・ウィンクルが木琴、フレデリコ・ソンティがコルネット、ミスター・デイヴィスがクラリネットを担当しました。7月31日の金管四重奏については、演奏者名と使用楽器の内訳が記されていません。各日の伴奏者、曲名、演奏順も確認できないため、同帳簿から特定できるのは、演奏者または編成、主な楽器、製作数量までです。
南アメリカおよびミネアポリス向けの製作
同帳簿では、1890年7月10日–23日に製作された円筒の多くが、南アメリカおよびミネアポリス向けとして記録されています。対象となるのは、ダフィー・アンド・イムグランド・フィフス・レジメント・バンドによる145本、イスラー・パーラー・オーケストラによる70本と80本、ジョージ・シュヴァインフェストのピッコロ演奏による65本とヴァイオリン演奏による70本、エイサ・ヴァン・ウィンクルの木琴演奏による90本、ミスター・デイヴィスのクラリネット演奏による71本と65本です。製作数量が記録された円筒は、合計656本です。
7月21日のフレデリコ・ソンティによるコルネット演奏にも、南アメリカおよびミネアポリス向けとの記載がありますが、「No music」と付記され、製作数量は残されていません。7月31日の金管四重奏による51本には送付先が記されておらず、南アメリカまたはミネアポリス向けであったかは不明です。また、南アメリカの具体的な国や都市、受取先、発送日、納品状況も確認できません。
製作数量と個別録音件数の違い
同帳簿に記された145本、90本、71本などの数量は、完成した円筒の本数であり、曲目数や演奏回数を示すものではありません。当時の蝋円筒は、演奏を1本ずつ直接録音するほか、複数台の蓄音機を並べて同時に録音する方法でも製作されていました。同じ曲を繰り返し演奏して円筒を増やすこともあり、1890年7月にはマスター円筒からの複製も試みられていました。
1回の演奏から複数本が製作された場合と、同じ曲を繰り返し演奏して製作数量を増やした場合を、同帳簿の記載だけで区別することはできません。曲名、演奏回数、使用した蓄音機の台数、直接録音と複製の内訳も記されていないため、各日の製作数量から個別の録音件数や曲目数を算出することはできません。
1890年版常備録音カタログと初期レパートリー
1890年に作成された『フォノグラフ用音楽フォノグラム・カタログ(Catalogue of Musical Phonograms for the Phonograph)』には、当時供給されていた音楽円筒の曲目が、楽器や演奏形態ごとに掲載されています。分類には、楽団、室内オーケストラ、コルネット、クラリネット、フルート、ピッコロ、ヴァイオリン、ピアノ二重奏、声楽四重唱などがあり、吹奏楽や器楽独奏を中心に、室内楽と声楽を含むレパートリーが用意されていました。
同カタログは、特定の日に行われた録音を記録した帳簿ではなく、注文に応じて供給する常備曲目を示したものです。各曲の演奏者、録音日、録音回数、製作数量は記載されておらず、掲載曲を1890年7月の録音・製作記録と直接結び付けることはできません。
一方、同帳簿に記された楽団、室内オーケストラ、ピッコロ、ヴァイオリン、コルネット、クラリネットなどの編成や楽器は、同カタログの分類にも含まれています。当時の音楽円筒が、合奏、室内楽、独奏、声楽を含む幅広い演奏形態を対象としていたことがうかがえます。
楽団・室内楽・独奏・声楽による分類
同カタログでは、曲目が演奏形態と主な楽器によって分類されています。合奏曲は楽団と室内オーケストラに分けられ、独奏曲にはコルネット、クラリネット、フルート、ピッコロ、ヴァイオリンの各分類が設けられています。このほか、ピアノ二重奏と声楽四重唱の曲目も掲載されており、管楽器や弦楽器の独奏だけでなく、複数の演奏者による器楽曲と声楽曲も供給されていました。
各分類には複数の曲目が掲載されていますが、演奏者名、録音日、録音場所、製作数量は記されていません。そのため、個々の円筒を特定の演奏者や録音日に結び付けることはできません。
掲載外在庫と曲目特定の限界
同カタログの掲載曲目だけで、1890年7月に製作された音楽円筒の全体を把握することはできません。7月18日の木琴演奏と7月31日の金管四重奏は同帳簿に記録されていますが、同カタログには木琴独奏や金管四重奏の独立した分類がありません。両資料の内容は完全には一致しておらず、これらの曲目が別の分類に含まれていたのか、別の資料で案内されていたのか、カタログに掲載されないまま供給されていたのかは不明です。
ピッコロ、ヴァイオリン、コルネット、クラリネットなど、同帳簿と同カタログの双方に見られる楽器についても、具体的な曲目を結び付けることはできません。同帳簿には曲名がなく、同カタログには演奏者名と録音日が記されていないため、掲載曲を1890年7月の録音曲として採用することはできません。カタログに掲載されていない在庫の曲目や数量も不明です。
1890年7月の円筒録音と複製技術
1890年当時の褐色蝋円筒は、演奏や音声を1本ずつ直接記録するほか、複数台の蓄音機を並べ、同じ演奏を複数本へ同時に録音する方法でも製作されていました。必要な本数をそろえるために同じ曲を繰り返し演奏することもあり、演奏内容や音質には円筒ごとの差が生じました。
