1932年3月に録音された音楽
1932年3月は、世界恐慌の長期化のなかで、政治体制の転換、社会不安の噴出、大規模公共事業の完成が同時に進んだ月でした。3月1日にはニュージャージー州ホープウェル近郊でチャールズ・オーガスタス・リンドバーグ(Charles Augustus Lindbergh, 1902–1974)の長男チャールズ・オーガスタス・リンドバーグ・ジュニア(Charles Augustus Lindbergh, Jr., 1930–1932)が誘拐され、国際的な報道事件となりました。3月6日にはジョン・フィリップ・スーザ(John Philip Sousa, 1854–1932)が死去し、アメリカ合衆国の吹奏楽文化を代表した時代の一つの節目となりました。3月7日にはミシガン州ディアボーンでフォード飢餓行進(Ford Hunger March)が流血の衝突に至り、失業と労働不安の深刻さが露呈しました。3月9日にはアイルランド自由国(Irish Free State)でエイモン・デ・ヴァレラ(Éamon de Valera, 1882–1975)が行政評議会議長に選出され、同日には満洲国(Manchukuo)で溥儀(Puyi, 1906–1967)が執政に就きました。さらに3月19日にはシドニー・ハーバー・ブリッジ(Sydney Harbour Bridge)が公式に開通し、恐慌期の公共事業と都市近代化を象徴する出来事となりました。
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1932年3月の録音に関する情報のまとめ
1932年3月の録音業界では、新譜の大量発売よりも、33 1/3回転の長時間盤と78回転盤をどう併売するか、また既存の受信機や蓄音機を二速度化して新しい再生需要をどう掘り起こすかが前面に出ていました。当月の業界誌では、アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)の二速度ラジオ・フォノグラフ、ストロンバーグ=カールソン電話製造社(Stromberg-Carlson Telephone Mfg. Co.)の自動交換式機、オペラジオ製造社(Operadio Manufacturing Co.)の外付け再生装置、ジェネラル・インダストリーズ社(General Industries Co.)の二速度モーターが並び、機械側の更新によってレコード販売を支える流れが明瞭でした。同時に、同月のレコード評では、ヴィクター(Victor)、コロムビア(Columbia)、ブランズウィック(Brunswick)、オーケー・レコード(Okeh Records)、さらに輸入盤のヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)やオデオン(Odeon)が現行盤を市場に送り出していたことも確認できます。
RCAヴィクター
1932年3月のアールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)は、二速度機構を核にした販売を強く押し出していました。『Radio Retailing』3月号では、RE-18を「two-speed turntable」付き、RE-19を「two speed phonograph」付きのラジオ・フォノグラフとして広告し、RE-20についても「Two-speed phonograph turn-table」と「Home Recording」を備えた上位機として訴求していました。さらに『The New Yorker』3月19日号では、既存のラジオや蓄音機を長時間盤対応にするための二速度モーター・アーム・ピックアップ一式が新発売品として紹介されており、当月の同社が新しい長時間盤の普及を機械販売と一体で進めていたことが分かります。市販盤では、ポール・ホワイトマン(Paul Whiteman, 1890–1967)のVictor 22885、ナット・シルクレット(Nat Shilkret, 1889–1982)のVictor 22925、エリオット・エヴェレット(Eliot Everett, 生没年不明)のVictor 22921が当月の現行盤として論じられ、3月26日号ではフェリックス・メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn, 1809–1847)の《イタリア》交響曲を収めたMusical Masterpieces Series M-119、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky, 1840–1893)の《1812年》序曲の7499–7500、レオポルト・ストコフスキー(Leopold Stokowski, 1882–1977)盤なども取り上げられていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Retailing/30s/Radio-Retailing-1932-03.pdf
- https://www.newyorker.com/magazine/1932/03/19/popular-records
- https://www.newyorker.com/magazine/1932/03/26/concert-music-records
コロムビア
