1931年12月に録音された音楽
1931年12月の世界は、憲政秩序の再編と国際不安の深まりが同時に進んだ月でした。スペインでは12月9日にスペイン第二共和政憲法が承認され、世俗国家化と市民的権利の拡張を伴う新体制の法的枠組みが定まりました。イギリスでは12月11日にウェストミンスター憲章(Statute of Westminster 1931)が成立し、イギリス連邦の自治領に対する立法上の自立が大きく前進しました。インドでは第二回ロンドン円卓会議(Second Round Table Conference)が12月1日に終了しましたが、モハンダス・カラムチャンド・ガンディー(Mohandas Karamchand Gandhi, 1869–1948)を含む代表団の協議は決定的合意に至りませんでした。日本では若槻禮次郎内閣の後を受けて犬養毅(1855–1932)が12月13日に首相に就任し、経済・外交の両面で政策転換が始まりました。中国では満洲事変への対応をめぐる批判の高まりのなかで、蔣介石(Chiang Kai-shek, 1887–1975)が12月15日に辞任を表明し、政局が大きく揺れました。さらに12月10日のノーベル賞授与では、カール・ボッシュ(Carl Bosch, 1874–1940)とフリードリヒ・ベルギウス(Friedrich Bergius, 1884–1949)が化学賞、オットー・ハインリヒ・ワールブルク(Otto Heinrich Warburg, 1883–1970)が生理学・医学賞、ジェーン・アダムズ(Jane Addams, 1860–1935)とニコラス・マレー・バトラー(Nicholas Murray Butler, 1862–1947)が平和賞を受け、世界不況下でも科学と国際協調の価値が強く示されました。
この月の確認されている録音:0曲
1931年12月の録音に関する情報のまとめ
1931年12月の録音関連資料を見直すと、当月に確実に確認できる動きは、年末商戦に合わせた新譜補遺、放送番組表におけるレーベル別編成、無料試聴会による販売促進、そしてエレクトリック・アンド・ミュージカル・インダストリーズ社(Electric and Musical Industries Limited)統合直後の技術開発です。とくにコロムビア(Columbia)、パーロフォン(Parlophone)、ヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)、ブランズウィック(Brunswick)、ポリドール(Polydor)、ゾノフォン(Zonophone)は、1931年12月の豪州・ニュージーランド圏の同時代資料で、放送または実演会に具体的な盤名・盤番とともに現れます。販売現場では新盤をまとめて聴かせる無料リサイタルが継続し、放送現場では夕食時間帯の番組にレーベル単位の録音が組み込まれていました。同月は、各社が不況下でも販促と流通を止めず、同時にロンドンでは後のステレオ録音につながる研究が制度化された月として位置づけられます。
コロムビア
コロムビア(Columbia)については、1931年12月の補遺カタログがニュージーランド国立図書館の所蔵記述で確認でき、年内末尾までを対象にした同年の補充的発売資料が実在していました。さらにシドニーでは12月16日に、パーロフォン(Parlophone)と並ぶ「最新で最も興味深い」コロムビア盤の無料リサイタルがPaling’s Concert Hallで告知されており、年末商戦に合わせて新盤を会場実演で訴求していたことが分かります。放送番組表でも12月10日の夕食時間帯に「Dinner music session (Columbia)」が組まれ、アルバート・サンドラー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Albert Sandler and His Orchestra)やJ・H・スクワイアズ・セレスト・オクテット(J. H. Squire’s Celeste Octet)などのコロムビア盤が流されていました。
- https://archive.org/details/columbiarecordss00colu_0
- https://trove.nla.gov.au/newspaper/article/16818600
- https://paperspast.natlib.govt.nz/periodicals/RADREC19311204.2.47.5
パーロフォン
パーロフォン(Parlophone)は、1931年12月16日のシドニーでの無料リサイタル告知で、コロムビア(Columbia)と並ぶ中心レーベルとして扱われていました。これは11月から同種の催しが継続していたことも新聞広告から確認でき、年末に向けて新盤をまとめて聴かせる販促が定着していたことを示します。ニュージーランドの放送番組表でも12月中の編成にパーロフォン盤が組み込まれており、当月の現地市場で継続的な流通があったことは確実です。
- https://trove.nla.gov.au/newspaper/article/16818600
- https://trove.nla.gov.au/newspaper/article/16805517
- https://trove.nla.gov.au/newspaper/article/16816701
ヒズ・マスターズ・ヴォイス
ヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)は、12月5日付の同時代紙面で「complete December catalogue」が告知され、同じ紙面では『ペンザンスの海賊』の新しい短縮版セットも取り上げられていました。別の同時代欄では、モーリス・シュヴァリエ(Maurice Chevalier, 1888–1972)の “Hello! Beautiful!” と “Walkin’ My Baby Back Home” を収めた新盤が紹介されており、年末向けの新譜補遺と人気歌手盤の投入が並行していたことが確認できます。さらに12月10日の放送番組表には「Dinner music session (H.M.V.)」が組まれ、ヒズ・マスターズ・ヴォイス盤が夕食時間帯の定番音楽として流通していました。
