1933年4月に録音された音楽

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1933年4月に録音された音楽

1933年4月は、排除政治の制度化、経済非常措置の拡大、航空技術の前進と大事故が同時に進んだ月でした。4月1日にはドイツでユダヤ人経営商店への全国的ボイコットが実施され、同日にはインド空軍(Indian Air Force)の最初の飛行部隊が発足しました。4月3日にはヒューストン=エヴェレスト飛行遠征によってエヴェレスト(Mount Everest)上空の初飛行が達成され、4月4日にはアメリカ合衆国海軍(United States Navy)の飛行船アクロン(USS Akron, ZRS-4)がニュージャージー沖で墜落しました。アメリカ合衆国では4月5日にフランクリン・D・ルーズベルト(Franklin D. Roosevelt, 1882–1945)政権が市民保全部隊(Civilian Conservation Corps)の枠組みを定め、同日に金貨・金地金・金証券の退蔵禁止も命じました。さらに4月7日にはクレン=ハリソン法(Cullen–Harrison Act)が施行され、一定度数以下のビールとワインの販売が再び合法化され、4月20日には金本位制停止が正式に打ち出されました。政治・経済・技術・大衆生活の変化が、同じ月の中で急速に可視化した時期でした。

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1933年4月の録音に関する情報のまとめ

1933年4月の同時代業界誌を通して見ると、録音業界は新譜供給だけでなく、会社役員の改選、販売地域の再編、アルバム商品の拡張、自動レコード・チェンジャーや既存機改造器具の売り込み、さらにその場で盤に刻む即時録音装置の営業まで、複数の層で動いていました。アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)とコロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)では経営と販売の整理が見え、ブランズウィック(Brunswick)ではアルバム商品と単売盤の両建てが進んでいました。流通面ではイースタン・ラジオ社(Eastern Radio Co.)のような地域販売会社が動き、機器面ではエレクトロマティック・レコード・チェンジャー社(Electromatic Record Changer Corp.)、ニュー・エラ・スペシャルティーズ社(New Era Specialties Corporation)、パッカード・マニュファクチャリング社(Packard Mfg. Corp.)が、既設機の延命や盤種転換への対応を前面に出していました。1933年4月は、盤そのものと、それを売る網と、それを鳴らす装置が同時に組み替えられていた月でした。

アールシーエー・ヴィクター

『Radio Retailing』1933年4月号では、アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)の社長交代が4月1日付で発効したことが報じられています。同号のレコード欄では、エディ・デューチン(Eddy Duchin, 1909–1951)がブランズウィック(Brunswick)を離れてヴィクターで新録音を行ったと紹介されており、1933年4月の同社が、経営再編と人気ダンス楽団の新規録音投入を並行して進めていたことが確認できます。

コロムビア

『Radio Retailing』1933年4月号では、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)で新役員が選出され、旧経営陣の辞任が受理されたことが報じられています。同じ号のレコード評では、マスターワーク・レコード(Masterwork Records)とセレブリティ・レコード(Celebrity Records)が値下げ後の訴求商品として扱われており、4月の同社は経営体制の立て直しと価格訴求を同時に進めていました。

ブランズウィック

ブランズウィック(Brunswick)は、先行する『ショウ・ボート』(Show Boat)アルバムの成果を受けて、1933年4月号で六枚組アルバム『ブラックバーズ』(Blackbirds)を新しい売り物として押し出していました。記事では、ビル・ロビンソン(Bill Robinson, 1878–1949)、デューク・エリントン(Duke Ellington, 1899–1974)、エセル・ウォーターズ(Ethel Waters, 1896–1977)、アデレイド・ホール(Adelaide Hall, 1901–1993)、ミルズ・ブラザーズ(The Mills Brothers)、キャブ・キャロウェイ(Cab Calloway, 1907–1994)、ドン・レッドマン(Don Redman, 1900–1964)らをそろえた企画であることが強調され、全体監督はヴィクター・ヤング(Victor Young, 1900–1956)が務めていました。さらに同月の新譜欄では通常盤も並行して紹介されており、アルバム商品と単売盤を併用する販売戦略が見えます。

イースタン・ラジオ社

『Radio Merchant』1933年4月号では、イースタン・ラジオ社(Eastern Radio Co.)が新設され、アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)のラジオ、レコード、ラジオトロン球の販売権を東部マサチューセッツ、ニューハンプシャー南部、メイン、ロードアイランドで取得したと報じられています。1933年4月の録音産業が、盤の制作だけでなく、地域販売権の再編によっても支えられていたことを示す事例です。

エレクトロマティック・レコード・チェンジャー社

エレクトロマティック・レコード・チェンジャー社(Electromatic Record Changer Corp.)は、販売店が自社ラジオを組み込める六種のキャビネットを1933年4月号で告知していました。そこに搭載された自動チェンジャーは、10インチ盤10枚の自動交換、10インチ盤と12インチ盤の反復再生、さらに78回転盤と33 1/3回転盤の双方への対応をうたっていました。4月時点で、既存盤と長時間盤の併存を前提にした再生機器の営業がすでに前面化していたことが確認できます。

ニュー・エラ・スペシャルティーズ社

ニュー・エラ・スペシャルティーズ社(New Era Specialties Corporation)は、1933年4月号広告で改造器具 DISKADAPT を売り出していました。この器具は、旧来の78回転盤と新しい33 1/3回転盤の双方を既存の電気蓄音機で再生できることを売りにしており、「旧機種を買い替えではなく改造で延命する」という市場志向が明瞭に表れています。盤種転換期の需要を直接狙った商品として重要です。

パッカード

パッカード・マニュファクチャリング社(Packard Mfg. Corp.)は、1933年4月号広告で Homer Capehart による Packard Record Changer を「最も簡単で、最も低価格で、旧式機を近代化する装置」として掲げていました。広告ベースの確認ではありますが、既設の蓄音機や関連機器を入れ替えずに近代化する需要を狙う周辺機器市場が、この時点で明確に形成されていたことがわかります。

プレミア・レコーディング・スタジオ社

プレミア・レコーディング・スタジオ社(Premier Recording Studios, Inc.)は、1933年4月号で、ラジオ番組、講演、演奏、マイク入力音声をその場で盤へ録音し、既存レコードの再生や複製にも使える装置を紹介していました。記事では携帯型とコンソール型の二種が示され、さらにスタジオ設備、放送局からの直結線設置交渉、アーティスト・サービス部門の構想まで報じられており、同社が単なる機械販売ではなく、録音サービス事業として動き始めていたことが確認できます。

テレフンケン・レコード

テレフンケン・レコード(Telefunken Records)は、1933年4月号広告で、ドイツの酒場歌、民俗音楽、ジプシー旋律、クラシック作品を含む輸入盤として米国市場に紹介され、「毎月新録音が出る」と告知されていました。この広告だけでは原盤制作体制の詳細までは確定できませんが、1933年4月のアメリカ市場で、海外録音盤の継続供給が商材として意識されていたことは明らかです。