1930年3月に録音された音楽
1930年3月は、政治・社会・科学の各分野で大きな転換が重なった月でした。ブラジルでは3月1日の大統領選挙でジュリオ・プレステス(Júlio Prestes, 1882–1946)が勝利し、その結果をめぐる対立は同年後半の政変につながっていきます。フランス南西部では3月初旬にタルン川・アグー川流域で大洪水が発生し、大きな人的被害を出しました。インドではマハトマ・ガンディー(Mahatma Gandhi, 1869–1948)が3月12日にサバルマティー・アシュラム(Sabarmati Ashram)を出発して塩の行進を開始し、反英不服従運動は新しい段階に入りました。アメリカ合衆国ではローウェル天文台(Lowell Observatory)が3月13日に新天体の発見を公表し、のちに冥王星と呼ばれる天体が世界的な話題となりました。さらにドイツではヘルマン・ミュラー(Hermann Müller, 1876–1931)内閣の崩壊後、パウル・フォン・ヒンデンブルク(Paul von Hindenburg, 1847–1934)が3月30日にハインリヒ・ブリューニング(Heinrich Brüning, 1885–1970)を首相に任命し、ワイマール共和国の議会政治は大きく後退しました。
この月の確認されている録音:0曲
1930年3月の録音に関する情報のまとめ
1930年3月の録音業界では、単純な新譜告知だけでなく、販売網の再編、ラジオ受信機と蓄音機の複合商品の拡販、映画やラジオ番組と結びついたレコード販売の強化が目立ちました。コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)はオペラ全曲アルバムとダンス盤を並行して押し出し、オーケー・フォノグラフ社(Okeh Phonograph Corporation)とオデオン(Odeon)は南部流通の再構成を進めました。ブランズウィック・バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)は支店制から再委託型配給へ軸足を移し、アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)は人気放送番組と店頭展示を結びつけて需要を伸ばしました。トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、長年の販売・サービス要員を基盤に、ラジオ受信機とフォノグラフを組み合わせた商品の販促を強めています。3月の資料からは、1930年春の業界が、録音物そのものと同じ比重で、流通、販促、展示販売の設計を重視していたことが読み取れます。
コロムビア
コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)は、1930年3月に高価格帯アルバム市場と一般向けヒット盤市場を並行して押し出していました。3月5日号では2月28日付新譜として、ポール・ホワイトマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Paul Whiteman and His Orchestra)、ガイ・ロンバード・アンド・ヒズ・ロイヤル・カナディアンズ(Guy Lombardo and His Royal Canadians)、ポール・スペクト・アンド・ヒズ・オーケストラ(Paul Specht and His Orchestra)などの人気ダンス盤が紹介されています。3月12日号では、コロムビア・オペラティック・シリーズ(Columbia Operatic Series)の新作として《ラ・ボエーム》(La Bohème)全曲アルバムを前面に出し、先行して売れていた《蝶々夫人》(Madama Butterfly)を踏まえて、複数枚組アルバムが大きな売上を生む商品であると説明していました。3月26日号では、映画とラジオで知名度の高いスターの名前を前面に出す広告も展開しており、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)はこの月、全曲アルバム、ダンス盤、スター連動盤を同時に動かしていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-03-05.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-03-12.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-03-26.pdf
オーケー/オデオン
オーケー・フォノグラフ社(Okeh Phonograph Corporation)とオデオン(Odeon)は、1930年3月に流通再編の動きがはっきり確認できます。3月12日号によれば、メイソン=ディクソン線以南に接する南部市場のオーケー盤とオデオン盤の配給は、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)のフィラデルフィア支店へ移され、ワシントン、ボルティモア、メリーランドの販売店は今後この支店から供給を受ける体制になりました。フィラデルフィア支店の責任者は現地巡回を行い、オーケー・フォノグラフ社(Okeh Phonograph Corporation)とオデオン(Odeon)の販売店との関係を立て直しています。さらに3月の業界誌のメーカー一覧にはオーケー・フォノグラフ社(Okeh Phonograph Corporation)の社名が継続して掲載されており、当月も流通経路を組み替えながら販売継続を図っていたことがわかります。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-03-12.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-03-05.pdf
ブランズウィック
