1932年1月に録音された音楽

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1932年1月に録音された音楽

1932年1月は、国際政治の緊張、経済危機への国家介入、都市文化の前衛化が同時に進んだ月でした。1月4日にはモハンダス・カラムチャンド・ガンディー(Mohandas Karamchand Gandhi, 1869–1948)が再逮捕され、英領インドの市民的不服従運動は再び大きな転機を迎えました。1月7日にはアメリカ合衆国が日本と中華民国(Republic of China)に対して不承認方針を通告し、スティムソン・ドクトリン(Stimson Doctrine)が具体化しました。1月12日にはハッティ・ワイアット・カラウェイ(Hattie Wyatt Caraway, 1878–1950)がアメリカ合衆国上院(United States Senate)に初めて選挙で選ばれた女性となりました。1月22日には復興金融公社(Reconstruction Finance Corporation)が設立され、世界恐慌下の金融・産業支援が制度化されました。1月28日には上海事変(Shanghai Incident)が始まり、東アジア情勢はさらに緊迫しました。さらに1月9日–29日にはニューヨークのジュリアン・レヴィ画廊(Julien Levy Gallery)で「シュルレアリスム」展(Surrealism at the Julien Levy Gallery)が開かれ、前衛芸術の受容が新しい段階に入りました。

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1932年1月の録音に関する情報のまとめ

1932年1月の同時代業界誌から確認できる録音業界の動きは、単純な新譜発売だけではありませんでした。アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)は長時間盤と標準盤を同時に売る二速度機構を前面に押し出し、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)は会社再編の渦中でもコロムビア・レコード(Columbia Records)の新譜告知を継続していました。ブランズウィック系では、コンソリデーテッド・フィルム・インダストリーズ社(Consolidated Film Industries, Inc.)のもとで新設されたブランズウィック・レコード社(Brunswick Record Corporation)が、ブランズウィック(Brunswick)、ヴォカリオン(Vocalion)、メロトーン(Melotone)の販売権を引き継ぎ、販売網を維持したまま攻勢継続を表明していました。さらに、蓄音機周辺ではパセント・エレクトリック社(Pacent Electric Co.)、ケープハート社(Capehart Corp.)、スーペリア・オートマティック・フォノグラフ社(Superior Automatic Phonograph Company)が、新しい録音・再生・自動交換機構を打ち出していました。1932年1月は、不況による停滞の月ではなく、録音物、再生機、流通、家庭用録音機器が並行して再編されていた月として見ることができます。

RCAヴィクター

1932年1月の『Radio Retailing』では、アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)が「ヴィクター・プログラム・トランスクリプションズ(Victor Program Transcriptions)」を新しい商機として前面に出し、二速度ターンテーブルを備えたラジオ・フォノグラフ一体機 Model RE-18 をその販売の中心に置いていました。記事と広告では、この機種が新しい長時間盤と標準のヴィクター・レコード(Victor Records)の両方を再生できること、さらに Model RE-18 の販売が継続的なプログラム・トランスクリプションズの追加販売につながることが強調されています。また、各機に人気のヴィクター録音アーティストを収めた10インチの見本盤が同梱されており、当月の同社が機械販売と録音物販売を一体で拡大しようとしていたことがわかります。

コロムビア

1932年1月の『Radio Retailing』では、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)の議決権信託株式がグリグスビー=グラノー社(Grigsby-Grunow Company)へ移る再編が報じられ、同社がコロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co., Ltd.)との資本関係のもとで大きな再編局面に入っていたことが確認できます。一方で『Western Radio & Refrigeration Journal』1月号の広告面では、コロムビア・レコード(Columbia Records)の最新盤として、テッド・ルイス・アンド・ヒズ・バンド(Ted Lewis and His Band)の Columbia 2560-D と、ガイ・ロンバード・アンド・ヒズ・ロイヤル・カナディアンズ(Guy Lombardo and His Royal Canadians)とケイト・スミス(Kate Smith, 1907–1986)による Columbia 2578-D が告知されていました。会社再編と新譜販売が同じ月に並行している点が、1932年1月のコロムビアの特徴です。

ブランズウィック

1932年1月の『Radio Retailing』および『Western Radio & Refrigeration Journal』では、コンソリデーテッド・フィルム・インダストリーズ社(Consolidated Film Industries, Inc.)が新設したブランズウィック・レコード社(Brunswick Record Corporation)が、ブランズウィック・ラジオ社(Brunswick Radio Corp.)からブランズウィック(Brunswick)、ヴォカリオン(Vocalion)、メロトーン(Melotone)の合衆国、カナダ、一部海外向け製造販売権を引き継いだことが明示されています。記事では、営業部門とラボラトリー部門の人員を大部分維持し、従来の方針を継続したうえで、三ブランドの販売促進をさらに積極化すると述べられています。さらに支店網もシカゴ、クリーヴランド、ダラス、カンザスシティ、ロサンゼルス、ミネアポリス、ニューオーリンズ、ニューヨーク、サンフランシスコで維持されており、1932年1月のブランズウィック系は縮小よりも再編後の継続運用と販路保持が中心でした。

パセント・エレクトリック

1932年1月の『Radio Retailing』では、パセント・エレクトリック社(Pacent Electric Co.)が「レコーダヴォックス(Recordovox)」を発表しており、これは既存の受信機や蓄音機に接続して電気式再生を可能にするだけでなく、家庭で声や音楽を録音できる装置として紹介されています。記事では、旧式の蓄音機を電気再生型へ転換できること、家庭用録音にも使えること、既存配線を乱さず受信機へ恒久接続できること、本体価格が27.50ドル、マイクロフォンが10ドルであることまで記されていました。1932年1月の録音関連市場では、レコード会社だけでなく、このような家庭録音周辺機器の提案も同時に動いていました。

ケープハート

1932年1月の『Radio Retailing』では、ケープハート社(Capehart Corp.)が400-Series automatic combinations に二速度機構を搭載し、新しい長時間盤とプログラム・トランスクリプション盤、さらに標準の10インチ盤と12インチ盤を扱えるようにしたことが報じられています。10インチの長時間盤と通常盤は連続自動再生に対応し、12インチの長時間盤は片面再生後に機構が停止する設計とされており、当月の同社が高級自動蓄音機分野でも新フォーマット対応を進めていたことがわかります。

スーペリア・オートマティック・フォノグラフ

1932年1月の『Radio Retailing』では、スーペリア・オートマティック・フォノグラフ社(Superior Automatic Phonograph Company)が「King」と呼ばれる自動交換機構を備えた新型機を紹介していました。この機構は10インチ盤10枚を両面連続再生でき、レコードは立てて収納されるため反りや貼り付きが起こりにくいと説明されています。商業用のコイン作動型と家庭用型の二種が用意され、価格も従来機より引き下げられており、1932年1月の蓄音機市場では自動交換機構そのものもなお改良対象であり続けていたことが確認できます。