1891年2月に録音された音楽

この記事は約3分で読めます。
スポンサーリンク

1891年2月に録音された音楽

1891年2月は、政治と災害、そして遠隔地での武力衝突が同時進行した月でした。スペイン王国では2月1日に下院(Congress of Deputies)の総選挙、2月15日に上院(Senate)の選挙が実施され、議会の勢力図が更新されました。ブラジル合衆国では2月24日に1891年憲法(Constituição da República dos Estados Unidos do Brasil de 1891)が公布され、共和政の制度枠組みが確定します。自然災害では、アリゾナ準州で2月中旬以降の豪雨により河川が氾濫し、2月19日–26日にかけてフェニックス周辺で大洪水(Phoenix flood of 1891)が発生しました。さらに2月22日にはウォルナット・グローブ・ダム(Walnut Grove Dam)が決壊し、下流域に大きな被害をもたらしました。アフリカでは、現在のマリ共和国のジェンネ(Djenne)で2月24日に第一次ジェンネの戦い(First Battle of Jenné)が起き、フランスの西アフリカ進出が武力を伴って進みました。

この月の確認されている録音:0曲

1891年2月の録音に関する情報のまとめ

1891年2月の録音文化を考えるうえで手がかりになるのが、ノース・アメリカン・フォノグラフ・カンパニー(North American Phonograph Company)系の雑誌「ザ・フォノグラム」(The Phonogram)です。1891年2月号(第1巻第2号)では、人気役者などの朗読・歌唱をシリンダーに集めて“声のコレクション”として保存する発想(いわゆる「フォノグラフ・アルバム」)が語られ、同時に「音楽用シリンダーの製造」も論じられています。さらに、アメリカ合衆国海兵隊軍楽隊(United States Marine Band)の演奏を録音した音楽シリンダーを、軍の行進訓練に活用できる可能性も紹介されています。

フォノグラフ・アルバム

「ザ・フォノグラム」(The Phonogram)1891年2月号には「The Phonograph Album」と題する記事があり、舞台の人気芸人・歌手などの朗読や歌唱を収録したシリンダーを集め、写真やサインよりも価値ある“声の標本”として保存する動きが述べられています。録音が一回限りの娯楽にとどまらず、収集・再生・記憶のメディアとして扱われ始めていたことが、同時期の空気として確認できます。

音楽用シリンダーの製造

同号掲載の「The Manufacture of Musical Cylinders」では、音楽用レコード(シリンダー)の作り方に触れつつ、トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)が改良を進めている点や、各地のローカル企業が自前でレコード製造を試みている状況が語られています。1891年2月時点で、商業録音が一部の拠点に固定されず、複数の事業者が製造ノウハウや改良をめぐって揺れていたことを示す材料になります。

軍事訓練と録音の応用

「Drilling by the Phonograph」では、アメリカ合衆国海兵隊軍楽隊(United States Marine Band)の演奏を録音して再生し、軍の行進訓練(歩調やケイデンス)に使えるかを試した趣旨が紹介されています。生演奏の軍楽隊を頻繁に呼ぶコスト問題に対し、録音再生で代替できるかという発想が示され、1891年2月の時点で、音楽シリンダーが娯楽用途だけでなく運用面の道具としても検討されていたことが確認できます。