1914年9月に録音された音楽
1914年9月は、第一次世界大戦の戦局と各国の制度が同時に大きく動いた月でした。西部戦線では第一次マルヌ会戦(First Battle of the Marne)によってドイツ軍の進撃が止まり、その後のエーヌ川方面での戦闘を経て、戦線は塹壕を軸とする長期戦へ向かいました。イギリスでは1914年アイルランド統治法(Government of Ireland Act 1914)が裁可されましたが、同時に戦時停止法も成立し、実施は延期されました。アメリカ合衆国では連邦取引委員会法(Federal Trade Commission Act)が成立し、連邦取引委員会(Federal Trade Commission)設置の基盤が整いました。インドではコマガタ・マル号(Komagata Maru)の帰着後に武力衝突が発生し、植民地支配と移民排斥の緊張が表面化しました。また、アメリカ合衆国では最後のリョコウバトとして知られるマーサが死亡し、近代社会の拡張が自然環境に与えた大きな損失を象徴する出来事となりました。
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1914年9月の録音に関する情報のまとめ
1914年9月の録音業界では、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)のブルー・アンベロール新譜展開が具体的に確認できます。また、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)とコロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)では、販売網の整備や店頭・屋外実演など、流通と販促の面での活動が確認できます。各社の個別原盤の録音日や制作日は同月の公開資料だけでは一律に確定できないため、以下では1914年9月の資料上で直接確認できる発売、販促、流通の動きに限って整理します。
エジソン
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1914年9月発売のブルー・アンベロールとして、少なくとも2385番から2407番までの新譜群が確認できます。内容には、ナショナル・プロムナード・バンドによる《The Aeroplane Dip》《The Dorothy Three-Step》《Castle House Rag》、マンハッタン・カルテットによる《Kentucky Babe》、メトロポリタン・カルテットによる《Lorena》、サミュエル・ガードナー(Samuel Gardner, 生没年不明)による《Humoresque》などが含まれ、ダンス曲、声楽カルテット、独奏を横断する構成でした。さらに同社の1914年7月号では、9月リストに関わる新しい顔ぶれとしてアレッサンドロ・リベラーティ(Alessandro Liberati, 生没年不明)、サミュエル・ガードナー(Samuel Gardner, 生没年不明)、フレデリック・マーティン(Frederic Martin, 生没年不明)が紹介されており、秋の需要期に向けてブルー・アンベロールの曲目拡充が進められていました。機械面ではアンベローラX改良型Dの出荷も進んでおり、再生機の整備と新譜供給が並行して行われていたことが分かります。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1914-Vol-12.pdf
- https://cylinders.library.ucsb.edu/detail.php?query=990025158530203776&query_type=mms_id
- https://cylinders.library.ucsb.edu/detail.php?query=990047288870203776&query_type=mms_id
コロムビア
コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)では、1914年9月の業界誌で販売体制強化の動きが確認できます。9月10日付の記事では、セントルイスの営業所が営業を大きく止めることなく改装されたことが報じられ、戦時下でも店頭訴求を維持していたことが分かります。また同月の記事では、同社の外語盤部門が33言語のレコードを扱っていたことが紹介されており、英語圏向け製品だけでなく、移民社会や国際情勢を意識した販売政策を展開していたことがうかがえます。
ヴィクター
ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)では、1914年9月に販路拡張と公開実演の動きが見られます。9月8日付の記事では、セントルイスのケルバー=ブレンナー社(Koerber-Brenner Co.)が同社の専属ディストリビューターとなったことが報じられ、流通網の再編が進められていました。さらに9月9日付の記事では、ミルウォーキーでベビー・ヴィクトローラを用いた屋外水上演奏会が行われ、夏の新譜を使った大規模な公開試聴が実施されました。1914年9月のヴィクターは、録音現場そのものよりも、既発売レコードの拡販、公開実演、販売網強化によって市場での存在感を示していたと見ることができます。なお、当月にどの原盤が録音されたかは、確認できた同月資料からは確定できません。
