1914年1月に録音された音楽

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1914年1月に録音された音楽

1914年1月は、政治・交通・労働・文化・自然災害が同時に動いた月でした。1日には北部ナイジェリア保護領(Protectorate of Northern Nigeria)と南部ナイジェリア保護領(Protectorate of Southern Nigeria)が統合され、のちのナイジェリアの行政的一体化が始まりました。同じ1日にはセントピーターズバーグ=タンパ飛行艇線(St. Petersburg-Tampa Airboat Line)が運航を開始し、定期航空路の先駆例となりました。4日には『モナ・リザ』(Mona Lisa)がルーヴル美術館へ戻り、5日にはフォード・モーター・カンパニー(Ford Motor Company)が8時間労働制と日給5ドル制度を打ち出しました。10日には袁世凱が議会を解散して権力集中を進め、11日から12日にかけては桜島の大噴火が始まり、後の溶岩流で大隅半島と陸続きになる転機となりました。18日にはダブリンの労働争議が終息局面に入り、労働者の復職が始まりました。

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1914年1月の録音に関する情報のまとめ

1914年1月の録音業界は、シリンダーとディスクの両市場が並走しながら、新年商戦後の追加需要と次月発売分の告知が強く打ち出された時期でした。トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、Blue Amberolとディスクの両方が同月号資料に並び、販売面では attachment 提案と新譜案内、制作面ではまだニューヨークでの直接録音が続いていました。ヴィクター・トーキング・マシン・カンパニー(Victor Talking Machine Company)とコロムビア・グラフォフォン・カンパニー(Columbia Graphophone Company)は、1914年1月15日付の業界誌でそれぞれ2月向け新譜を大きく告知しており、月次補給と販促を前提に市場を回していたことが確認できます。

エジソン

1914年1月号の『The Edison Phonograph Monthly』では、「The Special Ten Record Attachment Proposition」「Blue Amberols for March」「Edison Disc Records」が主要項目として掲げられており、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)が年初の時点でシリンダーとディスクの両販促を並行させていたことが確認できます。同時期の業界誌報告では、ミネソタ・フォノグラフ・カンパニー(Minnesota Phonograph Company)が1913年12月直前に6両、直後に1両のエジソン機器を受け取り、なお注文残を抱えていたとされ、新年に入っても需要が強かったことがわかります。さらにBlue Amberolの後続発売分には、1914年1月5日、6日、13日、16日、19日、26日にニューヨークで行われた直接録音が確認でき、1914年1月がまだ直接録音シリンダー制作の時期だったことも確かめられます。

ヴィクター

1914年1月15日付『The Talking Machine World』の「Record Bulletins for February, 1914」には、ヴィクター・トーキング・マシン・カンパニー(Victor Talking Machine Company)の2月向け新譜として、流行歌、教育用レコード、ダンス用レコード、標準声楽、器楽、ミュージカル・コメディ抜粋、Red Seal までが一括して掲げられています。ここには American Quartet、Billy Murray、Victor Military Band、Victor Herbert’s Orchestra、Enrico Caruso などが並んでおり、同社が1914年1月時点で大衆向けから高級盤までを一体で供給していたことがわかります。加えて同号では、新カタログを示す wall hanger を dealers に送付し、1月広告ではタンゴ人気とクリスマス商戦で増えた新規機械所有者を追加レコード需要へつなげる方針も示されていました。したがって1914年1月のヴィクターは、新譜供給と販促物配布を組み合わせた拡販局面にあったと整理できます。

コロムビア

同じ1914年1月15日付『The Talking Machine World』では、コロムビア・グラフォフォン・カンパニー(Columbia Graphophone Company)の2月向け新譜として、Olive Fremstad のワーグナー録音、Bernice De Pasquali、William Place Jr.、Columbia Mixed Quartet、Columbia Light Opera Company、Prince’s Orchestra などによる double-disc 群が告知されています。内容は高級声楽盤、Blue Label、標準盤、最新ダンス盤、2月の流行歌までに及び、同社もまた月次補給型の新譜供給を維持していたことが明瞭です。さらに同号では、advertising record を軸に pamphlets、car cards、moving picture slides を dealer 向けに投入し、ダンス録音の circular も押し出していました。したがって1914年1月のコロムビアは、新譜告知と映画館・街路・店頭を横断する販促強化が同時進行していたとみてよいです。