1892年2月に録音された音楽

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1892年2月に録音された音楽

1892年2月は、政治・国際法・自然災害・舞台芸術が同時に動いた月でした。北米太平洋岸では、メキシコ領バハ・カリフォルニア北部のラグナ・サラダ地震(1892年2月23日)が大きな地震として記録され、地殻変動が社会インフラの脆弱さを浮かび上がらせました。外交面では、アメリカ合衆国政府とグレートブリテン及びアイルランド連合王国政府が、ベーリング海の管轄権とオットセイ猟をめぐる紛争を仲裁に付託するための条約(Convention between the Governments of the United States and Her Britannic Majesty, concluded at Washington February 29, 1892)に合意し、資源と海域をめぐる国際ルール形成が前進しました。文化面では、ジュール・マスネ(Jules Massenet, 1842–1912)のオペラ『ウェルテル』(Werther)がウィーン宮廷歌劇場(Kaiserlich-Königliche Hofoper)で初演され、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe, 1749–1832)の物語世界が新たな音楽表現として広まりました。ロンドンでは、オスカー・ワイルド(Oscar Wilde, 1854–1900)の戯曲『レディ・ウィンダミアの扇』(Lady Windermere’s Fan)がセント・ジェームズ劇場(St James’s Theatre)で初演され、都市娯楽の中心としての劇場文化が存在感を示しました。

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1892年2月の録音に関する情報のまとめ

1892年2月の録音関連史料としては、フォノグラフ機器の稼働台数・販売実績を集計した報告書と、シリンダー・レコードの供給・品質をめぐる実務的な書簡が確認できます。前者は機器の普及が進む中で録音物(シリンダー・レコード)が「流通させる商品」として扱われていた状況を示し、後者は重複複製(ダブ)レコードの品質差や返品条件など、録音物の取引条件が具体的に交渉されていた事実を伝えます。

ノース・アメリカン

ノース・アメリカン・フォノグラフ・カンパニー(North American Phonograph Co.)の「1892年2月の月次報告」では、月間の貸出・返却・純増の台数、ならびに販売台数が集計されています。録音そのものの出来事を直接列挙する史料ではありませんが、録音物の利用(鑑賞・業務)を支える再生機器が多数稼働していたこと、そして販売が継続していたことが、1892年2月時点の録音ビジネスの基盤として確認できます。

カンザス

カンザス・フォノグラフ・カンパニー(Kansas Phonograph Co.)からエジソン・フォノグラフ・ワークス(Edison Phonograph Works)に宛てた1892年2月12日付の書簡では、シリンダー・レコードの供給条件として、複製レコード(ダブ)の品質が不安定だった経験を踏まえ、試聴・検品のうえ不適合品を返品できる条件を求めています。また、具体的な曲名を挙げて一定数の同一題目を要望しており、録音物が曲目単位・本数単位で発注され、品質保証が取引上の重要点になっていたことが確認できます。