1929年12月に録音された音楽

この記事は約10分で読めます。
スポンサーリンク

1929年12月に録音された音楽

1929年12月は、世界的不況の広がりとともに、各地の政治秩序と民族運動が大きく動いた月でした。12月3日にはアメリカ合衆国大統領ハーバート・クラーク・フーヴァー(Herbert Clark Hoover, 1874–1964)が年次教書を公表し、深まる経済不安のなかでも国家の基礎的強さを強調しました。12月10日にはストックホルムで1929年ノーベル賞授賞式が行われ、ルイ・ド・ブロイ(Louis de Broglie, 1892–1987)、アーサー・ハーデン(Arthur Harden, 1865–1940)、ハンス・フォン・オイラー=ケルピン(Hans von Euler-Chelpin, 1873–1964)、フレデリック・ゴーランド・ホプキンズ(Frederick Gowland Hopkins, 1861–1947)、トーマス・マン(Thomas Mann, 1875–1955)らが顕彰されました。インドでは12月のラホール大会でインド国民会議(Indian National Congress)が完全独立を掲げる転機を迎え、翌1930年の運動拡大へつながる流れが固まりました。12月28日にはニュージーランド統治下の西サモアで「ブラック・サタデー」と呼ばれる発砲事件が起こり、反植民地運動は一段と深刻化しました。中部アジアではタジク・ソビエト社会主義共和国(Tajik Soviet Socialist Republic)が1929年に成立し、政治地図の再編も進みました。年末の国際社会は、経済不安、帝国秩序、民族自決、国家再編が同時進行する不安定な局面に入っていました。

この月の確認されている録音:0曲

1929年12月の録音に関する情報のまとめ

1929年12月のアメリカ合衆国録音業界は、年末商戦の売れ筋維持と、制作・流通体制の再編が同時に進んだ月でした。『Variety』1929年12月11日号の「Monthly Music Survey」は、中西部で11月のディスク売上が前月より強まり、ブランズウィック・バルク・コランダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)のブランズウィック・レコード(Brunswick Records)、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)のコロムビア・レコード(Columbia Records)、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)のヴィクター・レコード(Victor Records)の上位盤に、映画連動盤や大学フットボール人気を背景にした盤が並んだと伝えています。同月後半には、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)がグラマシーのフォトフォン・スタジオをヴィクター側の録音へ重点使用する方針を示し、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)は地方録音網の再編を続けていました。さらに劇場側では、ロビーでの楽譜とレコードの販売拡張も試みられており、12月は、売れ筋レコードの回転、録音設備の集約、地方録音の維持、販売チャネルの拡張が同時に確認できる月です。

ヴィクター

ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)のヴィクター・レコード(Victor Records)は、『Variety』の月次売上集計で『Love Me』『Piccolo Pete』『Tip Toe Through』『Gotta Great Big Date』などを上位に送り込み、既発の流行盤を年末商戦まで持続的に回していました。中西部評では、『Love Me』がナット・シルクレット・アンド・ザ・ヴィクター・オーケストラ(Nat Shilkret and the Victor Orchestra)盤で首位に立ち、『Gotta Great Big Date』はクーン=サンダース・オリジナル・ナイトホーク・オーケストラ(Coon-Sanders Original Nighthawk Orchestra)とジーン・ゴールドケット・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jean Goldkette and His Orchestra)の盤が地域向けに押し出されていたことが確認できます。12月25日号では、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)がグラマシーのフォトフォン・スタジオをヴィクター側に本格使用させ、ニューヨーク録音の中心点に据えるため既存の三拠点を閉じる方針が報じられています。販売面ではヒット盤の継続、制作面では録音拠点の集中が進んでいたことが、この月のヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)の特徴です。

ラジオ

ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)は、1929年12月の業界紙記事で、グラマシーのフォトフォン・スタジオを映画用よりも録音用へ重心移動させる経済的方針を示していました。記事では、同社がヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)のニューヨーク録音をグラマシーへ集約し、フォトフォン設備自体はライセンシー向け緊急用として残す方針が述べられています。これは単なるスタジオ運営変更ではなく、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)が年末時点で録音部門の運用効率を優先し始めていたことを示しています。

