1904年3月に録音された音楽

この記事は約5分で読めます。
スポンサーリンク

1904年3月に録音された音楽

1904年3月、スペイン王国(Kingdom of Spain)では日曜休業を定める法律が公布され、労働時間をめぐる社会政策が一歩進みました。北米ではサスケハナ川(Susquehanna River)で3月3日–15日に大洪水が起こり、氷塞と融雪が被害を拡大させました。南米ではアルゼンチン共和国(Argentine Republic)とチリ共和国(Republic of Chile)の国境の峠でクリスト・レドントール像(Christ the Redeemer of the Andes)が3月13日に除幕され、国境紛争の平和的解決を象徴しました。アメリカ合衆国(United States of America)北東部では3月21日にメイン州(State of Maine)を震源とする地震が最大級として記録されています。欧州の音楽界ではアントニーン・ドヴォルザーク(Antonín Dvořák, 1841–1904)のオペラ『アルミーダ(Armida)』が3月25日にプラハ国民劇場(National Theatre, Prague)で初演されました。東アジアでは日露戦争(Russo-Japanese War)で第2次旅順口閉塞作戦が3月27日に実施され、広瀬武夫(1868–1904)が戦死しています。

この月の確認されている録音:0曲

1904年3月の録音に関する情報のまとめ

1904年3月発行のエジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)は、ナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)が扱う円筒レコードの販売実務をまとめた号です。4月向けのエジソン・ゴールド・モールド・レコード(Edison Gold Moulded Records)新譜アドバンス・リスト(全25曲)を掲げ、ジョバー向けのサンプル・レコード配布の運用開始や、カタログ収載曲の整理(227曲の削除予定)も告知しました。また、ドイツ帝国皇帝ヴィルヘルム2世(Wilhelm II, 1859–1941)の声を音声アーカイブ用に録音したという記事も掲載され、著名人の声を「保存」する用途が明示されています。

4月向け新譜(ゴールド・モールド・レコード)アドバンス・リスト

1904年3月号は、1904年4月向けの新譜としてエジソン・ゴールド・モールド・レコード(Edison Gold Moulded Records)25曲のアドバンス・リストを掲載しています。例えば、8649番「March of the Holy Grail(『Parsifal』より)」、8650番「The Man Behind」、8651番「In Zanzibar (My Little Chimpanzee)」などが並び、エジソン・ミリタリー・バンド(Edison Military Band)やエジソン・シンフォニー・オーケストラ(Edison Symphony Orchestra)などのクレジットも併記されています。

サンプル・レコード配布(Sample Record Plan)の開始

1904年3月号は、サンプル・レコード配布(Sample Record Plan)が1904年2月から実施されたことを述べ、1904年3月分のサンプルが1904年2月5日に発送された旨を記しています。目的は、ジョバーが新譜の内容を事前に把握し、在庫注文を合理的に組み立てるための運用として説明されています。

カタログ収載曲の整理(227曲の削除予定)

1904年3月号は、同社が「1904年7月1日以降のいかなるカタログにも載せない」とする227曲のリストを取引先に郵送したとし、ディーラーに対して手元のカタログから該当番号を抹消するよう求めています。また、そのうち39曲は在庫がなく、金型(moulds)が使用不能で注文を受けられない旨も記されています。

ヴィルヘルム2世の声の録音と音声アーカイブ

1904年3月号は、ベルリン発1904年2月4日の電報記事として、ヴィルヘルム2世(Wilhelm II, 1859–1941)の声のフォノグラフ録音が、ハーバード大学(Harvard University)などで保管される「音声アーカイブ」への欧州由来の最初期の寄託になる、と報じています。記事では、心理学者エドワード・ウィーラー・スクリプチャー(Edward Wheeler Scripture, 1864–1945)が関与し、円筒2本が作成されたこと、機材がナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)から提供されたことが述べられています。

コンサート・フォノグラフの標準レコード対応改造

1904年3月号は、コンサート・フォノグラフ(Concert Phonograph)を標準サイズのレコードに対応させるための部品(新しいダイアフラム・アーム等)を製造していると告知し、部品価格を7.95米ドルとして示しています。既存機の改造需要を販売機会として位置づけた記述です。