1890年7月には、マスター円筒から複製を作る二つの方法が試みられ、その一つでは初期の型取り技術が用いられました。しかし、マスター円筒から大量かつ均一に複製する体制はまだ確立されておらず、直接録音と複数台による同時録音が引き続き重要な製作方法でした。この時期の円筒製作では、録音と複製の技術が並行して改良されていました。
直接録音と複数台による同時録音
初期の褐色蝋円筒は、演奏や音声を録音機へ直接記録して製作されました。1台の蓄音機を使う場合、1回の演奏から製作できる円筒は1本に限られるため、必要な本数をそろえるには同じ曲を繰り返し演奏する必要がありました。そのため、演奏のテンポや強弱、録音状態には違いが生じ、同じ曲でも円筒ごとに内容や音質が完全には一致しませんでした。
製作効率を高めるため、複数台の蓄音機を並べ、1回の演奏を複数本の円筒へ同時に記録する方法も用いられました。ただし、一度に製作できる本数には限りがあり、大量の注文に応じるには演奏を繰り返す必要がありました。1890年7月の製作記録には、演奏回数や同時に使用した蓄音機の台数が記されておらず、直接録音と同時録音の内訳は不明です。
マスター円筒からの複製
1890年7月、エジソン・ウェスト・オレンジ研究所では、マスター円筒から複製を作る二つの方法が試みられていました。そのうち一つでは、原録音の音溝を型へ移し、そこから新たな円筒を作る初期の型取り技術が用いられました。演奏を繰り返さずに同じ録音を増やす方法が、この時期に模索されていました。
二つの方法の詳しい内訳や、実際に製作された複製の数量、音質、使用された曲目は不明です。型取りによる蝋円筒の複製には、冷却した円筒を型から取り出すことが難しいという技術上の問題があり、1890年7月の時点では、大量生産に利用できる安定した方法には至っていませんでした。
1890年の褐色蝋円筒が残りにくい理由
1890年の音楽円筒は、フォノグラフ・パーラーなどに設置されたコイン投入式蓄音機で繰り返し再生されました。軟らかい褐色蝋で作られた円筒は、再生を重ねることで音溝が摩耗し、使用できなくなると交換されました。不要になった円筒は廃棄または再利用されたため、当時の製作数量に比べて現存数はきわめて少なくなっています。
1889年5月–1892年4月にエジソン・ウェスト・オレンジ研究所で製作された番号のない録音は約1,978タイトルと推定されていますが、再生可能な円筒として現存するタイトルは約3%にとどまるとされています。現存する円筒にも番号や恒久的な表示がないものがあり、同じ演奏者が同じ曲を繰り返し録音した例もあるため、録音年や製作時期を特定できない場合があります。
コイン投入式蓄音機での反復再生と交換
1890年前後の音楽円筒は、フォノグラフ・パーラーなどに設置されたコイン投入式蓄音機で使用されました。利用者が硬貨を投入するたびに録音が再生されるため、同じ円筒が短期間に何度も使われました。褐色蝋円筒は再生針との接触によって音溝が摩耗し、再生音が不鮮明になると新しい円筒へ交換されました。
交換された円筒は消耗品として扱われ、廃棄または再利用されました。破損しやすい材質であったことに加え、反復再生と交換が日常的に行われたため、当時大量に製作された音楽円筒の多くは残りませんでした。
初期円筒の低い残存率
1889年5月–1892年4月にエジソン・ウェスト・オレンジ研究所で製作された番号のない録音は、約1,978タイトルと推定されています。このうち、少なくとも1本の再生可能な円筒が現存するタイトルは、約3%にとどまります。この割合は製作された円筒の本数ではなく、曲目と演奏者の組み合わせを単位とした推定値です。
現存する褐色蝋円筒にも、録音を識別する番号や恒久的な表示がないものが多くあります。同じ演奏者が同じ曲を異なる時期に繰り返し録音した例もあるため、円筒だけから録音年や録音回を特定できない場合があります。初期円筒の多くが失われ、残された円筒にも識別上の問題があることから、1890年当時の録音活動の全体像を復元することは困難です。
ジョージ・グーローのロンドン録音活動
ジョージ・グーローは、トーマス・アルヴァ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)のイギリスにおける代理人として、蓄音機の紹介と録音活動を進めました。ロンドンには蓄音機を扱う拠点と録音担当者が置かれ、著名人の声、音楽、演説、都市の音などが蝋円筒に記録されました。これらの録音には、グーロー自身ではなく、その活動に加わった担当者が制作したものも含まれます。
1890年7月16日には、ウェストミンスター宮殿の時計塔の打鐘を、ミス・ファーガソンとグラハム・ホープがグーローのために録音しました。7月30日には、フローレンス・ナイチンゲールが軽騎兵旅団救済基金への支援を呼びかけるメッセージを録音しました。これらの記録は、蓄音機が音楽だけでなく、歴史的な音や著名人の声を保存し、慈善活動に活用する手段としても用いられていたことを示しています。
ウェストミンスター宮殿時計塔の打鐘録音
1890年7月16日、ロンドンのウェストミンスター宮殿の時計塔で、10時30分、10時45分、11時の打鐘がエジソン製の褐色蝋円筒に録音されました。録音を担当したのはミス・ファーガソンとグラハム・ホープで、ジョージ・グーローのために制作されました。
