1923年10月に録音された音楽

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1923年10月に録音された音楽

1923年10月の世界は、戦後秩序の組み替えと新しい大衆文化の立ち上がりが同時に進んだ月でした。トルコでは10月13日にアンカラが首都とされ、10月29日には共和国が宣言されて、ムスタファ・ケマル・アタテュルク(Mustafa Kemal Atatürk, 1881–1938)が初代大統領に就任しました。ドイツでは超インフレーションがなお深刻化し、10月初めの段階で通貨価値の崩壊が日常生活と商取引を大きく揺さぶっていました。10月18日には国際連盟(League of Nations)が阿片問題に関する国際会議への参加を各国に招請し、国際的な薬物統制の制度化が前進しました。中国では10月に広州へ到着したミハイル・ボロージン(Mikhail Borodin, 1884–1951)が孫文(Sun Yat-sen, 1866–1925)の国民党再編に助言を始め、翌年の政治再編の前提が整い始めます。アメリカ合衆国では10月16日にウォルト・ディズニー(Walt Disney, 1901–1966)とロイ・O・ディズニー(Roy O. Disney, 1893–1971)が配給契約を結び、後のウォルト・ディズニー・カンパニーの出発点となる事業が本格化しました。

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1923年10月の録音に関する情報のまとめ

1923年10月の録音業界では、各社が製造設備の拡張、販売網の整備、原盤制作の継続を並行して進めていました。ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)は西海岸での生産体制強化に動き、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)はニューヨーク都市圏で販売体制を広げていました。コロムビア・グラフォフォン製造社(Columbia Graphophone Manufacturing Co.)では経営問題が表面化し、オーケー・レコード(OKeh Records)とブランズウィック=バルク=コーレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)では販売活動と録音活動が続いていました。1923年10月は、録音業界が設備、流通、経営の各面で大きく動いていた月として位置づけられます。

ヴィクター

ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)では、オークランドに建設する新しいレコード・プレス工場の計画が、1923年10月までに取締役会承認の段階へ進んでいました。確認できる同時代記事は、この新工場を西部市場向け供給の拠点として位置づけており、同社が1923年10月の時点で東部一極の製造体制を改め、西海岸側にも生産基盤を置こうとしていたことを示しています。

エジソン

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1923年10月にニューヨーク都市圏の販売網強化が確認できます。11月号業界紙に載った「NEW METROPOLITAN EDISON DEALERS」の記事は、フォノグラフ・コーポレーション・オブ・マンハッタンの開設と、ニューヨーク市および近郊での新代理店展開を伝えており、10月時点で同社が直営的な販路拡張を進めていたことを示します。販売会社の再編が主軸ですが、これは同月のエジソン系録音商品の流通体制を支える動きとして重要です。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン製造社(Columbia Graphophone Manufacturing Co.)では、1923年10月に財務危機が表面化しました。10月17日付の報道は、同社が管財人の管理下に置かれたことを伝えており、11月初頭の金融紙でも、10月の大規模企業破綻の一つとして同社が言及されています。この月のコロムビアは、新製品攻勢よりも資産・負債整理の局面にあったとみられ、同月に通常の録音活動がどの程度維持されたかは、今回確認できた資料上では明確ではありません。

オーケー

オーケー・レコード(OKeh Records)では、1923年10月に販売面と録音面の両方の動きが確認できます。10月15日号の業界紙には「OKEH ARTIST BECOMES OKEH DEALER」という記事が載り、アーティストのサム・クック(Sam Cook, 生没年不明)がコニーアイランドで小売店を営んでいることが紹介されていました。さらにアメリカ歴史的録音ディスコグラフィー(Discography of American Historical Recordings)では、同月のシカゴ録音としてチャールズ・アンダーソン(Charles Anderson, 生没年不明)関連のマトリクスが、ニューヨーク録音としてホテル・ペンシルヴァニア・オーケストラ(Hotel Pennsylvania Orchestra)のマトリクスが確認でき、同社が10月中も都市別に録音を継続していたことがわかります。

ブランズウィック

ブランズウィック=バルク=コーレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)では、1923年10月24日の録音実施がアメリカ歴史的録音ディスコグラフィー(Discography of American Historical Recordings)で確認できます。この日にはクリテリオン・カルテット(Criterion Quartet, 生没年不明)による宗教曲系録音と、ジョン・バークレー(John Barclay, 生没年不明)による録音が並んでおり、同社が秋季商戦期にも通常の録音活動を続けていたことが読み取れます。少なくとも10月下旬の段階で、同社は複数ジャンルの原盤制作を継続していました。