1930年7月に録音された音楽

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1930年7月に録音された音楽

1930年7月は、公共事業、行政再編、航空、スポーツ、政党政治が同時に動いた月でした。アメリカ合衆国では7月4日にマウントラシュモア国立記念碑(Mount Rushmore National Memorial)でジョージ・ワシントン(George Washington, 1732–1799)の顔像の献納式が行われ、7月21日にはハーバート・フーヴァー(Herbert Hoover, 1874–1964)の大統領令によって退役軍人局(Veterans Administration)が発足しました。南米では第1回国際サッカー連盟ワールドカップ(FIFA World Cup)が7月13日に開幕し、7月30日にウルグアイが初代優勝国となりました。カナダでは7月28日の総選挙でリチャード・ベッドフォード・ベネット(Richard Bedford Bennett, 1870–1947)率いるカナダ保守党(Conservative Party of Canada)が勝利し、英国では飛行船R100(R100)が7月29日にカナダへ向けて出発しました。さらに航空史の先駆者グレン・ハモンド・カーティス(Glenn Hammond Curtiss, 1878–1930)が7月23日に死去しています。

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1930年7月の録音に関する情報のまとめ

1930年7月の録音業界では、ニューヨーク、カムデン、ロサンゼルス、シカゴの各拠点で商業録音が継続していたことを確認できます。コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)ではニューヨークでブルース歌手の録音が続き、アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)のヴィクター・レコード(Victor Records)ではカムデンでダンス・オーケストラ録音が進められていました。オーケー・レコード(OKeh Records)ではロサンゼルス録音、ブランズウィック・レコード(Brunswick Records)ではニューヨーク録音、ヴォカリオン(Vocalion)ではシカゴでの民族系録音が確認でき、1930年7月のアメリカ合衆国の録音事業が一都市に集中せず、多拠点で維持されていたことがわかります。

コロムビア

コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)では、1930年7月下旬のニューヨーク録音が具体的に確認できます。クララ・スミス(Clara Smith, 1894–1935)は7月21日に「Don’t Fool Around On Me」と「Down In The Mouf’ Blues」を録音し、ベッシー・スミス(Bessie Smith, 1894–1937)は翌7月22日に「Hustlin’ Dan」と「Black Mountain Blues」を録音しました。1930年7月の同社は、ニューヨークでブルース歌手の新規録音を継続していました。

ヴィクター

アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)のヴィクター・レコード(Victor Records)では、カムデン録音が1930年7月の月初から下旬まで確認できます。テッド・ウィームズ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Ted Weems and His Orchestra)は7月1日のセッションで「Sing (A Happy Little Thing)」を録音し、同じ月の後半には Victor 22515 用の「I Still Get A Thrill (Thinking Of You)」も残しています。1930年7月の同社は、カムデンの録音体制を保ったままダンス・オーケストラの新譜制作を続けていました。

オーケー

オーケー・レコード(OKeh Records)では、西海岸録音の動きが1930年7月に確認できます。ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・セバスチャン・ニュー・コットン・クラブ・オーケストラ(Louis Armstrong and His Sebastian New Cotton Club Orchestra)は、7月21日にロサンゼルスで「I’m a Ding Dong Daddy (From Dumas)」を録音しており、同日の関連盤資料には「I’m in the Market for You」も確認できます。1930年7月の同レーベルでは、ロサンゼルスを拠点とする新録音が進められていました。

ブランズウィック

ブランズウィック・レコード(Brunswick Records)でも、1930年7月のニューヨーク録音が確認できます。アメリカ歴史的録音ディスコグラフィー(Discography of American Historical Recordings)に収録されたマスター情報では、E33245「You’re Still My Valentine」が1930年7月のニューヨーク・マスターとして残されています。また同月の業界誌広告では、ブランズウィック・ラジオ社(Brunswick Radio Corporation)がニューヨーク市西42丁目116番地を所在地として営業していたことも確認できます。1930年7月の同系統企業では、録音制作と販売組織の双方がニューヨークを軸に動いていました。

ヴォカリオン

ヴォカリオン(Vocalion)では、シカゴでの民族系録音が1930年7月に確認できます。アメリカ歴史的録音ディスコグラフィー(Discography of American Historical Recordings)では、マコフスカ・オルキェストラ・ジアウォヴェゴ(Makowska Orkiestra Dzialowego)による C5931「Gnala wolki dolina」と C5939「Bomba-rasa」が、いずれも1930年7月のシカゴ・マスターとして記録され、それぞれ Vocalion 60186 と Vocalion 60189 に結びついています。1930年7月のヴォカリオンは、英語圏のポピュラー録音だけでなく、移民社会向けカタログの制作も継続していました。