円筒には、時刻の進行に伴って鳴る鐘の音が連続して収められています。音楽や演説ではなく、特定の場所で鳴った音を記録した例であり、蓄音機が人物の声や演奏だけでなく、都市を象徴する環境音の保存にも用いられていたことを示しています。この円筒は商業発売されておらず、マトリックス番号とカタログ番号も確認できません。
軽騎兵旅団救済基金の慈善録音とフローレンス・ナイチンゲール
1890年7月30日、フローレンス・ナイチンゲールはロンドンの自宅で、軽騎兵旅団救済基金への支援を呼びかける短いメッセージを蝋円筒に録音しました。原円筒には、同じ内容を繰り返した2回の録音が収められています。
ナイチンゲールは、クリミア戦争(Crimean War)に従軍した軽騎兵旅団(Light Brigade)の生存者を援助するため、基金への寄付を呼びかけました。この録音は、著名人の声を保存するだけでなく、慈善活動への支援を広く求めるために蓄音機が用いられた例です。個別のテイク番号、マトリックス番号、カタログ番号は確認できません。
1890年7月の蓄音機改良と特許出願
1890年7月21日、蓄音機の改良に関するケイブアット(caveat)が作成されました。7月30日には、トーマス・アルヴァ・エジソンによる4件の特許出願が行われました。各出願の仕様書は7月5日に署名されており、録音針と再生針の動作、振動板との連結、音溝への位置合わせ、蓄音機人形に組み込む小型再生装置などの改良が扱われています。
蓄音機に関する3件の出願では、録音針または再生針を支える重りの均衡、振動板との連結部分に生じる遊びの防止、再生針を音溝へ正確に合わせる調整機構などが考案されました。残る1件は蓄音機人形の機構に関するもので、円筒を再生位置から開始位置へ戻す構造、外部から操作できる位置調整装置、音を響かせる共鳴器などが組み込まれていました。録音と再生の精度を高める改良と、小型の娯楽製品への応用が並行して進められていました。
1890年7月21日の蓄音機改良ケイブアット
1890年7月21日、エジソン・ウェスト・オレンジ研究所で進められていた蓄音機の改良について、ケイブアットが作成されました。当時の蓄音機には、円筒を逆方向へ回した際の損傷、録音・再生機構の複雑な調整、再生音の不鮮明さなどの課題があり、操作の簡略化、耐久性の向上、再生性能の改善が進められていました。
このケイブアットが対象とした具体的な部品、機構、図面、請求内容は不明です。7月30日に出願された4件の特許との直接的な関係も確認できず、同じ改良内容を扱ったものとは断定できません。
録音・再生精度を高める三件の特許出願
1890年7月30日、トーマス・アルヴァ・エジソンは、蓄音機の録音・再生機構に関する3件の特許を出願しました。各仕様書は7月5日に署名され、後に『蓄音機(Phonograph)』の名称で、米国特許第453,741号(United States Patent No. 453,741)、米国特許第454,942号(United States Patent No. 454,942)、米国特許第484,585号(United States Patent No. 484,585)となりました。
米国特許第453,741号では、再生針を録音された音溝へ正確に合わせる調整機構と、録音機構と再生機構を切り替える際の振動板の動きを制限する構造が考案されました。米国特許第454,942号では、振動板と録音針または再生針を結ぶ部分に張力ばねを設け、連結部の遊びによって動きが失われることを防ぐ機構が示されました。
米国特許第484,585号では、録音針または再生針を支える重りを重心付近で支え、均衡させる構造が考案されました。通常の再生時には針を安定させながら、円筒表面に大きな凹凸がある場合には重りが動き、振動板へ不要な動きが伝わることを抑える機構です。3件の出願は、音溝への位置合わせ、振動の伝達、針を支える構造をそれぞれ改良し、録音と再生の安定性を高めることを目的としていました。
エジソン・トーキング・ドールの新型モデル・製作計画・特許出願
1890年春に販売されたエジソン・トーキング・ドール(Edison Talking Doll)では、機構の緩み、音声を再生できない不具合、蝋円筒の摩耗などが生じたため、トーマス・アルヴァ・エジソンは人形に組み込む小型蓄音機の改良を進めました。1890年7月17日、エジソン・フォノグラフ・トイ・マニュファクチャリング社(Edison Phonograph Toy Manufacturing Company)の取締役会は新型モデルを審査し、機構50台をできるだけ早く手作業で製作するようエジソンに求めることを決議しました。翌18日、同社の書記兼会計役ダニエル・ウェルド(Daniel Weld, 生没年不明)が決議の内容をエジソンへ伝えました。50台すべてが完成したかは不明です。
7月30日には、人形や玩具へ組み込む小型再生装置に関する特許が出願され、後に『蓄音機人形(Phonograph-Doll)』として米国特許第456,301号(United States Patent No. 456,301)となりました。この機構には、再生時と早戻し時で送り速度を切り替える二種類のねじ山、再生針を音溝へ合わせる外部調整装置、再生音を大きくする共鳴器などが設けられていました。短い録音を繰り返し再生し、再生後に円筒を開始位置へ素早く戻せるようにすることで、操作性と再生性能の改善が図られました。
