1903年5月に録音された音楽

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1903年5月に録音された音楽

1903年5月は、英仏関係の雪解けを象徴する出来事として、イギリス国王エドワード7世(Edward VII, 1841–1910)がフランス共和国の首都パリを公式訪問しました。北米では、アメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt, 1858–1919)がサンフランシスコを訪れ、公式行事の様子が活動写真に記録されました(撮影日には5月12日・13日などの異同がある資料もあります)。カリブ海では、アメリカ合衆国がキューバ共和国との関係を規定するプラット修正条項(Platt Amendment)を1903年5月22日に承認し、介入権などを含む枠組みが整理されました。日本では1903年5月24日に神戸ゴルフ倶楽部が開場し、近代スポーツの受容が可視化しました。オランダ王国では1903年5月27日にアムステルダムのベルラーへ取引所(Beurs van Berlage)が公式開所し、近代建築の節目となりました。文化面では、画家ポール・ゴーギャン(Paul Gauguin, 1848–1903)が1903年5月8日にマルキーズ諸島で死去しました。

この月の確認されている録音:0曲

1903年5月の録音に関する情報のまとめ

1903年5月に月まで確定できる録音(収録)やレコード発売日を、個別タイトル単位で広範に確定できる一次資料は、現時点で十分に確認できませんでした。一方で、ナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)が販売店向けに発行した『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)』第1巻第3号(1903年5月号)の存在と概要は、公的アーカイブの資料記述および復刻資料内の要約から確認できます。同号は翌月の新譜案内を含み、シリンダー式とディスク式の比較、機器改良の話題、トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)の発明観に触れる記事、ならびに研究所・工場群を示す図版が掲載された号として位置づけられます。

エジソンの新譜案内(1903年6月分)

『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)』1903年5月号は、エジソン・ゴールド・モールデッド・レコード(Edison Gold Moulded Records)の翌月分(1903年6月)のレコード・リストを掲載した号として整理されています。また、エジソン・スタンダード・フォノグラフ(Edison Standard Phonograph)の再生装置を持ち上げる機構(reproducer lift)に関する新しい案内が同号の話題として記録されています。

ディスク式とシリンダー式の比較記事

同号は販売店向けの記事として、ディスク式レコードとシリンダー式レコードの比較を扱った号として要約されています。1903年時点で複数方式が併存していた市場状況を、販売現場の視点から説明する内容だったことが確認できます。

エジソンの発明談と研究所図

同号には、トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)が自らの「最も気に入っている発明」について語った記事が、『ナショナル・マガジン(National Magazine)』掲載記事の再掲として含まれます。加えて、ナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)のウェストオレンジ研究所(West Orange Laboratory)と関連工場群を示す図版(同号14ページ)が掲載され、録音・複製の産業インフラを視覚化しています。