コロムビア

コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)のコロムビア・レコード(Columbia Records)は、『Variety』の月次売上集計でガイ・ロンバード・アンド・ヒズ・ロイヤル・カナディアンズ(Guy Lombardo and His Royal Canadians)の『Big 10 College Medley』を首位に押し上げ、『Through』『Singin’ in the Rain』『Lady Luck』『Love』などを続かせました。中西部評では、『Love』が映画『The Trespasser』の後押しを受けて上昇したことや、『Through』がテッド・ルイス・アンド・ヒズ・バンド(Ted Lewis and His Band)盤で強い動きを見せたことが述べられています。12月18日号のディスク評では、ポール・ホワイトマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Paul Whiteman and His Orchestra)の『He’s So Unusual』と『Little By Little』が取り上げられており、年末期のカタログが映画連動盤と楽団盤を中心に回っていたことが確認できます。12月のコロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)は、全国向けの売れ筋維持と新譜露出の両面で目立つ位置にありました。

ブランズウィック

ブランズウィック・バルク・コランダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)のブランズウィック・レコード(Brunswick Records)は、『Variety』の月次集計で『Tip Toe Through』と『Singin’ in the Rain』を先頭に置き、映画由来の主題歌を年末の売れ筋として押し出していました。中西部評では、ロジャー・ウルフ・カーン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Roger Wolfe Kahn and His Orchestra)の『Through』が有力盤として言及されています。12月25日号のディスク評には、ロジャー・ウルフ・カーン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Roger Wolfe Kahn and His Orchestra)、アーヴィング・ミルズ(Irving Mills, 1894–1985)、ジャック・デニー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jack Denny and His Orchestra)の盤が載っており、ホテル楽団盤やダンス楽団盤の新陳代謝を保ちながら年末市場に対応していたことが確認できます。映画歌曲とダンス盤の並走が、この月のブランズウィック・バルク・コランダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)の軸でした。

オーケー

コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)傘下のオーケー・レコード(OKeh Records)は、1929年後半の統合再編のなかで、12月にテキサスへ合同録音隊を送り、ダラスとサンアントニオで地方市場向け録音を進めていました。さらに『Variety』12月18日号のディスク評では、スミス・バリュー(Smith Ballew, 1902–1984)、カーサ・ローマ・オーケストラ(Casa Loma Orchestra)、フランキー・トランバウアー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Frankie Trumbauer and His Orchestra)、ヴァージニア・ウィルハイト・アンド・ハー・テキサス・レンジャーズ(Virginia Wilheit and Her Texas Rangers)、ルー・ブレイ(Lew Bray, 1898–1974)らの盤が具体的に論じられており、地方録音の継続だけでなく、当月の市中流通盤も確認できます。全国再編の過程にありながら、オーケー・レコード(OKeh Records)は12月にも独自の流通実態を保っていました。

パテ

パテ・レコード(Pathé Records)は、『Variety』12月25日号のディスク評に Pathé 32601 と Pathé 3707 が載り、時事性のある題材と映画連動型の楽団盤を同時に市場へ出していたことが確認できます。Pathé 32601 の『At Father Power’s Grave』は、クラレンス・ガスキル(Clarence Gaskill, 1892–1947)の作詞作曲による題材で、地域的な話題性をもつ盤として扱われていました。Pathé 3707 はヴィンセント・ロペス・アンド・ヒズ・オーケストラ(Vincent Lopez and His Orchestra)による『Aren’t We All』と『The Shepherd’s Serenade』で、映画需要との接続が意識されていました。大手三社のような売上順位記事には現れませんが、年末期にも新譜評の対象となるだけの市場的存在感は保っていました。

パブリックス・シアターズ

パブリックス・シアターズ社(Publix Theatres Corporation)は、1929年12月25日号の『Variety』で、劇場ロビーにおける楽譜とレコードの販売拡張を進めていたことが報じられています。少数館での試験販売が良好だったことを受け、人口5万人以上の都市や町にある系列館へ、より大きな陳列スペースを備えた販売台を広げる構想が示されていました。さらに同時期の社内刊行物では、従来は独立部門として扱われていた楽譜・レコード部門が音楽部門へ組み込まれたことも確認できます。1929年12月の時点で、パブリックス・シアターズ社(Publix Theatres Corporation)の劇場網は、上映空間であるだけでなく、レコード流通の補助販路としても強化されつつありました。