1928年11月に録音された音楽

この記事は約4分で読めます。
スポンサーリンク

1928年11月に録音された音楽

1928年11月は、政治・社会・文化の転換が重なった月でした。11月1日にはトルコ共和国で法律第1353号「トルコ文字の採用及び適用に関する法律」(Act No. 1353 on the Adoption and Application of the Turkish Alphabet)が成立し、文字改革が法制化されました。11月6日のアメリカ合衆国大統領選挙では、ハーバート・クラーク・フーヴァー(Herbert Clark Hoover, 1874–1964)が当選しました。日本では11月10日、京都で天皇陛下の即位礼が厳かに執り行われ、のちの昭和天皇にあたる裕仁親王の御即位が内外に示されました。11月12日にはヴェストリス号(SS Vestris)がアメリカ合衆国東岸沖で沈没し、多数の死者を出しました。文化面では11月18日に『蒸気船ウィリー』(Steamboat Willie)がニューヨークで公開され、同期音響作品の新段階を印象づけました。さらに11月22日には、モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel, 1875–1937)の《ボレロ》(Boléro)がパリで初演され、20世紀音楽を代表する新作の一つとして広く受け止められました。

この月の確認されている録音:0曲

1928年11月の録音に関する情報のまとめ

1928年11月の録音業界では、年末商戦を見据えたラジオ結合型機、自動式機、電気再生機の訴求が強まりました。同月の同時代業界誌で直接確認できる範囲では、ブランズウィック=バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)、オーケー・フォノグラフ社(Okeh Phonograph Corp.)に具体的な動きが見えます。確認できない企業は無理に立てず、11月の資料に直接現れる活動に絞って整理します。

ブランズウィック

1928年11月の『ザ・トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)では、ブランズウィック=バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)が、ブランズウィック・ラジオ(Brunswick Radio)Model 5KR と、パナトロープ・ウィズ・ラジオーラ(Panatrope with Radiola)Model 2KRO を前面に出していました。誌面では「Panatropes」「Radio」「Records」を一体で訴求しており、同月の同社が単体の蓄音機販売ではなく、ラジオとレコード再生を結合した商品群を年末商戦の主力として押し出していたことがわかります。

ヴィクター

1928年11月の同誌では、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)が、オートマティック・オルソフォニック・ヴィクトローラ(Automatic Orthophonic Victrola)Model 10-35 を広告で訴求していました。広告文では、フル・オルソフォニック再生を備えた自動式機であることと、365ドルという価格が明示されており、同月のヴィクターが高級機械の自動化と電気的再生能力を販売上の強みとして押し出していたことが読み取れます。

オーケー

1928年11月の『ザ・トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)には、「Otto Heineman Host at Okeh Luncheon」という見出しで、オーケー・フォノグラフ社(Okeh Phonograph Corp.)本社で開かれた昼食会の記事が載っています。記事要約では、同社スタッフと来賓がオーケー本社に集まったこと、そして主催者がオットー・ハイネマン(Otto Heineman, 1877–1957)であったことが確認できます。これは新譜広告ではありませんが、同月のオーケーが販売・流通側を含む社内外の結束を図っていたことを示す、月内の直接資料です。