ブランズウィック・バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)は、1930年3月に支店運営、地域配給、商標防衛、レコード販促を同時に進めていました。3月5日号では、シンシナティ支店の打ち切りに伴い、旧支店幹部が設立したセルコ社(Selco, Inc.)がシンシナティとデイトンでラジオ受信機、パナトロープ(Panatrope)、レコードの取扱いを引き継いだことが報じられています。3月19日号では広告上で、ラジオ受信機、ラジオ付きパナトロープ(Panatrope with Radio)、レコードを一体の商品群として前面に出していました。3月26日号ではニューヨークで社名の無断使用をめぐる訴訟に踏み切り、同号には南部・農村系の旋律を集めたレコード販促も確認できます。ブランズウィック・バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)はこの月、配給網と商品訴求の両面で活発でした。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-03-05.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-03-19.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-03-26.pdf
アールシーエー・ヴィクター
アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)は、1930年3月に人気放送番組と在庫管理の両面から販売政策を動かしていました。3月5日号のフィラデルフィア市場報告では、H・A・ウェイマン・アンド・サン社(H. A. Weymann & Son, Inc.)とフィラデルフィア・ヴィクター・ディストリビューターズ社(Philadelphia Victor Distributors, Inc.)が、販売店に対して《アモス・アンド・アンディ》(Amos ‘n’ Andy)のディスクを店内とショーウインドーで重点的に展開するよう促し、需要が強く出ていることが報じられています。3月26日号では、アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)のヴィクター部門が、3月24日現在のヴィクター・ラジオ受信機、ヴィクター・ラジオ・エレクトローラ、ヴィクター・ポータブル機の正確な在庫報告を全国の販売店に求めており、年内の製造計画を立てるための基礎データ収集を進めていました。アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)はこの月、ヒット盤の視覚販促と計画生産のための在庫把握を同時に進めていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-03-05.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-03-26.pdf
エジソン
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1930年3月にラジオ受信機とフォノグラフの複合商品の販促と、販売サービス網の熟練性が前面に出ています。3月19日号では、『サタデー・イブニング・ポスト』(The Saturday Evening Post)、『コリアーズ』(Collier’s)、『リバティ』(Liberty)で Edison Radio の大規模広告を開始し、最初の雑誌広告では Model C-4 のラジオ・フォノグラフ複合機を主役に据えていました。3月26日号では、オレンジ・エジソン・ディストリビューティング社(Orange Edison Distributing Corp.)の営業・サービス要員6名の合計経験年数が84年、平均14年に達し、事前に設定された販売目標を大きく上回ったことが報じられています。同じ3月26日号では、シアトル・エジソン・ディストリビューティング社(Seattle Edison Distributing Corp.)側の新店舗が、エディクラフト家庭電気製品(Edicraft household appliances)とエディフォン口述機サービス(Ediphone dictating machine service)を扱う拠点として整えられていたことも確認できます。1930年3月のトーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)系は、新譜個別名の露出よりも、販促と販売後サービスを含めた商流全体の強さを売りにしていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-03-19.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-03-26.pdf
ソノラ
ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co., Inc.)については、1930年3月の資料で社名自体は確実に確認できます。3月5日号のメーカー一覧と関連一覧にはソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co., Inc.)の社名が掲載されており、少なくとも当月時点で業界紙上の主要メーカーの枠内に残っていました。さらに3月26日号では、ソノラ・プロダクツ社・オブ・アメリカ(Sonora Products Corp. of America)の普通株取引がニューヨーク・カーブ市場で停止されたことが報じられています。ただし、当月の新譜展開、配給拡張、販売店政策まで直接説明する記事は今回確認できません。そのため、1930年3月のソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co., Inc.)は、市場資料上の存続と資本面の動きまでは確認できる一方、レコード販売施策の詳細までは当月資料から断定できません。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-03-05.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-03-26.pdf
