1913年4月に録音された音楽

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1913年4月に録音された音楽

1913年4月は、議会制度の整備、革命政局、都市近代化、社会運動への統制が同時に進んだ月でした。4月8日、アメリカ合衆国(United States)ではアメリカ合衆国憲法第十七条改正(Seventeenth Amendment to the United States Constitution)が批准成立に達し、連邦上院議員の直接選挙が条文上確立しました。同じ4月8日には中華民国(Republic of China)で国会の第1会期が始まり、4月30日までに議長団の選出を含む組織化が進みました。メキシコ合衆国(United Mexican States)では、ビクトリアーノ・ウエルタ(Victoriano Huerta, 1845–1916)政権と、ベヌスティアーノ・カランサ(Venustiano Carranza, 1859–1920)ら立憲主義勢力との対立が深まり、革命の先行きはいっそう不透明になりました。4月24日にはニューヨーク市でウールワース・ビルディング(Woolworth Building)が一斉点灯し、超高層建築と都市電化の象徴として注目を集めました。イギリスでは女性参政権運動への対応として、いわゆる「キャット・アンド・マウス法」として知られる法案審議が4月に進み、社会改革と国家権力の緊張が鮮明になりました。

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1913年4月の録音に関する情報のまとめ

1913年4月に相当するエジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)の April–May 号では、ブルー・アンベロール(Blue Amberol)の供給拡大と、旧式二分円筒機の使用者を四分系へ移行させる販売施策が前面に出ています。新譜告知そのものに加え、小包郵便、劇場、店頭ディスプレー、大量出荷といった流通・販促の実務が強く意識されており、1913年春のエジソン円筒事業が「供給の安定」と「市場の切り替え」を同時に進めていたことが確認できます。

第七リストの告知

April–May 号の目次には「Reading Notice for Seventh List」が掲げられており、この時期にブルー・アンベロール(Blue Amberol)第七リストの告知が行われていたことが確認できます。1913年の誌面構成でも、1月に第4リスト、2月に第5リスト、3月に第6リスト、April–May 号に第7リストが続いており、春の段階で新譜供給が継続的に拡大していたことが読み取れます。

供給安定と大量出荷

同号の目次には「Plenty of Blue Amberols Now」と「One Load; 30,000 Edison Records」が並び、供給量の増加と大量出荷が強調されていました。2月号ではブルー・アンベロール(Blue Amberol)の注文にまだ追いつけず旧来の出荷日程に戻れないと説明されていましたが、春には供給面の立て直しを前面に出す段階へ移っていたことが分かります。

二分円筒機所有者の転換促進

April–May 号には「Our Special Offer to Owners of Two-minute Edison Phonographs」が掲げられており、二分円筒機の所有者をブルー・アンベロール(Blue Amberol)系へ移行させる販売策が継続していたことが分かります。1月号でも、旧来のワックス・レコードをすでに製造していないこと、既存ユーザーにもブルー・アンベロール(Blue Amberol)を買わせる必要があることが明記されており、1913年4月時点の販促が新規顧客獲得だけでなく既存顧客の切り替えを強く意識していたことが確認できます。

小包郵便・劇場・店頭を使った販促

同号の目次には「Using the Parcel Post」「Using the Theatre」「Edison Window Display for June」が並び、録音物の販売が単なるカタログ配布ではなく、小包郵便、劇場空間、店頭ディスプレーを組み合わせた複合的な販促に支えられていたことが確認できます。何を録音したかだけでなく、どの経路で聞かせ、見せ、注文につなげるかが重視されていた点は、1913年春の円筒事業の特徴です。

アンベローラVの継続販促

April–May 号にも「Amberola V」の項目があり、3月号で発表されたアンベローラV(Amberola V)が4月以降も継続的に販促されていたことが分かります。ブルー・アンベロール(Blue Amberol)の普及は記録媒体だけで完結せず、再生機側の更新と一体で進められていました。