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1890年5月の録音・音声記録

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1890年5月の録音・音声記録

1890年5月1日、第二インターナショナル(Second International)の呼びかけにより、8時間労働制を求める労働者の示威行動が各地で行われました。5月2日には、アメリカ合衆国議会(United States Congress)が制定した法律によってオクラホマ準州(Territory of Oklahoma)が設置されました。5月17日には、ローマのコスタンツィ劇場(Teatro Costanzi)で、ピエトロ・マスカーニ(Pietro Mascagni, 1863–1945)の歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ(Cavalleria rusticana)』が初演され、5月30日には、オハイオ州クリーブランドでアーケード(The Arcade)が一般公開されました。

録音史では、5月15日にアルフレッド・テニスン(Alfred Tennyson, 1809–1892)が、イングランドのファリングフォード(Farringford)で自作の詩2編をフォノグラフに朗読しました。5月24日と29日には、ヴォルタ研究所(Volta Laboratory)で実験用シリンダーが製作され、24日の録音からは全長を再生できる成型複製も作られました。5月28日–29日にシカゴで開催されたアメリカ合衆国地方フォノグラフ会社第1回年次大会(First Annual Convention of Local Phonograph Companies of the United States)では、フォノグラフとフォノグラフ・グラフォフォンを用いて議事が記録されましたが、使用されたシリンダーの本数は確認できません。5月27日には、ルイス・グラス(Louis Glass, 生没年不明)とウィリアム・S・アーノルド(William S. Arnold, 生没年不明)に、硬貨作動式フォノグラフ装置に関する2件のアメリカ合衆国特許が付与されました。また、エジソン・トーキング・ドール(Edison Talking Doll)は5月初めに製造が中断されましたが、録音・再生機構の改良実験はその後も続けられました。

この月の確認されている録音:4件

15日(2件)

アルフレッド・テニスンは、ワイト島(Isle of Wight)のファリングフォードで、チャールズ・R・C・ステイトラー(Charles R. C. Steytler, 生没年不明)が持参したフォノグラフに、自作の詩2編を朗読しました。

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The Charge of the Light BrigadeAlfred Tennyson
The Bugle SongAlfred Tennyson

【1890年5月15日の出来事】
キャサリン・アン・ポーターの誕生
1890年5月15日、アメリカ合衆国テキサス州インディアン・クリークで、後に小説家・随筆家として活動したキャサリン・アン・ポーター(Katherine Anne Porter, 1890–1980)が生まれました。出生名はキャリー・ラッセル・ポーター(Callie Russell Porter)です。

24日(1件)

ヴォルタ研究所では、標準型グラフォフォン・シリンダーに数字の読み上げが録音されました。資料には話者がエリス氏(Mr Ellis, フルネーム・生没年不明)と記されていますが、人物を特定できる情報は確認されていません。

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NumeralsN/A

【1890年5月24日の出来事】
ジョージアナ・ハントリー・マクレーの死去
1890年5月24日、画家・日記作家のジョージアナ・ハントリー・マクレー(Georgiana Huntly McCrae, 1804–1890)が、オーストラリアのビクトリア植民地ホーソンで死去しました。肖像画や水彩画を残したほか、1841年以降の植民地社会を記録した日記でも知られています。

29日(1件)

ヴォルタ研究所では、録音済みの標準型グラフォフォン・シリンダー1本が製作されました。シリンダーには、1890年5月29日の日付と、華氏101度の温度で製作されたことを示す記載があります。録音内容と話者は資料上確定できません。

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Title unknownN/A

【1890年5月29日の出来事】
ロバート・エドワード・リー記念碑の除幕
1890年5月29日、アメリカ合衆国バージニア州リッチモンドで、ロバート・エドワード・リー(Robert Edward Lee, 1807–1870)の騎馬像を中心とするロバート・エドワード・リー記念碑(Robert E. Lee Monument)が除幕されました。記念碑はモニュメント・アベニュー(Monument Avenue)に設置され、大規模な式典が行われました。

1890年5月の録音に関する情報のまとめ

1890年5月には、アルフレッド・テニスンによる詩の朗読録音、ヴォルタ研究所における実験用シリンダーの製作と成型複製、エジソン・トーキング・ドールの録音・販売・製造中断など、録音技術をめぐる多様な動きがありました。アメリカ合衆国地方フォノグラフ会社第1回年次大会では、議事の録音と文字化が行われ、硬貨作動式フォノグラフの事業化と関連特許の取得も進みました。同年3月に記録されたパッサマクォディ(Passamaquoddy)の言語・民話・歌が専門誌で紹介されるなど、録音技術は娯楽だけでなく、会議記録、言語保存、事業運営にも利用されるようになっていました。

