1915年1月に録音された音楽
1915年1月は、戦争と制度改編、災害、通信技術、自然保護が同時に動いた月でした。1月12日、アメリカ合衆国下院(United States House of Representatives)では女性参政権を連邦憲法に盛り込む案が否決され、社会改革の前進がなお容易ではなかったことが示されました。1月13日にはイタリア王国(Kingdom of Italy)中部でアヴェッツァーノ地震が発生し、マルシカ地方に甚大な被害が出ました。1月18日には日本政府が中華民国(Republic of China)に二十一か条要求(Twenty-One Demands)を提示し、東アジア外交は緊張を深めました。1月24日のドッガー・バンク海戦(Battle of Dogger Bank)は第一次世界大戦(World War I)下の北海戦局を揺らし、翌25日にはアメリカ大陸横断電話の公式通話が行われて長距離通信の新段階が示されました。さらに1月26日にはロッキー山脈国立公園(Rocky Mountain National Park)が成立し、1月28日にはアメリカ沿岸警備隊(United States Coast Guard)が発足しました。戦時の緊張と平時の制度整備が併走した月でした。
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1915年1月の録音に関する情報のまとめ
1915年1月の録音業界では、戦時色の強い流行歌、舞踏用の新譜、宗教曲や教育用録音、オペラ抜粋が同時に市場へ出ていました。当月資料上で直接確認できる範囲では、ビクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の動きが比較的明瞭です。特にエジソンは1914年12月の工場火災直後でありながら、1915年1月には復旧計画と新譜供給を並行させていたことが一次資料で確認できます。
ビクター
『トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1914年12月号の1915年1月新譜欄では、ビクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)が流行歌、舞踏曲、教育用録音、レッド・シール盤を同時に投入していたことが確認できます。新譜には「Sister Susie’s Sewing Shirts for Soldiers」のような戦時色の強い歌、「Mr. Dooley’s Address to the Suffragists」や「Fall in Line (Suffrage March)」のように女性参政権運動を題材にした録音、さらにフランス、ベルギー、ドイツ、オーストリアの愛国曲集まで含まれていました。加えて、フォックストロットやワンステップの新譜も並んでおり、ビクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)が1915年1月に時事性と舞踏需要の両方を意識していたことがわかります。
コロムビア
同じく『トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1914年12月号の1915年1月新譜欄では、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)がハワイアン、宗教曲、オペラ、舞踏曲、流行歌を一括して打ち出していたことが確認できます。「Aloha Oe」、シェイクスピア歌曲、宗教カルテット、オペラ抜粋に加え、「It’s a Long, Long Way to Tipperary」のワンステップ、「Do the Funny Fox Trot」、「I Want to Go Back to Michigan」のフォックス・トロットなどが並んでいました。また、「Nineteen-Fifteen San Francisco」はパナマ=パシフィック万国博覧会(Panama-Pacific International Exposition)を意識した題材として扱われており、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)が1915年1月に娯楽性、時事性、舞踏市場を横断的に押さえようとしていたことが読み取れます。
エジソン
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1914年12月9日のウェストオレンジ工場火災後も、1915年1月の時点で復旧と販売再開の方針が具体的に示されていました。『エジソン・フォノグラフ・マンスリー』(Edison Phonograph Monthly)1915年1月号では、被害は大きかったものの、コンクリート建屋内の機械の多くは修理可能であり、再建は速やかに進むという説明がなされています。さらに同誌の通達では、1月7日付でB-80器の受注再開と1月18日週からの出荷見込みが告知され、1月9日付では、火災による一時的な製造中断のため2月のブルー・アンベロール・レコード(Blue Amberol Records)発表がやや遅れたものの、25点の新譜と売れ筋100番号の追加製造を進める方針が示されていました。火災直後の月でありながら、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)はディスク機、シリンダー、既存売れ筋補充を同時に立て直そうとしていたことになります。
同月向けに案内されたブルー・アンベロール・レコード(Blue Amberol Records)一覧には、「By the Setting of the Sun」「Meadowbrook Fox Trot」「I’m Goin’ Back to Louisiana」「I Want to Go Back to Michigan」などが含まれていました。ここでも流行歌、舞踏曲、宗教曲、器楽曲が混在しており、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)が1915年1月に特定ジャンルへ絞らず、家庭用娯楽の幅広い需要へ応えようとしていたことが確認できます。少なくとも資料上では、1915年1月のエジソンは「火災からの復旧月」であると同時に、「新譜供給を維持した月」でもありました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1915-Vol-13.pdf
- https://archive.org/download/edisonphonograph13moor/edisonphonograph13moor.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/10s/Talking-Machine-1914-12.pdf
