1897年8月に録音された音楽
1897年8月は、国家や帝国の境界線が緊張を増す一方で、移民・資本・情報が地球規模で加速していく様子が同時に見える月です。1897年8月29日–31日、スイスのバーゼルでテオドール・ヘルツル(Theodor Herzl, 1860–1904)が主導した第1回シオニスト会議(First Zionist Congress)が開かれ、国際政治の新しい軸となる運動が組織化されました。同じ頃、英領インドの北西辺境ではマラカンド包囲戦(Siege of Malakand、1897年7月26日–8月2日)が展開し、帝国支配と地域抵抗の衝突が続きました。経済面では、1897年7月の蒸気船ポートランド号(S.S. Portland)の入港などを契機にクロンダイク・ゴールドラッシュ(Klondike Gold Rush)が本格化し、北米の都市や交通網を巻き込む社会現象へ拡大していきます。科学技術では、トマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)が1897年8月31日にキネトグラフ用カメラに関する特許を取得し、音と映像の結びつきをめぐる試行が進みました。日本では草津白根山で1897年8月3日の噴火により死者が出たことが記録され、自然災害が近代社会に与える影響も可視化されています。
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1897年8月の録音に関する情報のまとめ
1897年8月は、円筒と円盤が併存する録音メディアの競争が続くなかで、円盤式の駆動機構(ゼンマイ・調速)や、各社の販売網整備が同時進行していたことが確認できます。実際の録音資料としては、ベルリーナー・グラモフォン(Berliner Gramophone)による1897年8月5日の録音がアメリカ議会図書館(Library of Congress)に記録されており、当時の円盤録音の題材と形式の一端が追えます。また、エルドリッジ・R・ジョンソン(Eldridge R. Johnson, 1867–1945)は1897年8月19日にグラモフォンの駆動装置に関する特許を出願しており、円盤再生機の実用性を高める技術改良が進んでいたことが分かります。流通面では、コロムビア・フォノグラフ・カンパニー(Columbia Phonograph Company)がパリ(34 Boulevard des Italiens)の欧州拠点を整備していた旨が業界誌で報じられており、国際展開の動きが読み取れます。
ベルリーナー
ベルリーナー・グラモフォン(Berliner Gramophone)の円盤録音として、N.R.ウッド(N.R. Wood, 生没年不明)による「Morning on the farm」が1897年8月5日にワシントンD.C.で録音されたことが、アメリカ議会図書館(Library of Congress)のデータに記録されています。内容は動物の鳴きまね(Animal calls)で、短時間の片面円盤という当時の円盤録音の前提のうえに成立したレパートリーの一例といえます。
- https://www.loc.gov/resource/berl.13401Y/
- https://publicdomainreview.org/collection/morning-on-the-farm-1897/
ジョンソン
エルドリッジ・R・ジョンソン(Eldridge R. Johnson, 1867–1945)は「Gramophone and actuating device therefor」について1897年8月19日に出願し、のちに1898年3月22日付でアメリカ合衆国特許第601,198号(United States Patent No. 601,198)として成立しています。円盤再生機の回転を安定させるための機構的改良が、1897年の時点で継続的に検討されていたことを示す一次資料です。
コロムビア
業界誌『The Phonoscope』の1897年8月–9月号(表記上はAugust-September, 1897)には、コロムビア・フォノグラフ・カンパニー(Columbia Phonograph Company)の欧州本部(34 Boulevard des Italiens, Paris)が「約10月7日に正式開設予定」と報じられています。同記事には同社フィラデルフィアの直営店(parlors)でP. V.デグロー(P. V. DeGraw, 生没年不明)が職務に就いた旨も記されており、販売拠点の運営体制を補強していた状況が確認できます。
