1931年7月に録音された音楽
1931年7月は、交通、航空、国際金融、立憲政治、国際社会政策、スポーツが同時に動いた月でした。7月1日、イタリアではミラノ中央駅(Milano Centrale)が正式に開業し、近代交通の象徴的施設が完成しました。同じ日、ワイリー・ポスト(Wiley Post, 1898–1935)とハロルド・ガティ(Harold Gatty, 1903–1957)はロッキード ベガ「ウィニー・メイ」での世界一周飛行を終え、長距離航空時代の現実味を大きく高めました。欧州では7月13日にダルムシュテッター・ウント・ナツィオナル銀行(Darmstädter und Nationalbank)の破綻が表面化し、7月17日からはロンドン専門家会議(London Conference of Experts)が開かれて金融危機への対応が協議されました。7月13日には麻薬の製造制限及び配給統制に関する国際条約(Convention for Limiting the Manufacture and Regulating the Distribution of Narcotic Drugs)がジュネーヴで調印され、7月16日にはエチオピアでハイレ・セラシエ1世(Haile Selassie I, 1892–1975)の下にエチオピア憲法(The Constitution of Ethiopia)が公布されました。7月4日にはチリー・アウセム(Cilly Aussem, 1909–1963)がウィンブルドン選手権(The Championships, Wimbledon)女子単を制し、ドイツ人女子として初の優勝者となりました。
この月の確認されている録音:0曲
1931年7月の録音に関する情報のまとめ
1931年7月の同時代業界誌を見直すと、録音産業は新譜販売だけでなく、ラジオ・フォノグラフ複合機、自動交換装置、ポータブル機、高級クラシック録音、家庭内録音設備を同時に押し進めていました。この月の業界記事では、ラジオ・フォノグラフ複合機に24枚のレコードを付けて売り、その後も毎月2枚ずつ送って継続需要を作る販売法が提案されており、レコードが単体商品であるだけでなく、機械販売の継続収益を支える中核商品として扱われていたことがわかります。また、7月の米国ラジオ業界展示では、ホーム・トーキーやラジオ・フォノグラフ複合機が前年より目立つ存在になっていました。
コロムビア
コロムビア・フォノグラフ社(The Columbia Phonograph Co., Inc.)は、1931年7月の業界広告でコロムビア・マスターワークス(Columbia Masterworks)を強く押し出し、交響楽放送や演奏会の増加がクラシック録音の買い手を育てていること、全集ものの購入者が継続的な再購入者になることを前面に出していました。1931年7月時点でコロムビア・フォノグラフ社(The Columbia Phonograph Co., Inc.)は、流行歌盤だけでなく、140種以上のマスターワークス・セットを継続的に売る高級録音販売会社として動いていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Journal/30s/Radio-Journal-1931-07.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Western-Music-Radio/Western-Music-and-Radio-Trades-Journal-1931-07.pdf
アールシーエー・ヴィクター
アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)は、1931年7月広告でラジオレット(Radiolette)、スーパーエット(Superette)、ポータブル・フォノグラフを夏季需要向け商品として前面に出しました。さらに1931年7月の新製品紹介では、エレクトローラ RE-16(Electrola RE-16)、エレクトローラ RE-26(Electrola RE-26)、ライティング・デスク(Writing Desk)、ラジオ・オートマティック・エレクトローラ・デラックス(Radio Automatic Electrola De Luxe)を案内し、エレクトローラ RE-26(Electrola RE-26)が33 1/3回転と78回転の両方に対応すること、ラジオ・オートマティック・エレクトローラ・デラックス(Radio Automatic Electrola De Luxe)が家庭内録音設備と10枚用自動交換装置を備えることまで訴えていました。1931年7月のアールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)は、携帯型、高級複合機、家庭録音機能を同時に売る多層展開を進めていました。
ブランズウィック
