1931年6月に録音された音楽

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1931年6月に録音された音楽

1931年6月は、政治、報道、映像技術、災害、経済、航空の各分野で転換点が重なった月でした。6月1日、アメリカ合衆国最高裁判所(Supreme Court of the United States)はニア対ミネソタ州事件(Near v. Minnesota)で事前差止めに厳しい制限をかけ、報道の自由をめぐる重要な判断を示しました。6月3日にはベアード・テレビジョン・ディベロップメント社(Baird Television Development Company)によるエプソム・ダービー中継が行われ、主要スポーツ競技の初期テレビ中継として記憶されています。6月7日にはドッガー・バンク地震(Dogger Bank earthquake)が発生し、イギリスに影響した観測史上最大級の地震となりました。フランスでは6月13日にポール・ドゥメール(Paul Doumer, 1857–1932)が共和国大統領に選出され、翌14日にはサン=フィリベール号(Saint-Philibert)の沈没事故が大きな衝撃を与えました。6月20日にはハーバート・フーヴァー(Herbert Hoover, 1874–1964)が政府間債務支払いの一年停止案を提示し、世界恐慌下の国際金融に直接働きかけました。さらに6月23日、ワイリー・ポスト(Wiley Post, 1898–1935)とハロルド・ガティ(Harold Gatty, 1903–1957)はロッキード・ヴェガ(Lockheed Vega)「ウィニー・メイ」号で世界一周飛行に出発し、航空航法の進歩を象徴する出来事となりました。

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1931年6月の録音に関する情報のまとめ

1931年6月の録音業界では、世界恐慌下でも各社が新譜供給、廉価盤展開、放送連携、地方録音、機器販売を止めていなかったことが確認できます。アメリカではアールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Co., Inc.)、ブランズウィック・ラジオ社(Brunswick Radio Corporation)が、販売施策と録音制作を並行して進めていました。イギリスではワーナー=ブランズウィック社(Warner-Brunswick, Ltd.)、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co., Ltd.)、グラモフォン社(The Gramophone Company Limited)、ゾノフォン社(The Zonophone Company)、デッカ・レコード社(The Decca Record Company Limited)、ブロードキャスト(Broadcast)が、それぞれ異なる価格帯や販路で動いていました。六月の資料からは、録音会社が単に新譜を出すだけでなく、ラジオ受信機、ラジオ・グラム、放送向け録音、廉価盤を組み合わせて市場を維持しようとしていたことが見えてきます。

RCAヴィクター

1931年6月のアールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)は、小型受信機「Radiolette」と「Superette」を前面に出し、既存の大型受信機とは別の「追加設置需要」を開く商品として販売店に訴求していました。六月の広告では、この二機種が新しい市場を開くと明言されており、同社が家庭内の二台目、三台目需要を意識していたことがわかります。録音面では、6月11日にケンタッキー州ルイヴィルでカーター・ファミリー(The Carter Family)とジミー・ロジャーズ(Jimmie Rodgers, 1897–1933)による録音が行われており、六月の同社は機器販売だけでなく地方出張録音も継続していました。

コロムビア

1931年6月のコロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Co., Inc.)は、人気盤を「短期回転商品」として扱う広告を出し、店頭での回転率の高さを販売店に強く訴えていました。広告では、舞台、映画、ラジオで人気を得た専属録音者の存在が売上の中核として示されており、六月の同社がスター性を前面に出した販売政策を取っていたことがわかります。六月の業界紙上で確認できる動きは販促中心ですが、同月のコロムビア系録音活動は別系列のオーケー・レコードでも確認でき、グループ全体として新規音源供給を続けていました。

ブランズウィック

1931年6月のブランズウィック・ラジオ社(Brunswick Radio Corporation)は、「Step-Ladder Sales Plan」を掲げて新型機の販売を押し出し、ラジオ、パナトロープ、ブランズウィック盤を一体で扱う構成を前面に出していました。六月号では新しい受信機系列が詳細に紹介されており、同社が1932年型ラインを軸に店頭販売を強化していたことがわかります。録音面では、6月24日にフランキー・トランバウアー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Frankie Trumbauer and his Orchestra)による「Georgia on My Mind」「Honeysuckle Rose」などのブランズウィック盤録音が確認でき、六月の同社は販売面と制作面の両方で活発でした。

オーケー

1931年6月のオーケー・レコード(OKeh Records)では、6月4日にザ・メロディ・フォー(The Melody Four)の「Yours sincerely」、ボー・カーター(Bo Carter, 1893–1966)の録音が確認でき、6月12日にはヴァンス・ディクソン(Vance Dixon)による「Pete, the dealer in meat」が OKeh 8891 として記録されています。六月のオーケーは、都市スタジオで新規マトリクスを継続的に動かしており、コロムビア系の中でも独自のレパートリー供給を続けていたことがわかります。

