1913年11月に録音された音楽

この記事は約6分で読めます。
スポンサーリンク

1913年11月に録音された音楽

1913年11月は、政治・社会・科学・文化が同時に大きく動いた月でした。中国では11月4日に袁世凱(Yuan Shikai, 1859–1916)が国民党(Kuomintang)系議員を国会から排除し、議会政治の停滞が決定的になります。ヨーロッパでは11月5日にルートヴィヒ三世(Ludwig III, 1845–1921)がバイエルン王国(Kingdom of Bavaria)の王位に就き、南アフリカでは11月6日にモーハンダース・カラムチャンド・ガンディー(Mohandas Karamchand Gandhi, 1869–1948)がインド人鉱夫らの行進中に逮捕されました。北アメリカでは11月7日–10日に五大湖で大暴風雪「ホワイト・ハリケーン」が発生して多数の船舶と人命が失われ、11月11日にはハイケ・カメルリング・オンネス(Heike Kamerlingh Onnes, 1853–1926)へのノーベル物理学賞授与が決まり、同じ11月にはラビンドラナート・タゴール(Rabindranath Tagore, 1861–1941)のノーベル文学賞受賞が公表されました。国家権力の集中、植民地支配への抵抗、自然災害の深刻化、そして近代科学と文学の国際的評価が、ひと月のうちに併存した時期でした。

この月の確認されている録音:0曲

1913年11月の録音に関する情報のまとめ

1913年11月の同時代資料で確実に追える範囲では、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)が新しいディスク機とシリンダー機の両方を前面に出して年末商戦を進めていたことが最も明瞭です。これに対し、ヴィクター・トーキング・マシン・カンパニー(Victor Talking Machine Company)とコロンビア・グラフォフォン・カンパニー(Columbia Graphophone Company)については、当月の一次・同時代業界資料から販売、出荷、販促、代理店拡張、新譜告知の活発さは確認できますが、1913年11月そのものの具体的な録音日や録音会の詳細までは今回確認できませんでした。そのため、以下では当月資料上で活動を直接確認できる事実のみに絞って整理します。

エジソン

1913年11月のトーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)は、ディスクとシリンダーの両系統を同時に押し出していました。『The Talking Machine World』1913年11月号は、同社が1913–1914年向けに4冊の重要な冊子を出したことを紹介しており、ディスク機種カタログ、ディスク・レコード総目録、シリンダー機種カタログ、ブルー・アンベロール総目録がそろっていたことが確認できます。シリンダー機種の冊子では、学校用を除く露出ホーン型の製造中止と、すべてのシリンダー機がブルー・アンベロールと結びつけて再編成されたことが明示され、さらに学校用を除く全機種がダイヤモンド・ポイント再生器つきと説明されました。同月の『Edison Phonograph Monthly』には「Trade Catalogue of Blue Amberol Records」と「Blue Amberol Cylinder Record List for January」が載っており、年末時点でブルー・アンベロール目録が10月分までを収録する大規模な体系に達していたこと、新年用リストでアーネスト・アルバート・クーチュリエ(Ernest Albert Couturier, 生没年不明)、ヘンリー・B・ランドルフ(Henry B. Randolph, 生没年不明)、オーウェン・J・マコーマック(Owen J. McCormack, 生没年不明)らを新たに打ち出していたことが確認できます。したがって1913年11月のエジソンは、単なる在庫販売ではなく、機種体系の改編、目録整備、新譜予告、新アーティスト投入を同時進行させていた時期とみてよいです。

ヴィクター

1913年11月のヴィクター・トーキング・マシン・カンパニー(Victor Talking Machine Company)について同月資料で確認できるのは、販売網と出荷の強さです。『The Talking Machine World』1913年11月号では、ヴィクター・ヴィクトローラ(Victor-Victrola)が依然として強い市場牽引力を持つ商品として広告されており、各地の流通現場では秋から年末にかけての需要増が報じられています。とくに同号の地域報告では、フィラデルフィア市場で10月実績が過去最大級に達し、11月はそれ以上を見込む一方、会社側は機械をできるだけ速く出荷しているものの小型機に不足が見られることが記されています。さらに10月号には「RECORD BULLETINS FOR NOVEMBER, 1913」として11月売り出し分の新譜告知が載っており、少なくとも1913年11月のヴィクターが、新譜供給と本体出荷の双方を高水準で回していたことは確認できます。ただし、今回確認できた資料だけでは、11月当月に行われた個別録音セッションの日時や参加者までは確定できませんでした。

コロンビア

1913年11月のコロンビア・グラフォフォン・カンパニー(Columbia Graphophone Company)については、同月の業界紙から販促と流通の活況が確認できます。『The Talking Machine World』1913年11月号には、ボストンの店頭でコロンビア機の大型ウィンドー展示が強い集客効果を上げていたこと、近隣地域で新規代理店が追加され、既存代理店も年末商戦向けに大口注文を出していたことが記されています。また同号には、エラリー・バンド(Ellery Band, 生没年不明)による新しいコロンビア・レナ盤の告知も掲載され、3枚の新レコードが発表されたことがわかります。加えてクリーブランドの市場報告は、同社の10月業績を「phenomenal」と表現しており、11月時点でコロンビアの販売と新譜展開が相当に勢いづいていたことを示します。もっとも、今回参照できた当月資料は販売・宣伝面の情報が中心で、1913年11月そのものの具体的な録音日や録音現場の詳細までは確認できませんでした。