1933年1月に録音された音楽

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1933年1月に録音された音楽

1933年1月は、東アジアと欧州で政治と軍事の緊張がさらに高まり、同時に制度改革と大型公共事業も進んだ月でした。中国では1月1日夜から3日にかけて日本軍が山海関を攻撃・占領し、満洲事変後の危機が華北へいっそう広がりました。アメリカ合衆国では1月5日にゴールデン・ゲート橋(Golden Gate Bridge)の建設が始まり、1月23日にはアメリカ合衆国憲法修正第20条(Twentieth Amendment to the United States Constitution)が批准されて、大統領と連邦議会の任期開始日程が改められました。ドイツでは1月30日にパウル・フォン・ヒンデンブルク(Paul von Hindenburg, 1847–1934)がアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler, 1889–1945)を首相に任命し、政治秩序が大きく転換しました。月末の1月31日には、1932年のノーベル文学賞受賞者ジョン・ゴールズワージー(John Galsworthy, 1867–1933)が死去しました。

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1933年1月の録音に関する情報のまとめ

1933年1月の録音業界では、アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)、ブランズウィック・レコード社(Brunswick Record Corporation)が新譜、高級盤、総合カタログの整備を進める一方で、ケープハート社(Capehart Corp.)やオーダック社(The Audak Company)のような再生機器・付属装置の側でも、長時間盤や自動連続再生を支える商品が前面に出ていました。恐慌下でも、録音物そのものと、その再生環境の双方を改良しながら需要をつなぎとめようとする姿勢が、この月の同時代業界誌からはっきり読み取れます。

RCAヴィクター

アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)では、1933年1月に新しい総合レコード・カタログが刊行され、1930年版以後のレッド・シール盤とスタンダード盤を整理したうえで、発売予定盤を “in preparation” として先行案内する方式が採られていました。これにより販売店は発売前注文を取りやすくなり、購入者も今後の録音計画を見通せる構成になっていました。同月の業界誌は、フィラデルフィア管弦楽団(The Philadelphia Orchestra)の新録音、とくにレオポルド・ストコフスキー(Leopold Stokowski, 1882–1977)に関わる長時間盤や、ジャン・シベリウス(Jean Sibelius, 1865–1957)の交響曲第4番、さらにリヒャルト・ワーグナー(Richard Wagner, 1813–1883)の《トリスタンとイゾルデ》を素材にした録音の再生品質向上を強調していました。また、『ザ・デュバリー』(The Dubarry)からはグレース・ムーア(Grace Moore, 1898–1947)とリチャード・クルックス(Richard Crooks, 1900–1972)による10インチ盤、ナット・シルクレット(Nat Shilkret, 1889–1982)指揮による楽曲録音が紹介され、同社が舞台音楽の新録音も並行して押し出していたことが分かります。さらに長時間盤需要の高まりに対応して、ヴィクターの二速ターンテーブルが複数形式で用意されていたことも記されており、録音物と再生機構を一体で販売する姿勢が鮮明です。

コロムビア

コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)では、ヨーゼフ・シゲティ(Joseph Szigeti, 1892–1973)独奏、ブルーノ・ワルター(Bruno Walter, 1876–1962)指揮によるベートーヴェンの《ヴァイオリン協奏曲》(Violin Concerto)のマスターワーク盤が強く推されていました。記事は新しいロイヤル・ブルー素材(Royal Blue material)によって表面雑音が大きく抑えられたと説明しており、高級クラシック盤の音質改善を販売上の主力に据えていたことが分かります。その一方で、ルディ・ヴァリー(Rudy Vallée, 1901–1986)、ベン・セルヴィン(Ben Selvin, 1898–1980)、フランク・トランバウアー(Frank Trumbauer, 1901–1956)、フレッチャー・ヘンダーソン(Fletcher Henderson, 1897–1952)のダンス・オーケストラ盤も同時に案内されており、クラシック高級盤と大衆向けダンス盤を同じ月に並行して売る構成がはっきりしています。

ブランズウィック

ブランズウィック・レコード社(Brunswick Record Corporation)では、エセル・マーマン(Ethel Merman, 1908–1984)とアル・ジョルソン(Al Jolson, 1886–1950)が新たに契約し、近く一連の録音が発売されることが1933年1月号で告知されていました。さらに同号では、オジー・ネルソン(Ozzie Nelson, 1906–1975)による No. 6447、エディ・デューチン(Eddy Duchin, 1909–1951)による『ナイト・アンド・デイ』(Night and Day)の No. 6445、キャブ・キャロウェイ(Cab Calloway, 1907–1994)による No. 6450 が具体的な有力盤として示されており、同社が舞台・映画由来の話題曲、ホテル・ダンス・オーケストラ、ハーレム由来の人気盤を同時に市場へ送り出していたことが確認できます。1933年1月の段階で、同社は新契約スターの話題性と既発売盤の即売力を組み合わせて販促していました。

ケープハート

ケープハート社(Capehart Corp.)では、シャトー404-A型(Chateau Model 404-A)が新製品として紹介されていました。この機種はデラックス400シリーズ(DeLuxe 400 series)の一員として位置づけられ、10インチ盤と12インチ盤を混在させた3枚から22枚までのレコードを自動で処理し、各盤の両面を連続再生できる自動レコード・チェンジャーを備えていました。1933年1月の時点で、同社が単なる蓄音機ではなく、長時間の連続再生と高級家具的な存在感を兼ねたラジオ・フォノグラフ一体機を前面に出していたことは明らかです。録音物の消費を支える機械側の革新として、この動きは同月の業界動向の中でも重要でした。

オーダック

オーダック社(The Audak Company)について、1933年1月号の業界誌は、長時間盤の需要が二速ターンテーブルの普及によって伸びている流れの中で、オーダックのデュオ・ディスク(Audak Duo-Disc)を、機種やメーカーを問わず各種モーターに適合できる装置として高く評価していました。これはレコード会社そのものの動きではありませんが、1933年1月の録音業界が、長時間盤の販売を支える再生補助機器にも力点を置いていたことを示す重要な例です。レコード販売の拡張が、録音そのものだけでなく再生方式の改良と一体で進んでいたことが読み取れます。