1932年9月に録音された音楽
1932年9月は、政治秩序の再編と科学技術の前進が同時に進んだ月でした。南米では9月初頭にレティシア紛争(Leticia dispute)が表面化し、コロンビア共和国(Republic of Colombia)とペルー共和国(Republic of Peru)の対立が国際問題化しました。ドイツでは9月4日の緊急令と9月12日の国会(Reichstag)解散が、フランツ・フォン・パーペン(Franz von Papen, 1879–1969)内閣の不安定さをいっそう際立たせました。インドではモーハンダース・カラムチャンド・ガンディー(Mohandas Karamchand Gandhi, 1869–1948)の断食を背景に、9月24日にプーナ協定(Poona Pact)が成立し、ビームラーオー・ラームジー・アンベードカル(Bhimrao Ramji Ambedkar, 1891–1956)らとの政治的妥協が成立しました。中東ではアブドゥルアズィーズ・イブン・サウード(Abdulaziz ibn Saud, 1875–1953)の統治下で9月23日にサウジアラビア王国(Kingdom of Saudi Arabia)が成立しました。科学技術面では、ジェームズ・ハロルド・ドゥーリトル(James Harold Doolittle, 1896–1993)が9月3日に新たな速度記録を示し、カール・デイヴィッド・アンダーソン(Carl David Anderson, 1905–1991)は9月9日付の学術誌で陽電子の存在を示す観測を公表しました。
この月の確認されている録音:0曲
1932年9月の録音に関する情報のまとめ
1932年9月の録音界では、当月の同時代資料で直接確認できる動きとして、アール・シー・エー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)の団体向け特注録音盤事業、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Co., Inc.)の9月15日盤・9月30日盤の連続投入、そしてオーストラリアのW・H・ペイリング社(W. H. Paling and Co., Ltd.)による輸入盤販売と中古機併売が確認できます。さらにオーストラリアでは、9月10日に放送局2UWがマグナグラフ(Magnagraph)による録音再生の実験放送を告知しており、1932年9月が単なる新譜流通だけでなく、録音再生技術の実演にも使われていたことが分かります。
アール・シー・エー・ヴィクター
1932年9月6日付の『Variety』では、アール・シー・エー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)が、コロンバス騎士会(Knights of Columbus)の60周年記念放送で行われたマーティン・H・カーモディー(Martin H. Carmody, 1873–1950)の演説を両面盤として販売し、新しい収益分野を開いていることが報じられています。1932年9月の同社は一般向け流行盤だけでなく、団体・組織向けの特注的な録音盤を販売対象に組み込み、レコード事業の裾野を広げていました。
- https://archive.org/stream/variety107-1932-09/variety107-1932-09_djvu.txt
- https://archive.org/download/variety107-1932-09/variety107-1932-09.pdf
コロムビア
1932年10月号の業界誌『Radio Retailing』掲載広告では、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Co., Inc.)が9月15日発売盤として、ルディ・ヴァリー・アンド・ヒズ・コネティカット・ヤンキーズ(Rudy Vallée and His Connecticut Yankees)の Columbia 2700-D、ハリー・リッチマン(Harry Richman, 1895–1972)の Columbia 2701-D、フランシス・ラングフォード・アンド・ザ・フォー・ニュー・ヨーカーズ(Frances Langford and the Four New Yorkers)の Columbia 2696-D を掲げていました。さらに同じ広告では、9月30日発売盤としてルディ・ヴァリー・アンド・ヒズ・コネティカット・ヤンキーズ(Rudy Vallée and His Connecticut Yankees)の Columbia 2702-D を示し、ジョー・ヘイムズ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Joe Haymes and His Orchestra)、フレディ・マーティン・アンド・ヒズ・マリーン・ルーフ・オーケストラ(Freddy Martin and his Marine Roof Orchestra)、ザ・スリー・キーズ(The Three Keys)も新顔として告知していました。1932年9月の同社は、ラジオと劇場で人気を得た歌手を短い発売間隔でレコード化し、店頭へ連続投入する販売戦略を明確に進めていました。
W・H・ペイリング
1932年9月6日付『The Sydney Morning Herald』広告では、W・H・ペイリング社(W. H. Paling and Co., Ltd.)が、ヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)盤としてジョン・ブラウンリー(John Brownlee, 1900–1969)の HMV D2024、ルイス・キャッソン(Lewis Casson, 1875–1969)出演の HMV C1991 を掲げ、あわせてコロムビア盤も店頭で訴求していました。同じ広告には中古のヒズ・マスターズ・ヴォイス製オーソフォニック機の販売も見え、1932年9月の同社が輸入盤販売と中古蓄音機の回転を同時に進めていたことが分かります。
放送局2UW
1932年9月10日付のシドニー紙広告では、放送局2UWが、マグナグラフ(Magnagraph)を「sound recording and reproduction」の最新技術として掲げ、ロサンゼルスオリンピックに参加したオーストラリア選手団のメッセージを同日夜に放送すると予告していました。ここではクレア・デニス(Claire Dennis, 1916–1971)、ボニー・ミーリング(Bonnie Mealing, 1912–2002)、フランシス・ボールト(Frances Boult, 1910–2000)、ボーイ・チャールトン(Boy Charlton, 1907–1975)、ノエル・ライアン(Noel Ryan, 1912–1977)、ダンカン・グレイ(Duncan Gray, 1906–1996)、ジョージ・ゴールディング(George Golding, 1906–1964)、ボビー・ピアース(Bobby Pearce, 1905–1976)、エディ・スカーフ(Eddie Scarf, 1908–1983)、ジム・イヴ(Jim Eve, 1891–1970)らの名が列挙されており、1932年9月にはレコード会社以外でも録音再生技術そのものが話題化されていたことが読み取れます。