オーストラリアで広がった蓄音機の公開実演
1890年6月末、イー・ダグラス・アーチボルド(E. Douglas Archibald, 生没年不明)が、メルボルンのアセニアム・ホール(Athenaeum Hall)で蓄音機を披露しました。その後、実演の会場はバーク・ストリート(Bourke Street)のクライトマイヤーズ・ワックスワークス・ミュージアム(Kreitmayer’s Waxworks Museum)へ移され、7月にも興行が続けられました。蓄音機の音声を聴く機会は、招待者を対象とした紹介から、料金を支払った観客が参加する継続的な興行へと広がっていきました。
シドニーでは、チャールズ・ローンセロット・ガーランド(Charles Launcelot Garland, 1854–1930)が、音楽商兼作曲家のチャールズ・ヒューナーバイン(Charles Huenerbein, 生没年不明)と協力し、1890年7月から蓄音機の実演を始めました。初期の実演は、ジョージ・ストリート(George Street)にあったヒューナーバインのピアノ倉庫を会場として、2週間にわたって行われました。メルボルンとシドニーで相次いで実演が行われ、蓄音機は限られた関係者に紹介される新技術から、一般の観客が料金を払って体験する娯楽へと広がり始めました。
メルボルンでの連続興行
1890年6月末、ダグラス・アーチボルドはアセニアム・ホールで蓄音機を公開した後、会場をバーク・ストリートのクライトマイヤーズ・ワックスワークス・ミュージアムへ移しました。新しい会場では7月にも実演が続けられ、40回を超える興行へ発展しました。
アセニアム・ホールでの大規模な紹介に対し、クライトマイヤーズ・ワックスワークス・ミュージアムでは、観客が継続的に蓄音機を体験できる興行として実演が行われました。蓄音機は一度限りの技術紹介にとどまらず、既存の娯楽施設に組み込まれ、料金を支払った観客へ繰り返し公開される見世物となりました。
シドニーで始まった興行活動
1890年7月、チャールズ・ガーランドはチャールズ・ヒューナーバインと協力し、シドニーで蓄音機の公開実演を始めました。会場には、ジョージ・ストリートにあったヒューナーバインのピアノ倉庫が使われ、実演は2週間にわたって行われました。
ガーランドは蓄音機の操作と実演を担当し、ヒューナーバインは自身の音楽事業の拠点を会場として提供しました。これを起点として、シドニーでも一般の観客を対象とした蓄音機興行が展開されるようになりました。
メキシコの郵便局による蓄音機利用を伝えた新聞記事
1890年7月、「郵便局の蓄音機(The Phonograph in the Post Office)」と題する記事が掲載され、メキシコの郵便局が蓄音機を利用して音声メッセージを郵送していると伝えられました。差出人が郵便局でメッセージを録音し、錫箔を用いた円筒を保護ケースに収めて宛先へ送る仕組みで、料金は1,000語につき6センタボとされていました。配達先では、郵便配達員が蓄音機を持参して録音を再生すると説明されています。
同記事では、文字の読み書きが困難な人や視覚障害者のほか、書面を作成する時間を省きたい商用利用者にも役立つ方法として紹介されました。実施した郵便局の所在地、制度の開始日、運用主体、利用件数は不明であり、メキシコの郵便制度として正式に導入されていたかは確認できません。
References
- 第1回衆議院議員選挙で当選した人々 / 国立国会図書館
https://www.ndl.go.jp/portrait/pickup/024 - Section XIII.—Heligoland (Art. 115) / Office of the Historian, United States Department of State
https://history.state.gov/historicaldocuments/frus1919Parisv13/ch12subch13 - Sherman Anti-Trust Act (1890) / National Archives
https://www.archives.gov/milestone-documents/sherman-anti-trust-act - OH – Ohio: Sherman Silver Purchase Act / United States Senate
https://www.senate.gov/states/OH/timeline.shtml - Facts & Symbols / State of Idaho
https://idaho.gov/about-idaho/facts-symbols/ - Wyoming / United States Senator John Barrasso
https://www.barrasso.senate.gov/wyoming/ - The Enigma of the 1889 Russian Flu Pandemic: A Coronavirus? / National Library of Medicine
