1914年4月に録音された音楽
1914年4月は、政治的緊張と社会運動、大衆娯楽の拡大が同時に進んだ月でした。アメリカ合衆国は4月21日にメキシコ合衆国のベラクルスへ上陸し、翌22日にはメキシコ側が国交断絶を表明しました。国内では4月20日のラドロー虐殺で労働争議の深刻さが可視化され、女性参政権運動ではアリス・ポール(Alice Paul, 1885–1977)とルーシー・バーンズ(Lucy Burns, 1879–1966)らが4月に連邦議会への働きかけを重視する新組織を立ち上げました。大衆娯楽の面では、シカゴで4月23日にウィーグマン・パーク(Weeghman Park、のちのリグレー・フィールド)が開場し、都市の余暇文化の広がりを示しました。軍事・労働・政治改革・娯楽消費が併存したこの月は、録音産業にとっても、踊れる新譜と家庭向け娯楽機器の需要がいっそう見えやすくなった時期でした。
この月の確認されている録音:0曲
1914年4月の録音に関する情報のまとめ
1914年4月の録音業界を同時代資料でみると、当月はダンス需要の拡大、毎月の新譜告知、家庭向け再生機の販促が並行して進んでいました。資料上確認できる範囲では、当月の動きが比較的はっきり追えるのは、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)です。
エジソン
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1914年4月時点でシリンダーとディスクの両建て展開が明瞭です。『エディソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)』では4月売りのブルー・アンベロール(Blue Amberol)がすでに案内され、業界紙『トーキング・マシン・ワールド(Talking Machine World)』の4月向け新譜欄でも通常リストとコンサート・リストが並んでいます。さらに4月号では新しいダイヤモンド・ディスク(Diamond Disc)群、とくに流行舞曲を押し出し、「この1か月でダンス・レコード需要が供給を大きく上回った」と述べ、再生針先の扱い方やダンス・レコード小冊子の配布まで扱っていました。4月のエジソンは、単に新譜を出しただけでなく、ダンス需要の拡大に応じて販売現場の説明資料と機械取扱い支援を強めていたといえます。
- https://archive.org/stream/edisonphonograph12moor/edisonphonograph12moor_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/10s/Talking-Machine-1914-03.pdf
ヴィクター
ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)については、1914年4月向け新譜告知が『トーキング・マシン・ワールド(Talking Machine World)』で確認できます。そこでは、流行舞曲を担う楽団物と、エンリコ・カルーソ(Enrico Caruso, 1873–1921)、ネリー・メルバ(Nellie Melba, 1861–1931)、フリーダ・ヘンペル(Frieda Hempel, 1885–1955)、アルマ・グルック(Alma Gluck, 1884–1938)、ティッタ・ルッフォ(Titta Ruffo, 1877–1953)らの高級盤が同じ月次枠で提示されていました。加えて同時期の業界紙には、リヒャルト・シュトラウス(Richard Strauss, 1864–1949)関連の店頭ハンガーと、ヴィクトローラ(Victrola)全機種を見せる新フォルダーをヴィクターが販売店へ送ったことも載っており、4月のヴィクターは新譜供給と店頭販促をセットで進めていたことが分かります。
コロムビア
コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)も、1914年4月の活動を同時代資料でかなり具体的に追えます。4月向け新譜欄には、オペラ系歌手の録音とバンド物、流行歌が混在しており、当月のコロムビアが高級声楽と大衆向け新譜を並行展開していたことが分かります。販売面では、ダンス・レコードを告知した直後にバッファローで注文が殺到したとの報告があり、4月15日号にはコロムビア盤の発売日を従来の25日ではなく20日に前倒しするとする告知も見えます。また同号には、エドワード・D・イーストン(Edward D. Easton, 1856–1915)のもとで会社の25周年祝賀が行われた記事もあり、1914年4月のコロムビアは、周年記念の節目と販売制度の調整、さらにダンス需要への対応が同時進行していたと整理できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/10s/Talking-Machine-1914-03.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/10s/Talking-Machine-1914-04.pdf
