1891年12月に録音された音楽

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1891年12月に録音された音楽

1891年12月は、国際秩序と近代生活の「制度化」が各地で目に見える形になった月でした。アメリカ合衆国では1891年12月9日にベンジャミン・ハリソン(Benjamin Harrison, 1833–1901)が年次教書を公表し、通商や外交をめぐる当時の課題を整理しました。教育面では1891年12月17日にドレクセル大学(Drexel University)の前身であるドレクセル芸術・科学・工業学院(Drexel Institute of Art, Science and Industry)が正式に開設され、産業社会の実学教育を支える拠点が加わりました。スポーツでは1891年12月21日にジェームズ・ネイスミス(James Naismith, 1861–1939)がバスケットボールを考案し、屋内競技としての新しい大衆文化が芽生えます。科学技術では1891年12月22日、マックス・ヴォルフ(Max Wolf, 1863–1932)が小惑星323ブルキア(323 Brucia)を写真観測で発見し、観測手法そのものが天文学の射程を広げました。

この月の確認されている録音:0曲

1891年12月の録音に関する情報のまとめ

1891年12月の「個別の録音(特定タイトルの録音日・録音者・録音場所)」については、月内の日付まで確定できる同時代資料を確認できませんでした。一方で、録音と複製(再生)を前提にした機械側の改良として、トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)のアメリカ合衆国特許第465,972号「フォノグラフ」(United States Patent No. 465,972, “Phonograph”)が1891年12月29日に発行されており、記録針と再生針の切替や送り機構など、円筒式録音の運用に直結する要素が説明されています。また、新聞広告・新聞記事の断片からは、フォノグラフの公開実演と「レコード」販売が年末商戦の文脈で語られていたことまでは確認できます。

フォノグラフ特許(1891年12月29日)

エジソンのアメリカ合衆国特許第465,972号「フォノグラフ」(United States Patent No. 465,972, “Phonograph”)は、1891年12月29日に発行された「特許(発行済)」としてメタデータが整理されています。特許本文では、同一の振動板に記録針と再生針を搭載して切り替える構成、円筒(phonogram cylinder)と素材(phonogram blank)、送りねじ(feed-screw)などの要素が明記され、円筒式の録音と再生の作業性を高める狙いが述べられています。

オーストラリアの新聞広告に見る「レコード」販売

1891年12月のオーストラリアの新聞広告では、「エジソンズ・フォノグラフ」(Edison’s Phonograph)を掲げ、年末の販促として「2本のレコードが6ペンス」といった価格訴求が行われていたことが確認できます。少なくともこの時点で、機械の展示だけでなく、録音媒体をセットで販売することが聴取体験の一部として扱われていたことを示す断片資料になります。
参照URL

ニュージーランドの新聞記事に見るフォノグラフ実演

1891年12月末のニュージーランドの新聞記事(検索結果の表示範囲)からは、フォノグラフの展示に際して「レコード」や装置の構造・動作を説明する旨が記されていたことが確認できます。記事本文全体はこの場で精読できていないため詳細は未確認ですが、年末時点でフォノグラフが興行・展示の対象として告知され、録音媒体(records)という語が同一文脈で扱われていたことまでは裏づけられます。