コロムビア(Columbia)は、1932年3月の市場でポピュラー盤とクラシック盤の両方を継続して動かしていました。3月19日号の『The New Yorker』では、グリーニングズ・オーケストラ(Greening’s Orchestra, 生没年不明)によるColumbia 2617-D、ジャック・ペイン・アンド・ヒズ・ビー・ビー・シー・ダンス・オーケストラ(Jack Payne and His B.B.C. Dance Orchestra)によるColumbia 2603-D、クライド・マッコイ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Clyde McCoy and His Orchestra)によるColumbia 2597-Dが紹介されていました。さらに3月26日号では、メンデルスゾーンのMasterworks Set 167、クロード・ドビュッシー(Claude Debussy, 1862–1918)の《夜想曲》を収めたMasterworks Set 169、マヌエル・デ・ファリャ(Manuel de Falla, 1876–1946)の《恋は魔術師》17020-3-D、リヒャルト・ワーグナー(Richard Wagner, 1813–1883)関連の68023-D、エリーザベト・レートベルク(Elisabeth Rethberg, 1894–1976)のG-9050-Mなどが挙げられており、当月のコロムビアがダンス盤だけでなくアルバムものや声楽盤も堅実に供給していたことが確認できます。
- https://www.newyorker.com/magazine/1932/03/19/popular-records
- https://www.newyorker.com/magazine/1932/03/26/concert-music-records
ブランズウィック
ブランズウィック(Brunswick)も、1932年3月の同時代評で確実に市場流通を確認できます。3月19日号の『The New Yorker』では、ヴィクター・ヤング・アンド・ヒズ・オーケストラ(Victor Young and His Orchestra)によるBrunswick 6251と、ベニー・クルーガー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Bennie Krueger and His Orchestra)によるBrunswick 6246が取り上げられていました。どちらもダンス需要を意識した盤として扱われており、当月のブランズウィックが恐慌下でもポピュラー盤市場に確実に新味を供給していたことが分かります。
オーケー
オーケー・レコード(Okeh Records)についても、1932年3月の現行盤が複数確認できます。3月19日号の『The New Yorker』では、スキーター・スクート(Skeeter Skoot, 生没年不明)によるOkeh 41549、クローヴァーデール・カントリー・クラブ・オーケストラ(Cloverdale Country Club Orchestra, 生没年不明)によるOkeh 41551、ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・オーケストラ(Louis Armstrong and His Orchestra)によるOkeh 41552が紹介されていました。コミック色の強い盤、実用的なダンス盤、ホット盤が同じ月の評で並んでいることから、当月のオーケー・レコードは価格帯と内容の幅を保ちながら市場に存在感を持っていたといえます。
ストロンバーグ=カールソン
ストロンバーグ=カールソン社(Stromberg-Carlson Telephone Mfg. Co.)は、1932年3月号の『Radio Retailing』でModel 14-AXの新しいフォノグラフ機構を前面に出していました。紹介記事によれば、この機種は新しい10インチ33 1/3回転のプログラム・トランスクリプション盤を12枚自動で再生・交換でき、さらに10インチおよび12インチの78回転盤を混在で12枚扱うこともできました。長時間盤を単独商品として売るだけでなく、自動交換式の一体機で家庭内利用を広げようとする企業活動が、1932年3月にはすでに明確に現れています。
オペラジオ
オペラジオ社(Operadio Manufacturing Co.)は、1932年3月号の『Radio Retailing』で、ラジオ受信機やパワーアンプを通してレコードを再生するための持ち運び式装置を紹介していました。記事では、革張りケース内に電動フォノグラフ・モーター、ターンテーブル、電磁式ピックアップを収めた自己完結型ユニットで、数枚のレコードも収納できると説明されています。さらに高インピーダンス型・低インピーダンス型の両ピックアップに対応し、78回転用と33 1/3回転用の両仕様が用意されていました。当月の録音市場では、外付け装置によって既存のラジオ機器をレコード再生へ接続する方向も有力であったことが確認できます。
ジェネラル・インダストリーズ
ジェネラル・インダストリーズ社(General Industries Co.)は、1932年3月号の『Radio Retailing』で「Two-Speed Green Flyer Motor」を広告し、33 1/3回転と78回転の両速度に対応することを明示していました。広告文では、新しい長時間盤を実演した後に速度変更レバーで78回転盤へ切り替える販売話法まで示されており、二速度モーターそのものをレコード需要拡大の道具として売り込んでいました。価格も15ドルに設定されており、完全な買い替えではなく、比較的低価格の増設・改造によって録音市場を維持しようとする当月の業界動向をよく表しています。
ヒズ・マスターズ・ヴォイスとオデオン
1932年3月の同時代評では、輸入盤市場の動きも確認できます。3月12日号の『The New Yorker』では、リヒャルト・タウバー(Richard Tauber, 1891–1948)の英独語録音、オデオン(Odeon)4983および11508、グレタ・ケラー(Greta Keller, 1903–1977)のフィルモフォン(Filmophone)373、ジャン・ソルビエ(Jean Sorbier, 生没年不明)のコロムビア(Columbia)DF 456、レイ・ノーブル・アンド・ヒズ・ニュー・メイフェア・オーケストラ(Ray Noble and His New Mayfair Orchestra)のヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)B 6112とC 2342が紹介されていました。ニューヨークの同時代批評にこれだけ具体的な輸入盤番号が並ぶことは、1932年3月の市場が米国盤だけでなく、英独仏系の録音を継続的に受け入れていたことを示しています。
