1920年7月に録音された音楽
1920年7月は、第一次世界大戦後の国際秩序が具体的に組み替えられた月でした。7月5日には『シュレースヴィヒに関する列強主要同盟国とデンマークとの条約』(Treaty between the Principal Allied Powers and Denmark relative to Slesvig)がパリで署名されました。同じく7月5日–16日にはベルギーのスパでスパ会議(Spa Conference)が開かれ、ドイツの石炭供給と賠償処理が主要議題となりました。7月8日にはアメリカ合衆国(United States of America)がロシア社会主義連邦ソビエト共和国(Russian Soviet Federative Socialist Republic)との直接通商制限を解除し、経済関係に転換点が生まれます。7月10日にはアーサー・メイエン(Arthur Meighen, 1874–1960)がカナダ(Canada)の首相に就任しました。7月11日の東プロイセン(East Prussia)住民投票ではアレンシュタイン地区とマリーエンヴェルダー地区でドイツ残留支持が圧倒的多数を占め、12日にはリトアニア共和国(Republic of Lithuania)とロシア社会主義連邦ソビエト共和国(Russian Soviet Federative Socialist Republic)が平和条約を締結しました。7月下旬にはチャールズ・ポンジ(Charles Ponzi, 1882–1949)の高配当投資が新聞報道で強く疑問視され、投機熱の崩壊が表面化します。
この月の確認されている録音:0曲
1920年7月の録音に関する情報のまとめ
1920年7月の録音関連資料では、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)とトーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)で7月21日–22日前後の具体的な録音日が確認でき、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)とブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)では7月または1920年7月頃のマトリクスが確認できます。さらに、オーケー・レコード(OKeh Records)では1920年7月発売の盤が確認でき、エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)では同月の販売店向け訴求が確認できます。月内の録音日を確定できる会社と、発売・広告・販売活動のみ確認できる会社は性質が異なるため、以下ではその違いを分けて整理します。
ヴィクター
ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)では、ミカス・ペトラウスカス(Mikas Petrauskas, 1873–1937)によるリトアニア語録音が7月下旬にまとまって確認できます。確認できる資料では、「Valio dalgele!」「Kaip gi gražus ruteliu darželis」「Gersim broliai uliavosim」が1920年7月20日録音として、「Pasakyk, lietuva mylimoji」「Bernužēli nes’voliok」「Rudens melodica」が1920年7月22日録音として現れており、同社が移民市場向け民族語録音をこの時期にも継続していたことがわかります。少なくとも今回確認した範囲では、1920年7月の同社については販売施策よりも録音日が直接確認できる点が重要です。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1920-07-22
- https://www.library.ucsb.edu/special-collections/performing-arts/victor
エジソン
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1920年7月15日号の業界誌で人事異動が報じられており、同月に本社運営面の動きが確認できます。録音資料では、7月21日にスリー・ヴァグランツ(The Three Vagrants)の「Una notte in gondola」と「Tarantella siciliana」、7月22日にグリーン・ブラザーズ・ノヴェルティー・オーケストラ(Green Brothers’ Novelty Orchestra)の「In sweet September」と「Anytime, anyday, anywhere」が確認でき、器楽小品と流行舞曲の両方を収録していました。販売・組織面の動きと録音実務の両方が同月に確認できる会社です。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?Matrix_sort=Description&date=1920-07-21
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1920-07-22
- https://archive.org/stream/talkingmachinew16bill/talkingmachinew16bill_djvu.txt
コロムビア
コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)では、1920年7月15日号の業界誌に販売店向け道路標識の準備記事が見え、販売網支援の動きが確認できます。録音面では、フレッド・ヴァン・エプス(Fred Van Eps, 1878–1960)の「Cocoanut dance」が1920年7月21日録音として確認できる一方、「Sunday morning in the Alps」、コロムビア・ミニチュア・オーケストラ(Columbia Miniature Orchestra)の「Rataplan」「Gypsy rondo」、ジョージ・N・ヘルミス(George N. Helmis, 生没年不明)の「E parthenos simeron」などは1920年7月頃の記録として示されています。つまり、同社では7月の確定録音日と、7月頃までしか絞れないマトリクスが混在しており、娯楽器楽と民族語・宗教系録音が並行していました。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?Matrix_sort=Audio.desc&date=1920-07-21
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/matrix/index?Matrix%5BAudio%5D=1&Matrix%5BCompany%5D=Columbia&Matrix_page=440&Matrix_sort=PrimaryTitle.desc
- https://archive.org/stream/talkingmachinew16bill/talkingmachinew16bill_djvu.txt
ブランズウィック
ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)では、1920年7月15日号の業界誌で、ブランズウィック・フォノグラフとブランズウィック・レコードの継続的広告が販売促進の柱として打ち出されていました。録音資料では、ブランズウィック・ライト・オペラ・カンパニー(Brunswick Light Opera Company)の「Tell me, pretty maiden」が1920年7月頃のマトリクスとして確認でき、同時期にはアル・バーナード(Al Bernard, 1888–1949)やアーネスト・ヘア(Ernest Hare, 1883–1939)の録音も見えます。ただし、今回確認できた範囲では正確な録音日を1920年7月内に確定できるものばかりではなく、「1920年7月頃」として扱うのが安全です。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/matrix/refer/2000215957
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/matrix/index?Matrix%5BCompany%5D=Brunswick&Matrix%5BhasAudio%5D=1&Matrix_page=99&Matrix_sort=Description
- https://archive.org/stream/talkingmachinew16bill/talkingmachinew16bill_djvu.txt
オーケー
オーケー・レコード(OKeh Records)では、1920年7月発売として、ジョゼフ・M・クネヒト(Joseph M. Knecht, 生没年不明)とウォルドルフ=アストリア・ダンス・オーケストラ(Waldorf-Astoria Dance Orchestra)による「Take me」、フェレラ・アンド・フランキーニ(Ferera and Franchini)による「On the beach at Waikiki」が確認できます。今回確認した資料は発売月を直接示すものであり、録音日そのものを1920年7月に確定する材料ではありませんが、少なくとも同月に市場へ供給された新譜の存在は確認できます。ダンス音楽とハワイアン系レパートリーが同時に動いていた点も、この時期の同レーベルの特徴です。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/mastertalent/detail/113537/Knecht_Joseph_M?Matrix_page=3
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/objects/detail/252074/OKeh_4152
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/objects/detail/283765/Lindstrm_A._4222
ヴォカリオン
エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)では、1920年7月15日号の業界誌に、販売店向けの訴求としてヴォカリオン取扱いの価値を強調する広告が確認できます。このため、少なくとも同月に販売網拡張または代理店獲得を意識した営業活動が行われていたことは言えます。一方で、今回確認した範囲では、1920年7月内の録音日を直接示す資料までは確認できませんでしたので、この項目は販売活動の確認として位置づけるのが妥当です。
