1932年10月に録音された音楽

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1932年10月に録音された音楽

1932年10月は、国際政治の再編と新しい輸送・大衆文化の広がりが同時に進んだ月でした。10月2日には、満洲事変を調査した国際連盟(League of Nations)のリットン調査団報告書が公表され、東アジアをめぐる国際協議が次の段階に入りました。同じ10月2日、ブラジルではサンパウロ側の敗北を確定させる休戦が成立し、立憲革命は終結しました。10月3日にはイラク王国(Kingdom of Iraq)が国際連盟(League of Nations)への加盟を認められ、委任統治の終了と独立国家としての地位が明確になりました。航空分野では、ジェハンギール・ラタンジー・ダーダーバーイ・タタ(Jehangir Ratanji Dadabhoy Tata, 1904–1993)が10月15日にカラチからボンベイへ最初の航空郵便飛行を行い、後のインド民間航空の起点を築きました。スポーツと大衆文化の面では、ベーブ・ルース(Babe Ruth, 1895–1948)が10月1日のワールドシリーズ第3戦で、いわゆる「コールド・ショット」として語り継がれる本塁打を放ち、月末の10月30日にはチリでアルトゥーロ・アレッサンドリ・パルマ(Arturo Alessandri Palma, 1868–1950)が大統領に選出され、数年続いた政治的混乱ののちに制度的な安定回復へ向かいました。

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1932年10月の録音に関する情報のまとめ

1932年10月の同時代業界誌を見ると、録音業界は単純な新譜発売だけでなく、公衆再生の権利管理、ラジオグラムや自動交換装置付き機器の販促、販売会社を通じた在庫拡充、そして廉価盤・普及盤の継続供給を同時に進めていました。アメリカ合衆国ではアールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)が旧録音の再商品化と電蓄販売を結び付け、イギリスではグラモフォン社(The Gramophone Co., Ltd.)のヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company, Ltd.)のコロムビア(Columbia)、ゾノフォン(Zonophone)を含む主要各社が、公衆再生をめぐる統制を強めながら秋商戦向けの機種と盤を押し出していました。

RCAヴィクター

アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)は、1932年10月号の『Radio Retailing』で、エンリコ・カルーソ(Enrico Caruso, 1873–1921)の旧マスターから声だけを活かし、新しい伴奏で再構成した新盤を大きく広告しました。誌面はこの盤をバイ・アコースティック方式のラジオ蓄音機販売と結び付けており、同月の同社が歴史的録音の再商品化を、家庭用再生機の販売促進に直結させていたことがわかります。さらに同号の商品記事では、RE-81 と RAE-84 が、家庭録音機能、長時間盤対応、自動レコード交換装置などを備えた新機種として紹介されていました。

ヒズ・マスターズ・ヴォイス

グラモフォン社(The Gramophone Co., Ltd.)のヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)は、1932年10月1日号の『The Broadcaster and Wireless Retailer』で、公衆再生に対する新しい警告文の中心として扱われていました。記事では、同社が著作権法とレコード製造に関わる特許を根拠として、私的演奏以外の使用を制限する立場を示したこと、また英国放送協会(British Broadcasting Corporation)とは別契約であること、教育目的と明示許可を得た拡声装置使用を例外としていることが説明されています。加えて、マンチェスター無線展では新シーズン向けのスーパーへテロダイン受信機、ラジオグラム、自動レコード交換機付き機種、ムービング・コイル・スピーカーを前面に出していました。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company, Ltd.)のコロムビア(Columbia)も、同じ警告記事のなかでヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)やゾノフォン(Zonophone)と並んで公衆再生制限の当事者として扱われていました。さらに10月号では、販売店支援策として R.A.F. と呼ばれる広告支援キャンペーンが紹介され、同社が全国紙・地方紙広告と店頭広告ブロックを組み合わせて秋の販売攻勢をかけていたことが確認できます。マンチェスター無線展でも、携帯型スーパーへテロダイン受信機、ラジオグラフ、上位型のスーパーへテロダイン機、新型のムービング・コイル・スピーカーなどを出品し、再生機と販売促進を一体で進めていました。

パーロフォン

パーロフォン(Parlophone)の10月号紹介では、パトリシア・ロスボロー(Patricia Rossborough, 生没年不明)の「Home Sweet Home」、ダイナ・ブルック(Dinah Brook, 生没年不明)の流行歌盤、ハリー・ロイ・アンド・ヒズ・ルコリアンズ(Harry Roy and His Rkolians)の新しいフォックストロット盤などが、当月の有力発売盤として取り上げられていました。記事は、ピアノ独奏盤、歌もの、ダンス盤、異国趣味のシリーズ盤を同時に並べており、1932年10月のパーロフォン(Parlophone)が単一ジャンルではなく、家庭用・社交用・趣味的需要をまたぐ幅広い商品構成を取っていたことを示しています。

クリスタレート

クリスタレート・グラモフォン・レコード・マニュファクチャリング社(The Crystalate Gramophone Record Manufacturing Co., Ltd.)は、同号冒頭でブロードキャスト(Broadcast)10インチ盤を広告し、ロイ・ヘンダーソン(Roy Henderson, 1899–1969)、ジャック・ペイン・アンド・ヒズ・バンド(Jack Payne and His Band)、サンディ・パウエル(Sandy Powell, 1900–1982)らの盤を売り出していました。さらに公衆再生をめぐる記事では、同社が他社と歩調を合わせつつ、公衆でのレコード再生には料金徴収が行われる可能性を示唆していました。したがって1932年10月の同社は、廉価・普及盤の供給と、使用権管理の制度化の両面で動いていたことが確認できます。

デッカ

デッカ・レコード社(The Decca Record Co., Ltd.)のデッカ・レコード(Decca Records)は、1932年10月1日号で、販売会社ナショナル・ラジオ・ディストリビューターズ(The National Radio Distributors)を通じて在庫注文の獲得を進めていました。広告はバーミンガムの本拠とノッティンガムの拠点を明示し、販売店に在庫注文を送るよう直接呼びかけています。この月の資料上では、同社の録音内容よりも、むしろ地域流通網を通じた供給体制の整備が前面に出ており、1932年10月のデッカ・レコード(Decca Records)が販路拡張を重視していたことが読み取れます。

エジソン・ベル

エジソン・ベル(Edison Bell)は、10月号の試験報告で “Edison Bell Superhet Five” が詳細に紹介されていました。記事は、研磨されたウォルナット仕上げのキャビネット、独特のダイヤル、同社製の励磁型ムービング・コイル・スピーカー、5球スーパーへテロダイン回路、受信性能と音質を具体的に論じ、総合的に高い評価を与えています。さらに同じ公衆再生記事では、レコード製造会社間で方針を定める協定がすでに結ばれていると同社が述べており、この月のエジソン・ベル(Edison Bell)は、再生機販売とレコード利用統制の双方に関与していました。

ホモフォン

ホモフォン社(The Homophone Co.)については、1932年10月1日号の公衆再生記事のなかで、「大小を問わずすべてのメーカーがこの動きに関心を持っている」と述べたことが確認できます。単独の新譜広告や機種紹介はこの号では目立ちませんが、主要各社が進めた公衆再生の統制方針に同社も参加していたことは明確で、月内の企業活動としては権利処理側の動きが中心でした。