- https://paperspast.natlib.govt.nz/newspapers/ESD19311205.2.31.2
- https://paperspast.natlib.govt.nz/newspapers/ESD19311205.2.28
- https://paperspast.natlib.govt.nz/periodicals/RADREC19311204.2.47.5
ブランズウィック
ブランズウィック(Brunswick)は、1931年12月10日のニュージーランド放送番組表で「Programme of dance music from the studio (Brunswick)」として独立した枠を与えられていました。そこではロリング・“レッド”・ニコルズ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Loring “Red” Nichols and His Orchestra)、ニック・ルーカス・アンド・ヒズ・クルーニング・トルバドゥアーズ(Nick Lucas and His Crooning Troubadours)、コロニアル・クラブ・オーケストラ(Colonial Club Orchestra)、ジャック・デニー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jack Denny and His Orchestra)、ベン・バーニー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Ben Bernie and His Orchestra)などの盤が連続して用いられており、当月の現地市場でダンス向けブランズウィック盤が相当量流通していたことが分かります。12月16日の番組表でもブランズウィック・コンサート・オーケストラ(Brunswick Concert Orchestra)が確認でき、同ブランドの継続的な供給がうかがえます。
- https://paperspast.natlib.govt.nz/periodicals/RADREC19311204.2.47.5
- https://paperspast.natlib.govt.nz/periodicals/RADREC19311211.2.35.4
ポリドール
ポリドール(Polydor)は、1931年12月10日の放送番組表で「Dinner music session (Polydor)」として独立した時間帯を持っていました。そこではパウル・ゴドヴィン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Paul Godwin and His Orchestra)、ベルリン国立歌劇場管弦楽団(State Opera Orchestra, Berlin)、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(The Philharmonic Orchestra, Berlin)、イリヤ・リヴシャコフ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Ilja Livschakoff’s Orchestra)などの録音が盤番付きで並んでおり、欧州系音源の供給源として明確に位置づけられていました。12月中旬の番組でも同ブランドの録音が継続して見られるため、当月の段階で安定的な販売・放送利用が行われていたとみてよいです。
- https://paperspast.natlib.govt.nz/periodicals/RADREC19311204.2.47.5
- https://paperspast.natlib.govt.nz/periodicals/RADREC19311204.2.47.7
ゾノフォン
ゾノフォン(Zonophone)については、12月5日付の同時代欄が「latest Zonophone list contains a wide variety of vocal and instrumental recordings」と述べており、当月の新しい発売一覧が現地で認識されていたことが確認できます。加えて、12月24日付の放送番組表にはゾノフォン・サロン・オーケストラ(Zonophone Salon Orchestra)による “Love’s Garden of Roses” と “Mighty Lak’ a Rose” が入り、年末番組の選曲にも使われていました。ゾノフォンはこの時点で主力高級レーベルではないものの、少なくとも1931年12月には新譜供給と既発盤運用の両面で市場に生きていました。
- https://paperspast.natlib.govt.nz/newspapers/ESD19311205.2.28
- https://paperspast.natlib.govt.nz/periodicals/RADREC19311224.2.43.2
EMI
エレクトリック・アンド・ミュージカル・インダストリーズ社(Electric and Musical Industries Limited)では、統合後の録音拠点であるアビー・ロードにおいて、アラン・ドウアー・ブラムライン(Alan Dower Blumlein, 1903–1942)が1931年12月14日に “binaural” を特許化しました。1931年12月は、コロムビア(Columbia)やヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)などの販促活動が海外市場で年末商戦を展開していたのと同時に、ロンドンでは後のステレオ録音史に直結する研究が制度上の形を取った月でもありました。販売と技術開発が同月に並行した点で、この月はエレクトリック・アンド・ミュージカル・インダストリーズ社にとって象徴的です。