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8813723/ - Mabel Wayne / Discography of American Historical Recordings
https://adp.library.ucsb.edu/index.php/mastertalent/detail/111740/Wayne_Mabel - Casey Stengel / Major League Baseball
https://www.mlb.com/player/casey-stengel-122737 - The Last Days of Vincent van Gogh / Van Gogh Museum
https://www.vangoghmuseum.nl/en/art-and-stories/stories/the-last-days-of-vincent-van-gogh - Documentary Recordings and Political Speeches / National Park Service
https://www.nps.gov/edis/learn/photosmultimedia/documentary-recordings-and-political-speeches.htm - First, Rare and Only Sound Recordings from the British Library’s Collections / British Library
https://www.britishlibrary.cn/en/articles/first-rare-and-only-sound-recordings-from-the-british-librarys-collections/ - The First Book of Phonograph Records / Internet Archive
https://archive.org/details/FirstBookOfPhonographRecords - The Recordings of the Columbia Phonograph Company, 1889–1896 / Internet Archive
https://archive.org/details/ColumbiaPhonograph1889-1896 - Park Archives: Thomas Edison National Historical Park / National Park Service History
https://npshistory.com/publications/edis/index.htm - Cylinder Records: Significance, Production, and Survival / Library of Congress
https://www.loc.gov/static/programs/national-recording-preservation-board/documents/klinger.pdf - Index of Recording Essays / Library of Congress
https://www.loc.gov/programs/national-recording-preservation-board/recording-registry/index-of-essays/ - Talking Doll FAQ – Product Durability / National Park Service
https://www.nps.gov/edis/learn/photosmultimedia/talking-doll-faq-product-durability.htm - US456301A – Phonograph-Doll / Google Patents
https://patents.google.com/patent/US456301A/en - US454942A – Phonograph / Google Patents
https://patents.google.com/patent/US454942A/en - US453741A – Phonograph / Google Patents
https://patents.google.com/patent/US453741A/en - US484585A – Phonograph / Google Patents
https://patents.google.com/patent/US484585A/en - Colonial Soundscapes: A Cultural History of Sound Recording in Australia, 1880–1930 / Minerva Access
https://hdl.handle.net/11343/224347 - The Phonograph in the Post Office / Trove
https://trove.nla.gov.au/newspaper/article/103773485