アルフレッド・テニスンの朗読録音

1890年5月15日、アルフレッド・テニスンは、ワイト島の自邸ファリングフォードを訪れたチャールズ・R・C・ステイトラーの依頼を受け、自作の詩2編をフォノグラフに朗読しました。録音には、ステイトラーが持参した装置が使用されました。

この日に録音された2本のシリンダーは現存しています。一方のシリンダーに付属するラベルには、1890年5月15日にファリングフォードで録音され、ステイトラーが録音を担当したことが記されています。同席者の回想では朗読後に笑い声があったとされていますが、現存する録音にはその声が含まれていません。このため、現存するシリンダーは最初の録音とは別のテイクである可能性があります。

テニスンはこの時期にほかの詩もフォノグラフへ朗読しましたが、それらが5月15日に録音されたのか、後日に録音されたのかは確定していません。また、ステイトラー自身がテニスンの朗読を模倣した録音も残されており、テニスン本人の声による録音とは区別されます。

ヴォルタ研究所の録音と成型複製実験

1890年5月24日、ヴォルタ研究所では、エリス氏の声による数字の読み上げを標準型グラフォフォン・シリンダーに録音しました。シリンダーには、日付や実験記録の参照番号などが刻まれています。

このシリンダーからは、全長を通して再生できる成型複製が作られました。全長を再生できる成型複製の製作に成功した最初のグラフォフォン・シリンダーとされています。

5月29日にも、録音済みの標準型グラフォフォン・シリンダーが製作されました。表面には日付と華氏101度で製作されたことを示す記載があります。録音内容は研究ノートとの対応から推定されていますが、確定しておらず、話者も不明です。

エジソン・トーキング・ドールの録音と再生機構

エジソン・トーキング・ドールに収める音声は、エジソン・フォノグラフ・ワークス社(Edison Phonograph Works)に雇われた少女や若い女性によって録音されました。童謡や祈りの言葉は、販売用の小型シリンダーへ一本ずつ繰り返し吹き込まれたため、同じ作品でも声や朗読の調子が異なる録音が作られました。

レパートリーには、「Mary Had a Little Lamb」「Twinkle, Twinkle, Little Star」「Little Bo-Peep」「Baa, Baa, Black Sheep」「Jack and Jill」「Old Mother Hubbard」「Now I Lay Me Down to Sleep」などの童謡や短い詩、祈りの言葉が含まれていました。1890年春の展示資料には、合計12作品が記載されています。

録音媒体には、通常のフォノグラフ・シリンダーより小さい褐色蝋製シリンダーが使用され、収録時間はおよそ18–22秒でした。音溝は縦振動方式で刻まれ、人形の胴体内部では、ぜんまいの力でシリンダーを回転させ、再生針と振動板を通して胸部の開口部から音を出しました。シリンダーは内部機構に組み込まれており、購入者が自由に交換することを想定した構造ではありませんでした。

エジソン・トーキング・ドールの展示・販売・製造中断

エジソン・トーキング・ドールは、1890年4月7日–5月15日にニューヨークのレノックス・ライシーアム(Lenox Lyceum)で開かれたウーマンズ・エクスチェンジ展(Woman’s Exchange Exhibition)に出品されました。会場内のドールズ・シアトリアム(Doll’s Theatorium)では、音声を再生する人形が一般に紹介されました。

人形の小売価格は、衣装なしが10ドル、衣装付きが12–20ドルで、卸売価格は7ドルでした。1890年5月29日付の雑誌『ユースズ・コンパニオン(The Youth’s Companion)』には、ニューヨークのシュワルツ・トイ・バザー(Schwarz’ Toy Bazaar)による販売広告が掲載されました。

一方、製品には輸送中の破損や再生機構の作動不良、音声の聞き取りにくさ、シリンダーの摩耗などが生じ、返品も増加しました。製造は1890年5月初めに中断されましたが、正確な日は確認されていません。その後も、人形の音声をより明瞭に再生するための実験や、小型フォノグラフの改良が続けられました。

ステート・フォノグラフ・カンパニー・オブ・イリノイの設立

1890年5月7日、ステート・フォノグラフ・カンパニー・オブ・イリノイ社(State Phonograph Company of Illinois)がシカゴで設立されました。資本金は25万ドルで、設立者はグレンジャー・ファーウェル(Granger Farwell, 生没年不明)、エドワード・L・ロブデル(Edward L. Lobdell, 生没年不明)、E・H・ピアソン(E. H. Pearson, フルネーム・生没年不明)でした。事業目的には、フォノグラフの製造、賃貸、販売が含まれていました。

