1910年5月に録音された音楽
1910年5月は、王位継承、国家再編、公民権運動、天文学的話題が同時に進んだ月でした。5月6日、イギリスではエドワード7世(Edward VII, 1841–1910)が死去し、同日ジョージ5世(George V, 1865–1936)が即位しました。20日にロンドンで行われた国葬には各国の君主や使節が集まり、ヨーロッパの旧秩序がなお強い結びつきを保っていたことを示しました。12日には全米有色人種地位向上協会(National Association for the Advancement of Colored People)が正式名称を採択し、アメリカ合衆国の公民権運動は恒常的な組織基盤を強めました。南部アフリカでは5月31日に南アフリカ連邦(Union of South Africa)が発足し、ルイス・ボータ(Louis Botha, 1862–1919)が初代首相となりました。また同月はハレー彗星(Halley’s Comet)の接近が大きな話題となり、地球と彗星の尾の接近をめぐって、科学的関心と大衆的不安が同時に広がりました。政治・社会・科学の各面で、近代世界の輪郭がいっそう鮮明になった時期です。
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1910年5月の録音に関する情報のまとめ
1910年5月の録音界では、ナショナル・フォノグラフ社(National Phonograph Company)がアンベロール系録音と高価格帯のグランド・オペラ録音を前面に押し出し、音楽・語り・展示販売を一体化した市場形成を進めていました。同月の資料からは、アーネスト・ヘンリー・シャクルトン(Ernest Henry Shackleton, 1874–1922)の探検談を録音商品として扱う動き、レオ・スレザーク(Leo Slezak, 1873–1946)を軸とするグランド・オペラ系列の強化、そして百貨店や展示会を利用した実演販売の拡大が確認できます。1910年5月は、録音物そのものだけでなく、録音をどう見せ、どう売るかという点でも変化が明瞭な月でした。
シャクルトンの南極探検談が話題化した
1910年5月のエディソン資料では、アーネスト・ヘンリー・シャクルトン(Ernest Henry Shackleton, 1874–1922)によるアンベロール473番「My South Polar Expedition」が大きく扱われました。公開されている録音関連資料では、この円筒は1910年3月30日に録音されたことが確認でき、1910年5月号の『エディソン・フォノグラフ・マンスリー』では、南極探検の経験を語る特別なレコードとして紹介されています。音楽ではなく探検報告そのものを商品化した点は、当時の録音市場の題材が拡張していたことを示します。
- https://cylinders.library.ucsb.edu/detail.php?query=990025423530203776&query_type=mms_id
- https://www.nps.gov/edis/learn/photosmultimedia/documentary-recordings-and-political-speeches.htm?fullweb=1
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1910-Vol-8.pdf
グランド・オペラ・アンベロールが高級録音系列として存在感を強めた
1910年5月には、グランド・オペラ・アンベロールの40000番台がまとまって確認でき、レオ・スレザーク(Leo Slezak, 1873–1946)による《オテロ》《アイーダ》《トスカ》などのアリアがこの系列の中核を占めました。これにより、エディソンの4分用円筒は流行歌やバンド曲だけでなく、高価格帯の声楽録音を独立した商品線として展開していたことがわかります。1910年5月は、オペラ録音の拡充が販売戦略の前面に出た時期でした。
- https://cylinders.library.ucsb.edu/history-grandopera.php
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1910-Vol-8.pdf
- https://archive.org/details/edisonphonograph08moor
ジョン・ワナメイカーのニューヨーク店で大規模な売場展示が行われた
1910年5月号の『エディソン・フォノグラフ・マンスリー』には、ジョン・ワナメイカー(John Wanamaker, 1838–1922)のニューヨーク店に設けられたエディソン売場の写真と説明が掲載されています。そこでは各種機種が並べられ、レコード収納にはトレー式が用いられ、さらにエディソン蓄音機専用の私設音楽室が複数設けられていたことが記されています。1910年5月の録音販売は、単なる店頭陳列ではなく、試聴体験を前提とした空間演出へ進んでいました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1910-Vol-8.pdf
- https://archive.org/details/edisonphonograph08moor
リッチモンド・ピアノ展示会でエディソン製品の実演機会が設けられた
1910年5月16日から21日にかけて開催されたリッチモンド・ピアノ展示会では、ナショナル・フォノグラフ社(National Phonograph Company)が大きな展示を準備していたことが、1910年5月号に記されています。販売担当者と補助員が参加し、蓄音機と関連用品の本格的な展示が予定されていました。これは、録音物の普及がカタログや広告だけでなく、展示会での実演を通じても進められていたことを示す具体例です。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1910-Vol-8.pdf
- https://archive.org/details/edisonphonograph08moor
1910年5月号ではアンベローラ常設展示の重要性が強調された
同じ1910年5月号では、高級機アンベローラを店頭に常設し、常に上位顧客へ接触できる状態を保つべきだという販売方針が明確に述べられています。これは録音機器とレコード販売を切り離さず、上位機種の実演を通じてアンベロール・レコード全体の需要を引き上げようとする考え方でした。1910年5月の録音産業は、新譜の供給だけでなく、再生装置を含めた販売導線の整備を強く意識していました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1910-Vol-8.pdf
- https://archive.org/details/edisonphonograph08moor
