1926年9月に録音された音楽

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1926年9月に録音された音楽

1926年9月は、外交・放送・社会問題・災害・スポーツが同時に動いた月でした。9月1日にはレバノン共和国(Lebanese Republic)の憲法上の呼称が発効し、フランス委任統治下の政治枠組みが新段階に入りました。9月8日にはドイツが国際連盟(League of Nations)へ加盟し、戦後ヨーロッパ外交の再編が目に見える形で進みました。アメリカ合衆国では9月13日にラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)がナショナル・ブロードキャスティング・カンパニー(National Broadcasting Company, Inc.)の設立を発表し、全国放送網の整備が大きく前進しました。9月18日にはフロリダ州南部を1926年のマイアミ・ハリケーンが襲い、被害は都市機能と不動産景気に深い影響を残しました。9月23日にはジーン・タニー(Gene Tunney, 1897–1978)がジャック・デンプシー(Jack Dempsey, 1895–1983)を破って世界ヘビー級王座を獲得し、9月25日にはジュネーヴで奴隷条約(Slavery Convention)が署名され、国際社会が奴隷制廃絶を制度面で再確認しました。

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1926年9月の録音に関する情報のまとめ

1926年9月の録音業界では、電気録音時代の定着を背景に、主要各社が録音・配給・機器販売をそれぞれの形で進めていました。資料上、この月はヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Co., Inc.)、ブランズウィック=バルク=コーレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)、ゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corporation)のオーケー・レコード(OKeh Records)、エオリアン・ヴォカリオン社(Aeolian Vocalion Co.)、ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Company)について、当月の活動を確認できます。録音日が明示される会社と、同時代業界誌上で販売・配給活動が確認できる会社とでは資料の性格が異なるため、以下では確認できる範囲をそのまま整理します。

ヴィクター

1926年9月のヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)は、販売面と録音面の両方で動きが見えます。9月15日号の業界誌では、西ニューヨーク州とペンシルベニア州西部の小売商のあいだで新型ヴィクター機が好意的に受け止められていると報じられています。録音面では、9月15日にジェリー・ロール・モートン(Jelly Roll Morton, 1890–1941)とレッド・ホット・ペッパーズ(Red Hot Peppers)による「Black Bottom Stomp」「The Chant」が確認でき、9月21日と24日にはアーネスト・V・ストーンマン(Ernest V. Stoneman, 1893–1968)とディキシー・マウンテニアーズ(Dixie Mountaineers)の録音、9月29日にはヴァーノン・ダルハート(Vernon Dalhart, 1883–1948)の録音が確認できます。9月のヴィクターは、都市ジャズとカントリー系レパートリーを並行して押し進めていたといえます。

コロムビア

1926年9月のコロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Co., Inc.)では、西海岸流通の強化が同時代業界誌で確認できます。9月15日号では、オークランド工業地区の新工場が西海岸への迅速な配送に適した立地であると紹介されており、配給網の再整備が進んでいました。録音面では、9月7日にヴァーノン・ダルハート(Vernon Dalhart, 1883–1948)の「An Old Fashioned Picture」、9月24日にアーヴィング・コーフマン(Irving Kaufman, 1890–1976)の録音、9月29日に「The Miami Storm」を含むヴァーノン・ダルハートの録音が確認できます。販売拠点整備と新録音の進行が同月に重なっていたことが、この月のコロムビアの特徴です。

ブランズウィック

1926年9月のブランズウィック=バルク=コーレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)では、機器販売と録音制作がともに確認できます。9月15日号の業界誌では、ブランズウィック・パナトロープ(Brunswick Panatrope)Model P-1 の25サイクル電流対応機がバッファローの販売店へ供給されていることが報じられており、地域別の機種展開が進んでいました。録音面では、9月7日にベン・バーニー(Ben Bernie, 1891–1943)とホテル・ルーズヴェルト・オーケストラ(Hotel Roosevelt Orchestra)の「Petrushka」が確認でき、9月17日にはジョー・“キング”・オリヴァー(Joe “King” Oliver, 1881–1938)率いるディキシー・シンコペイターズ(Dixie Syncopators)の「Someday Sweetheart」が確認できます。電気再生機の拡販と、ダンス音楽・ジャズ録音の継続が同月に並行していました。

エジソン

1926年9月のトーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、販売訴求と録音制作の両面が確認できます。9月15日号の業界誌では、エジソン・ディスク・フォノグラフ(Edison Disc Phonograph)が競合を上回る販売力を持つ製品として広告されています。録音面では、9月7日にヴァーノン・ダルハート(Vernon Dalhart, 1883–1948)の「An Old Fashioned Picture」、9月15日に複数曲を収めた「October Sample Record No. 11」、9月24日にアロハ・ハワイアン・オーケストラ(Aloha Hawaiian Orchestra)の「In a Garden of Hawaii」が確認できます。9月のエジソンは、販促用サンプル盤と商品録音の双方を動かしていました。

オーケー

1926年9月のゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corporation)のオーケー・レコード(OKeh Records)では、9月発売帯のレース・レコード系商品が確認できます。バター・ビーンズ・アンド・スージー(Butterbeans & Susie)の「Da, Da Blues」を収めた OKeh 8392、および「Papa, Don’t Hold Back on Me」を収めた OKeh 8399 は、いずれも1926年9月発行として記録されています。また、同月の業界誌にはオットー・ハイネマン(Otto Heineman, 1876–1965)の名とニューヨークの所在地を掲げた広告が見られ、同社が9月時点でも独自の営業と商品供給を続けていたことが分かります。9月の資料では、オーケーは少なくとも商品流通と広告出稿の両面で活動していました。

エオリアン・ヴォカリオン

1926年9月のエオリアン・ヴォカリオン社(Aeolian Vocalion Co.)では、部材輸送の動きが同時代業界誌で確認できます。9月15日号には、メリデン工場から西海岸へ蓄音機部品3車分が発送されたことが記されており、同社が西部市場向けの供給体制を動かしていたことが分かります。少なくともこの月の資料上では、エオリアン・ヴォカリオン社は単なる広告出稿にとどまらず、実際の物流を伴う業務を進めていました。

ソノラ

1926年9月のソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Company)では、秋商戦向けの機器販売が確認できます。9月15日号の業界誌には、ソノラ・シールデッド・シックス(Sonora Shielded Six)の Standard Console を185ドル、De Luxe Console を225ドルで掲げる広告が出ており、同社がラジオ一体型機の訴求を強めていたことが分かります。この月の同種資料では録音日の明示までは確認できませんが、9月時点のソノラが販売面で積極的に動いていたこと自体は明確です。