1933年7月に録音された音楽
1933年6月は、世界恐慌への制度対応と大衆文化の変化、さらに政治的暴力の拡大が同時に進んだ月でした。アメリカ合衆国では6月5日に金条項を無効化する共同決議が成立し、6月13日には住宅所有者貸付法(Home Owners’ Loan Act of 1933)、6月16日には全国産業復興法(National Industrial Recovery Act)と1933年銀行法(Banking Act of 1933)が相次いで成立しました。国際面では6月12日にロンドン通貨経済会議(London Monetary and Economic Conference)が開幕し、通貨安定と貿易回復が主要議題となりました。文化面では6月6日にニュージャージー州ペンサウケン(Pennsauken)で世界初のドライブイン映画館が開業しました。一方、社会と政治の面では、6月17日のカンザスシティ虐殺事件(Kansas City Massacre)がアメリカ合衆国の治安不安を象徴し、6月下旬のケーペニック血の週(Köpenicker Blutwoche)はベルリンにおける初期ナチズムの暴力を強く印象づけました。
この月の確認されている録音:0曲
1933年7月の録音に関する情報のまとめ
1933年7月は、世界恐慌の長期化のなかで、政治秩序と大衆文化の両方に大きな動きが見られた月でした。ロンドン通貨経済会議(Monetary and Economic Conference, London)は7月27日まで続きましたが、通貨安定と貿易回復をめぐる合意形成はまとまらず、国際協調の弱さが改めて露わになりました。ドイツでは7月14日に新党結成禁止法(Law against the Founding of New Parties)が制定され、国家の一党支配が法的に固定されました。同じ日に遺伝病子孫防止法(Law for the Prevention of Offspring with Hereditary Diseases)も制定され、強制不妊政策の制度化が進みました。さらに7月20日にはドイツ国(German Reich)とローマ教皇庁(Holy See)の間でライヒ協約(Reich Concordat)が調印されました。一方で、7月6日にはシカゴでメジャーリーグベースボール・オールスター戦(Major League Baseball All-Star Game)の第1回大会が開かれ、7月15日にはイタロ・バルボ(Italo Balbo, 1896–1940)率いる大編隊飛行がシカゴに到着し、7月22日にはワイリー・ポスト(Wiley Post, 1898–1935)が単独世界一周飛行を達成しました。政治と技術、大衆娯楽が同時に強い存在感を示した月だったといえます。
1933年7月の録音業界では、レコード会社各社が単なる新譜供給にとどまらず、ラジオ・フォノグラフ一体型商品の販促、営業体制の再編、高級機種を軸にした販売網の再構築を進めていました。同月の業界誌では、アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)がヴィクター・レコード(Victor Records)と機械販売を一体で押し出し、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)が販売部門を改組し、パン=ハーモニック社(Pan-Harmonic Corporation)が継続的な新譜供給を売り物に市場参入を図り、エマソン・ラジオ・アンド・フォノグラフ社(Emerson Radio & Phonograph Corporation)が蓄音機系統を含む商品展開を続けていたことが確認できます。不況下でも、録音関連商品の売り方と流通の仕組みを立て直そうとする動きが目立った月でした。
アールシーエー・ヴィクター
アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)は、1933年7月号の業界誌で、自動車用受信機、携帯型受信機、ラジオ・フォノグラフ一体機を組み合わせた夏季販促を大きく展開していました。誌面では、RE-40のラジオ・フォノグラフとヴィクター・レコード(Victor Records)を同時に売る「2 in One Music」が前面に出され、同社自身がヴィクター・レコードの動きが目立って回復したと述べています。1933年7月の同社は、機械販売の成功をそのままレコード販売の増加へ結びつけようとしていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Retailing/30s/Radio-Retailing-1933-07.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Merchant/Radio-Merchant-1933-08.pdf
コロムビア
コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)では、社長ジョン・F・ディッツェル(John F. Ditzell, 生没年不明)が、イー・エフ・スティーヴンス・ジュニア(E. F. Stevens, Jr., 生没年不明)をゼネラル・セールス・マネージャーに任命したことが1933年7月号の業界誌で報じられています。イー・エフ・スティーヴンス・ジュニア(E. F. Stevens, Jr., 生没年不明)は、それ以前にブランズウィック・レコード社(Brunswick Record Corporation)の販売部門にいた人物でした。あわせて、ジョン・F・ディッツェル(John F. Ditzell, 生没年不明)は、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)の全面的再編と、レコードの製造・流通における積極策を公表しており、1933年7月が同社の販売体制の転換点だったことがわかります。
パン=ハーモニック
パン=ハーモニック社(Pan-Harmonic Corporation)は、1933年7月号の業界誌で新設企業として紹介されています。設立を主導したエイチ・カーティス・アボット(H. Curtiss Abbott, 生没年不明)は、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)の元販売責任者で、新会社は40ドルから500ドルの高級機種とコンビネーション機を扱い、販売店との直接取引、販売店保護、顧客への新レコード月次自動供給を三本柱に掲げていました。翌月の業界誌でも、この方針に対して各地の音楽商から反応が集まり、同社が大量生産や大量流通ではなく、選別した音楽商向けの販売を重視していたことが詳しく語られています。1933年7月の参入は、録音関連機器と新譜供給を一体で設計した販売モデルの提示でもありました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Retailing/30s/Radio-Retailing-1933-07.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Merchant/Radio-Merchant-1933-08.pdf
エマソン
エマソン・ラジオ・アンド・フォノグラフ社(Emerson Radio & Phonograph Corporation)も、1933年7月号の業界誌で活動を確認できます。同誌では、同社の小型機種に短波受信機能を追加した改良と、新しい自動車・モーターボート兼用受信機の投入が紹介されていました。1933年7月の同社は、レコード製造そのものではなく、蓄音機系統を含む家庭用・携帯用・車載用商品の広がりによって録音関連市場に関わっており、小型機と新用途機器の販売拡大を進めていたことがわかります。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Retailing/30s/Radio-Retailing-1933-07.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Retailing/30s/Radio-Retailing-1933-05.pdf
