1932年5月に録音された音楽
1932年5月は、大恐慌下の政治不安と社会不安が各地でいっそう明確になった月です。5月5日には上海停戦協定(Shanghai Ceasefire Agreement)が成立し、第一次上海事変(First Shanghai Incident)の戦闘は停戦段階に入りました。5月12日にはリンドバーグ愛児誘拐事件(Lindbergh kidnapping)でチャールズ・オーガスタス・リンドバーグ・ジュニア(Charles Augustus Lindbergh Jr., 1930–1932)の遺体が発見され、アメリカ合衆国社会に強い衝撃を与えました。日本では5月15日に犬養毅(1855–1932)が五・一五事件(May 15 Incident)で殺害され、政党政治の後退が決定的になりました。アメリカ合衆国では同月、失業した第一次世界大戦(World War I)退役軍人によるボーナス遠征軍(Bonus Expeditionary Forces)がワシントンへ集まり始め、不況下の抗議運動として注目を集めました。5月20日–21日にはアメリア・イアハート(Amelia Earhart, 1897–1937)が大西洋単独無着陸飛行を成功させ、5月30日にはハインリヒ・ブリューニング(Heinrich Brüning, 1885–1970)が退陣し、ヴァイマル共和政(Weimar Republic)の不安定さはさらに深まりました。
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1932年5月の録音に関する情報のまとめ
1932年5月の録音関連市場は、既存の標準盤と蓄音機の需要を保ちながら、長時間盤、家庭録音、ラジオ・フォノグラフ複合機、自動再生装置、交換用モーターへと販路を広げていたことが同時代業界誌から確認できます。コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Co., Inc.)は長時間盤「Ace」を押し出し、アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)は家庭録音を店頭集客策として前面に出し、スチュワート=ワーナー・ラジオ社(Stewart-Warner Radio Corp.)は自動反復再生付き複合機を提示し、オペラジオ製造社(Operadio Manufacturing Co.)とゼネラル・インダストリーズ社(General Industries Co.)は業務用・改造用の再生機器で市場を支えていました。1932年5月の録音産業は、新譜供給だけでなく、再生時間の延長、自動化、家庭内録音、既存機の改造需要までを含む広い商圏で動いていました。
コロムビア
コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Co., Inc.)は、標準蓄音機でアダプターなしに再生できる長時間盤「Ace」シリーズを告知しました。記事では、従来の標準盤よりほぼ倍の再生時間を持ち、最初の導入盤に『フェイス・ザ・ミュージック』(Face the Music)のメドレーを収め、価格は従来盤よりわずかに高い程度とされています。同じ5月号では、同社が5月23日–26日の無線製造業者協会(Radio Manufacturers Association)展示会で新しい組織体制と新製品群を前面に出していたこと、さらにピッツバーグ地区ではスーペリア・オート・アクセサリーズ社(Superior Auto Accessories Co.)が同社ラジオ製品を扱うことも確認できます。1932年5月のコロムビア・フォノグラフ社は、長時間盤の投入、販売網の整備、展示会での再出発告知を同時に進めていました。
アールシーエー・ヴィクター
アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)は、家庭録音を同月の重要販促項目として扱っていました。5月号広告では、『サタデー・イブニング・ポスト』(The Saturday Evening Post)1932年4月23日号裏表紙と連動した家庭録音広告が店頭送客に効果を上げ、ボルティモアの有力店では1日で100人以上を集めたとされています。さらに同社は新機種 RE-20 と家庭録音販促を結びつけ、複合機販売を含む三方向の利益を強調していました。1932年5月のアールシーエー・ヴィクター社では、録音を単なる付属機能ではなく、来店動機そのものとして活用していたことが分かります。
スチュワート=ワーナー
スチュワート=ワーナー・ラジオ社(Stewart-Warner Radio Corp.)は、新ラインの中でラジオ・フォノグラフ複合機を前面に出していました。誌面では、持ち運び可能なアームチェア型コンソールやデラックス・コンソールと並んで、自動のレコード反復再生装置と停止機構を備えた新しいラジオ・フォノグラフ複合機が紹介され、長波・短波受信を含む仕様で148.50ドルとされています。1932年5月の同社は、レコード再生をラジオ販売の付加機能ではなく、家庭娯楽機器全体の価値を高める要素として組み込んでいました。
オペラジオ
オペラジオ製造社(Operadio Manufacturing Co.)は、音響配給システム向けの携帯型自動蓄音機ユニットを新製品として告知しました。この装置は金属製の携帯ケースに収められ、10枚のレコードを両面連続で無人再生できるとされ、用途別に複数モデルが用意されていました。家庭用というより、店舗・施設・配給システム向けの半業務用・業務用需要を意識した商品であり、1932年5月の時点で自動再生装置市場がなお商品化されていたことを示しています。
ゼネラル・インダストリーズ
ゼネラル・インダストリーズ社(General Industries Co.)は、33 1/3回転の長時間盤と78回転の通常盤を切り替えて再生できる二速度の Model D Green Flyer Radio-Phonograph Motor を広告しました。12インチ・ターンテーブル、速度調整機構、速度切替部品を備え、自動停止は追加料金で付けられる構成で、価格は15.50ドルとされています。広告では、このモーターが長時間盤需要と通常盤需要の両方に対応し、既存機の改造販売とレコード販売を同時に生む商品として位置づけられていました。1932年5月の録音産業では、長時間盤の普及を完成品だけでなく改造用モーター市場も支えていたことが分かります。