ブランズウィック・ラジオ社(Brunswick Radio Corporation)は、1931–1932年向けの新製品線を自社史上もっとも完備したラインとして広告し、79.50ドルから265.00ドルまでの価格帯を示しました。なかでもモデル42のオートマティック・パナトロープ・ウィズ・ラジオ(Automatic Panatrope-with-Radio)は10インチ盤20枚の自動再生を売りにし、同じ広告面でブランズウィック・レコード(Brunswick Records)も明記されていました。1931年7月のブランズウィック・ラジオ社(Brunswick Radio Corporation)は、録音物と複合機販売を一体で動かしていたことが確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Journal/30s/Radio-Journal-1931-07.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Western-Music-Radio/Western-Music-and-Radio-Trades-Journal-1931-07.pdf
ケープハート
ケープハート社(Capehart Corporation)は、1931年7月の業界報道で新しい400系統機とモデル21を示し、3枚から24枚までのレコードを10インチ盤と12インチ盤の混在で処理できる自動交換装置を訴求しました。片面ずつ順に再生したのち裏面へ進む仕組みや、同一盤の反復再生機能まで説明されており、1931年7月のケープハート社(Capehart Corporation)が高級家庭向け自動蓄音機市場で技術差別化を明確に図っていたことがわかります。
スパートン
スパークス=ウィジントン社(The Sparks-Withington Company)は、1931年7月の新製品紹介で新しいスパートン(Sparton)機群とともに、ヴィジョノーラ(Visionola)を家庭用トーキー・フォノグラフ兼ラジオ装置として示しました。録音再生機とラジオを組み合わせるだけでなく、家庭内映像娯楽との接続まで視野に入れた売り出し方をしており、1931年7月のスパークス=ウィジントン社(The Sparks-Withington Company)が複合娯楽機市場へ踏み込んでいたことが確認できます。
ストロムバーグ=カールソン
ストロムバーグ=カールソン電話製造社(Stromberg-Carlson Telephone Manufacturing Company)は、1931年7月広告でマルチ=レコード・ラジオ(Multi-Record Radio)を「automatic radio-phonograph combination」と明記し、660ドルで売り出していました。受信機価格帯と並べて高級複合機を掲げているため、1931年7月のストロムバーグ=カールソン電話製造社(Stromberg-Carlson Telephone Manufacturing Company)が録音再生機能付き高級機を継続販売の柱として扱っていたことがわかります。
ジェネラル・エレクトリック
ジェネラル・エレクトリック社(General Electric Co.)は、1931年7月広告で夏季販売向け商品としてエンド・テーブル・フォノグラフ(End Table Phonograph)を大きく押し出しました。これは任意のラジオ受信機につないでラジオ・フォノグラフ複合機にできる製品として売られており、1931年7月のジェネラル・エレクトリック社(General Electric Co.)が、純粋な受信機販売だけでなく家庭用再生装置の拡張需要を狙っていたことが確認できます。
クロスリー
クロスリー・ラジオ社(Crosley Radio Corp.)は、1931年7月広告でトルバドゥール(Troubadour)を「the most beautiful radio ever built」と売り出し、この機種が追加費用で電気式フォノグラフを装備できることを訴えていました。1931年7月のクロスリー・ラジオ社(Crosley Radio Corp.)は、ラジオ単体機と複合機を同じ新製品線のなかで接続し、フォノグラフ装備を上位販売の手段として使っていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Journal/30s/Radio-Journal-1931-07.pdf
- https://www.rsp-italy.it/Electronics/Magazines/Radio-Craft/_contents/Radio-Craft%201931%2006.pdf
ゼネラル・モーターズ
ゼネラル・モーターズ・ラジオ社(General Motors Radio Corp.)は、1931年7月の新製品紹介で7管、8管、10管の三系統を持つ二つの製品線を示し、標準線のクイーン・アン・オートマティック・コンビネーション(Queen Anne Automatic Combination)と、特注家具線のルイ XV オートマティック・コンビネーション(Louis XV Automatic Combination)を含めていました。1931年7月のゼネラル・モーターズ・ラジオ社(General Motors Radio Corp.)は、家具調高級複合機を明確にラインに組み込み、録音再生機能付き製品を上位市場向けの主力の一部として扱っていました。
