1917年に録音された音楽
1917年は、総力戦としての第一次世界大戦(World War I, 1914–1918)が世界の政治・社会を作り替え、革命と大衆文化の拡大が同時進行した転換点です。年初、ドイツ帝国(German Empire)は無制限潜水艦作戦を再開し、アルトゥール・ジンメルマン(Arthur Zimmermann, 1864–1940)名義のジンメルマン電報(Zimmermann Telegram)も相まって、戦争は海上封鎖と情報戦を伴う国際政治の臨界へ踏み込みました。ウッドロウ・ウィルソン(Woodrow Wilson, 1856–1924)率いるアメリカ合衆国(United States)が1917年4月6日にドイツへ宣戦すると、兵站・金融・兵力の規模で戦争の重心は大西洋を越え、終戦へ向かう力学が加速します。
同じ年、帝政ロシア(Russian Empire)では、ペトログラード(Petrograd)の蜂起から始まる二月革命(February Revolution)が1917年3月8日–12日(新暦)に起き、ニコライ2世(Nicholas II, 1868–1918)は退位しました。臨時政府(Provisional Government)の下でも戦争継続と生活危機は解消せず、11月7日–8日(新暦)に十月革命(October Revolution)が勃発し、ウラジーミル・レーニン(Vladimir Lenin, 1870–1924)らボリシェヴィキ(Bolsheviks)が権力を掌握します。名称が「十月」と呼ばれるのは、出来事が旧暦(ユリウス暦)の10月24日–25日に当たるためで、暦のずれ自体が帝国と近代化の摩擦を象徴する細部でもあります。
西部戦線では、第三次イーペル会戦(Third Battle of Ypres)に含まれるパッシェンデールの戦い(Battle of Passchendaele, 1917年7月31日–11月6日)が象徴的です。泥濘と砲撃に支配された戦場は、工業化された殺傷が日常化する状況を世界へ刻み込み、戦争が「勝利の物語」ではなく消耗の構造であることを兵士と市民の双方に示しました。銃後でも破壊は起き、カナダでは1917年12月6日のハリファックス大爆発(Halifax Explosion)が港湾都市を壊滅させ、戦時輸送が抱える危険の巨大さを示します。
戦争と革命の時代は、地域秩序の再編も伴いました。イギリス政府は1917年11月2日にバルフォア宣言(Balfour Declaration)を発し、ウォルター・ロスチャイルド(Walter Rothschild, 1868–1937)宛ての書簡として公表されます。12月にはエドマンド・アレンビー(Edmund Allenby, 1861–1936)率いる英軍がエルサレム(Jerusalem)へ入城し、大戦後の中東の枠組みが文書と軍事行動の両面で形を取り始めた年でした。中南米ではメキシコ合衆国(Mexico)が1917年2月5日にメキシコ憲法(Constitution of Mexico, 1917)を公布し、ベヌスティアーノ・カランサ(Venustiano Carranza, 1859–1920)の下で革命後国家の社会権・労働権を条文として明確化します。
同時に1917年は、「新しい世界観」と「新しい娯楽」の年でもありました。アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein, 1879–1955)は1917年に一般相対性理論(general relativity)を宇宙全体へ適用する宇宙論的考察を公表し、静的宇宙を想定して宇宙定数(cosmological constant)を導入するなど、近代宇宙論の出発点をつくります。美術ではマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp, 1887–1968)の《泉》(Fountain, 1917)が既製品を作品とする発想を可視化し、芸術の定義そのものを揺さぶりました。音の領域でも、オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド(Original Dixieland Jass Band)が1917年2月26日にヴィクター・トーキング・マシン・カンパニー(Victor Talking Machine Company)で録音した「Livery Stable Blues」などが、ジャズ(jazz)をレコードという複製メディアで急速に流通させる契機となります。戦争と革命が社会を締め付ける一方で、紙面・画像・音盤が同時代の感覚を大量に運び、20世紀の大衆文化が輪郭を獲得していく――1917年は、その加速点として記憶されます。
