1922年2月に録音された音楽

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1922年2月に録音された音楽

1922年2月は、第一次世界大戦後の国際秩序と近代文化の転換が同時に見えた月です。2月6日にはワシントン会議で海軍軍備制限条約(Treaty for the Limitation of Naval Armament)などが調印され、列強の海軍保有に新しい枠組みが設けられました。2月2日にはジェームズ・ジョイス(James Joyce, 1882–1941)の『ユリシーズ』が刊行され、英語圏文学の大きな節目となります。医学では、2月7日にフレデリック・グラント・バンティング(Frederick Grant Banting, 1891–1941)とチャールズ・ハーバート・ベスト(Charles Herbert Best, 1899–1978)らの膵抽出物研究がトロント医学アカデミーで報告され、糖尿病治療の実用化が急速に進みました。2月15日には常設国際司法裁判所(Permanent Court of International Justice)が初会期を開き、同日にはラトビア共和国憲法(Constitution of the Republic of Latvia)も採択されました。さらに2月28日にはイギリス政府がエジプト保護国体制の終了を宣言し、帝国支配の再編も進みました。

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1922年2月の録音に関する情報のまとめ

1922年2月の録音業界では、既成大手が新譜供給と店頭販促を続ける一方、低価格盤の新規参入と経営不安も同時に見えていました。ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)とブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)は月初から店頭試聴や新譜案内を継続し、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)はエジソン・ダイヤモンド・ディスク(Edison Diamond Disc)とブルー・アンベロール(Blue Amberol)の併売を続けていました。これに対して、ゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corporation)のオーケー・レコード(Okeh Records)や、スター・ピアノ社(Starr Piano Co.)のジェネット(Gennett)では月内録音が確認でき、カメオ・レコード社(Cameo Record Corporation)も2月に最初のカタログを出しました。コロムビア・グラフォフォン製造社(Columbia Graphophone Manufacturing Company)では受信人選任申立てが起こっており、1922年2月は拡販と再編圧力が並行していた月でした。

ヴィクター

1922年2月のヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)では、2月新譜の店頭訴求と月内録音の両方が確認できます。2月2日付の新聞広告では『New Victor Records』の2月新譜が告知され、録音日一覧では2月8日と2月22日に同社の録音が載っています。確認できる範囲では、同社は2月中も新譜供給と録音業務を継続していました。

コロムビア

1922年2月のコロムビア・グラフォフォン製造社(Columbia Graphophone Manufacturing Company)では、録音継続と経営不安が同時に見えます。録音日一覧では2月17日に同社の録音が確認できる一方、2月9日には連邦裁判所で受信人選任申立てが報じられ、2月22日にはその申立てが却下されました。同月のコロムビアは、業務を止めずに不安定な財務局面を迎えていたとみられます。

ブランズウィック

1922年2月のブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)では、試聴販売と互換性の訴求が目立ちます。2月1日付と2月10日付の広告ではBrunswick Recordsを家庭で聴く提案や「complete catalogue」を常備する販売文句が見え、2月28日付紙面でも「Any Phonograph Can Play Brunswick Records」と最新盤試聴が前面に出ています。少なくとも確認できる範囲では、同社は2月中に店頭実演と汎用再生性を販売の柱にしていました。

エジソン

1922年2月のトーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、エジソン・ダイヤモンド・ディスクとブルー・アンベロール(Blue Amberol)の併売が続いていました。録音日一覧では2月8日に同社録音が確認でき、2月中旬の広告では新しいエジソン・ダイヤモンド・ディスクとブルー・アンベロールの番号付き案内が出ています。確認できる範囲では、同社は旧来のシリンダー利用者を保持しながらディスク販売も続けていました。

オーケー

1922年2月のゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corporation)のオーケー・レコード(Okeh Records)では、録音と販促の両面が確認できます。録音日一覧では2月8日と2月22日にオーケー・レコードの録音が載っており、同月の業界誌ではブルックリンの販売店によるウィンドー・ディスプレー・サービス利用が報じられています。少なくとも確認できる範囲では、同社は2月中に新譜制作と店頭宣伝を並行して進めていました。

ジェネット

1922年2月のスター・ピアノ社(Starr Piano Co.)のジェネット(Gennett)でも、月内録音と販売継続が確認できます。録音日一覧では2月25日にジェネットの録音が確認でき、同月の業界誌にはスター蓄音機でジェネット盤を聴かせる販促文面が見えます。確認できる範囲では、同社は自社機と自社盤を組み合わせた販売を続けながら、2月中も録音を行っていました。

カメオ

1922年2月のカメオ・レコード社(Cameo Record Corporation)は、新規参入企業として確認できます。2月3日付『Variety』は、エドワード・N・バーンズ(Edward N. Burns, 生没年不明)の会社が最初の2月カタログを出し、10インチ両面盤を50セントで売り出したと報じています。後年の専門研究でも導入時期は1922年2月中旬と整理されており、同月は低価格帯レーベルの存在感が明確になった時点でした。