同社は、ノース・アメリカン・フォノグラフ社(North American Phonograph Company)の地方会社として、クック郡を除くイリノイ州を営業地域としました。コロンビア製グラフォフォンとエジソン製フォノグラフを取り扱い、シカゴのホーム・インシュアランス・ビルディング(Home Insurance Building)に事務所を置きました。

同社は、設立から約3週間後の5月28日–29日に開かれたアメリカ合衆国地方フォノグラフ会社第1回年次大会にも参加しました。

地方フォノグラフ会社の第1回年次大会

1890年5月28日–29日、アメリカ合衆国地方フォノグラフ会社第1回年次大会が、シカゴのオーディトリアム・ホテル(Auditorium Hotel)で開催されました。各地域でフォノグラフ事業を展開する地方会社の代表者が集まり、機器の普及方法や改良、各社に共通する課題について協議しました。

大会の議事は、初日にフォノグラフ・グラフォフォン、2日目に改良型フォノグラフを使って記録されました。それぞれの担当者は、発言者の言葉を低い声で繰り返しながらシリンダーへ吹き込みました。その声は周囲の出席者にはほとんど聞こえないほどでしたが、録音には十分な音量でした。

録音されたシリンダーは、再生しながら文字に起こされ、大会の議事録作成に用いられました。会議の発言をいったん音声として記録し、その後に文章化する方法が実際の業務に利用された事例です。使用されたシリンダーの本数は確認されていません。

地方フォノグラフ会社の事業方式をめぐる議論

大会では、利用者に機器を賃貸する従来の方式を続けるか、購入も選択できるようにするかが議論されました。販売を認める場合の価格や、収益をノース・アメリカン・フォノグラフ社と地方会社の間でどのように配分するかも論点となりました。

販売に賛成する側は、賃貸方式では運送、設置指導、修理、料金回収、帳簿管理などの負担が地方会社に集中し、機器を増やすほど費用がかさむと主張しました。利用者が機器を所有すれば管理への関心が高まり、修理や改良を有料のサービスとして提供できるほか、販売によって普及を早められるとの意見も出されました。

これに対し、販売に反対する側は、機器がまだ改良の途上にあり、現状のまま販売しても十分に利用されない可能性があると指摘しました。また、機器が営業区域を越えて売買されることで地方会社間の権利関係が複雑になり、継続的な賃貸収入も失われると懸念しました。利用者に賃貸と購入の選択を認める提案は、賛成4社、反対24社、欠席2社となり、採用されませんでした。

硬貨作動式フォノグラフと関連特許

1890年5月27日、ルイス・グラスとウィリアム・S・アーノルドに、硬貨の投入とフォノグラフの作動を連動させる装置に関する2件のアメリカ合衆国特許が付与されました。

アメリカ合衆国特許第428,750号「フォノグラフ用硬貨作動式付属装置(Coin-Actuated Attachment for Phonographs)」は1889年12月18日に、アメリカ合衆国特許第428,751号「フォノグラフを硬貨で作動させる付属装置(Coin-Actuating Attachment for Phonographs)」は1890年2月3日に出願されました。

いずれの装置も、硬貨を投入した利用者がフォノグラフの音を聴けるようにするためのものでした。複数の聴取管をそれぞれ独立して硬貨で作動させることで、利用者ごとに料金を受け取り、音声を提供できる構造が考案されました。

サイエンティフィック・アメリカンが紹介したパッサマクォディ録音

1890年5月24日発行の雑誌『サイエンティフィック・アメリカン(Scientific American)』には、「アメリカ先住民の諸言語保存におけるエジソン・フォノグラフ(The Edison Phonograph in the Preservation of the Languages of the American Indians)」が掲載されました。この記事では、ジェシー・ウォルター・フュークス(Jesse Walter Fewkes, 1850–1930)が同年3月16日–19日にメイン州カレー(Calais, Maine)で行ったパッサマクォディ録音が取り上げられています。

フュークスは、パッサマクォディの人々の協力を得て、言語資料や物語、歌などを36本のシリンダーに記録しました。録音した声を翌日に再生した際には、パッサマクォディの人々が前日に録音された話者の声を識別しました。

5月に掲載されたこの記事は、フォノグラフを娯楽や業務だけでなく、言語や口承文化の記録と保存にも利用できることを伝えました。

References