1922年1月に録音された音楽
1922年1月は、第一次世界大戦後の秩序再編が各地で具体化した月でした。アイルランドではドイル・エアラン(Dáil Éireann)が1月7日に英愛条約(Anglo-Irish Treaty)を賛成64、反対57で承認し、政治対立をはらみつつも新国家体制への移行が決定的になりました。医学分野ではレナード・トンプソン(Leonard Thompson, 1908–1935)に対するインスリンの初回投与が1月11日に行われ、さらに1月23日の精製抽出液投与で治療効果がより明瞭になりました。国際政治ではワシントン会議(Washington Naval Conference)がなお継続中で、海軍軍縮と東アジア秩序の再調整が進んでいました。1月22日にはローマ教皇ベネディクトゥス15世(Benedict XV, 1854–1922)が死去し、1月26日にはアメリカ合衆国下院(United States House of Representatives)がダイヤー反リンチ法案(Dyer Anti-Lynching Bill)を可決して、連邦レベルで人種暴力に対処しようとする動きが前進しました。
この月の確認されている録音:0曲
1922年1月の録音に関する情報のまとめ
1922年1月の録音関連資料を当月の一次資料と同時代業界誌で見直すと、少なくともヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)、ブランズウィック=バルク=コレンダー社(The Brunswick-Balke-Collender Company)、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)、ジェネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corporation)のオーケー・レコード(OKeh Records)、ペース・フォノグラフ社(Pace Phonograph Corporation)のブラック・スワン・レコード(Black Swan Records)、ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Company, Inc.)で、1922年1月の活動を確認できます。録音日が日単位で確定する案件と、「1922年1月ごろ」とだけ登録される案件が混在していますが、月単位では声楽、ダンス音楽、移民向け言語録音、販促用カタログ供給、店頭販売施策が並行して進んでいました。
ヴィクター
ヴィクター・トーキング・マシン社では、フョードル・イヴァノヴィチ・シャリアピン(Fyodor Ivanovich Chaliapin, 1873–1938)による《La calunnia》が1922年1月30日の録音として確認できます。少なくとも月末の時点で、同社がレッド・シール系の声楽録音を継続していたことは確実です。
コロムビア
コロムビア・グラフォフォン社では、デイヴィッド・メドフ(David Medoff, 生没年不明)による《Suhaya korochka》が1922年1月ごろの録音として登録されています。加えて、1922年1月号の業界誌では「1月のコロムビア・ディーラー広告サービス」が案内されており、正月商戦後の店頭販促を強めていたことも確認できます。したがって、この月の同社は録音制作と販売促進を並行して進めていました。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/matrix/detail/2000113502/87987-Suhaya_korochka
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1922-01.pdf
ブランズウィック
ブランズウィック=バルク=コレンダー社では、カール・フェントンズ・オーケストラ(Carl Fenton’s Orchestra, 生没年不明)による《Three o’clock in the morning》と《While Miami dreams》が、いずれも1922年1月ごろの録音として確認できます。さらに、テオ・カール(Theo Karle, 1884–1938)による《Mother my dear》も同月ごろの録音として登録されており、同社がダンス・オーケストラ物と声楽物を並行して扱っていたことがわかります。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/matrix/refer/2000216591
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/matrix/refer/2000216574
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/matrix/refer/2000216602
エジソン
トーマス・A・エジソン社では、メトロポリタン・カルテット(Metropolitan Quartet, 生没年不明)による《Somebody knows》が1922年1月30日の録音として確認できます。あわせて、同月の業界誌には「The New Edison Co. Progress」の見出しで年初の販売状況が載っており、同社がディスク録音と蓄音機販売の両面で活動していたことが読み取れます。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/objects/detail/234685/Edison_80772
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1922-01.pdf
オーケー
ジェネラル・フォノグラフ社のオーケー・レコードでは、アルバート・デ・マルティーニ・ダンス・オーケストラ(Albert de Martini Dance Orchestra, 生没年不明)による《Rosemary》が1922年1月の録音として確認できます。さらに、同月の業界誌では「Okeh Window Display Service」と、値下げ後の1922年版カタログの準備が告知されており、録音制作だけでなく店頭演出とカタログ供給にも力を入れていたことが確認できます。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/objects/detail/252610/OKeh_4555
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1922-01.pdf
ブラック・スワン
ペース・フォノグラフ社のブラック・スワン・レコードは、1922年1月15日号の業界誌広告で、エセル・ウォーターズ(Ethel Waters, 1896–1977)、ルシール・ヘガミン(Lucille Hegamin, 1894–1970)、アルバータ・ハンター(Alberta Hunter, 1895–1984)らを前面に出していました。したがって、1922年1月の時点で同社が黒人歌手を中心とするカタログを積極的に業界へ訴求していたことは確実です。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1922-01.pdf
- https://archive.org/stream/talkingmachinewo18bill/talkingmachinewo18bill_djvu.txt
ソノラ
ソノラ・フォノグラフ社では、1922年1月号の業界誌に「Two New Sonora Phonographs」としてインペリアル(Imperial)とインターメッツォ(Intermezzo)が掲載されており、新機種投入を伴う年初販促が確認できます。同じ号では販売店向け支援も強調されており、この月の同社が蓄音機販売網の強化に力を入れていたことがわかります。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1922-01.pdf
- https://archive.org/stream/talkingmachinewo18bill/talkingmachinewo18bill_djvu.txt