ワーナー=ブランズウィック

1931年6月のワーナー=ブランズウィック社(Warner-Brunswick, Ltd.)は、廉価系列パナコード(Panachord)を強く押し出していました。『Modern Wireless』六月号では、2シリングで販売される新しい電気録音盤としてパナコードが紹介され、ダンス曲だけでなく speciality、novelty、hot records も含むと説明されています。六月の同社は、イギリス市場で価格を抑えた系列を使いながら、娯楽性の高い録音を広く流通させようとしていました。

コロムビア・グラフォフォン

1931年6月のコロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co., Ltd.)は、新しいペデスタル型受信機を出す一方で、六月の新譜でも声楽、軽音楽、ダンス盤を幅広く供給していました。『Modern Wireless』六月号では、イゾベル・ベイリー(Isobel Baillie, 1895–1983)の DX230、アルバート・サンドラー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Albert Sandler and his Orchestra)の DB469、ジャック・ペイン・アンド・ヒズ・ブリティッシュ・ブロードキャスティング・コーポレーション・ダンス・オーケストラ(Jack Payne and his B.B.C. Dance Orchestra)の DB254 と DB256、デブロイ・ソマーズ・アンド・ヒズ・バンド(Debroy Somers and his Band)の DB261 が挙げられています。六月の同社は、機器販売とレコード供給を並行して進めていました。

ブロードキャスト

1931年6月のブロードキャスト(Broadcast)は、廉価盤として大衆向け娯楽音源を広く供給していました。『Modern Wireless』六月号では、1シリングに値下げされた「Broadcast Tens」に、サンディ・パウエル(Sandy Powell, 1900–1982)のコミック盤、ルー・シルヴァ・アンド・ヒズ・バンド(Lew Sylva and his Band)のダンス盤、ガーシャム・パーキントン・クインテット(Gershom Parkington Quintet)の「Broadcast Twelves」、ソフィー・タッカー(Sophie Tucker, 1887–1966)の「Broadcast Super Twelve」が並んでいます。六月のブロードキャストは、低価格を武器にしながら、ラジオで知られた軽娯楽をレコード化する役割を担っていました。

ヒズ・マスターズ・ヴォイス

1931年6月のヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)では、ピアノ録音、軽音楽、声楽、ダンス盤が同時に動いていました。『Modern Wireless』六月号では、マーク・ハンブルク(Mark Hambourg, 1879–1960)によるベートーヴェン録音 C2117・C2118、ジョゼフ・ヒスロップ(Joseph Hislop, 1884–1971)の B3816、グレイシー・フィールズ(Gracie Fields, 1898–1979)の B3795、ジャック・ヒルトン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jack Hylton and his Orchestra)の B6004、ヴィクター・アーデン=フィル・オーマン・アンド・ゼア・オーケストラ(Victor Arden-Phil Ohman and their Orchestra)の B6002 が紹介されています。六月の同系列は、高級盤と大衆向けダンス盤を並行して供給していました。

ゾノフォン

1931年6月のゾノフォン(Zonophone)は、ほぼ全面的に声楽中心の新譜構成を取りつつ、旧愛唱歌やダンス盤も加えた幅広い月次供給を行っていました。『Modern Wireless』六月号では、フォスター・リチャードソン(Foster Richardson)の 5852、ノーマン・ブレア(Norman Blair)の 5853、ルイス・ジェイムズ(Lewis James, 1892–1954)の 5858、モーリス・エルウィン(Maurice Elwin, 1896–1975)の 5881、ロンドン・オーケストラ(London Orchestra)の 5850、ザ・リズミック・エイト(The Rhythmic Eight)の 5864、オーフィアス・ダンス・バンド(Orpheus Dance Band)の 5865 が取り上げられています。六月のゾノフォンは、感傷的な歌唱盤と軽快なダンス盤を併売していたことがわかります。

デッカ

1931年6月のデッカ・レコード社(The Decca Record Company Limited)は、新譜販売と放送連携の両面で活動していました。『Modern Wireless』六月号では、ヘイスティングズ市立管弦楽団(Hastings Municipal Orchestra)をユリウス・ハリソン(Julius Harrison, 1885–1963)が指揮した K575、ルドルフ・パワー(Rudolph Power)の F.2277 が六月の注目盤として紹介されています。さらに『Amateur Wireless』1931年6月20日号では、同社がロンドンとパリの名義でラジオ・パリ(Radio Paris)の日曜番組を継続していたことが紹介されており、六月のデッカはレコード会社であると同時に、録音音楽番組のスポンサーとしても可視的でした。