1933年9月に録音された音楽

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1933年9月に録音された音楽

1933年9月の世界は、政変、経済統制、文化統制、技術と娯楽の大衆化が同時進行した月でした。キューバ共和国では9月4日–5日の軍曹反乱でカルロス・マヌエル・デ・セスペデス・イ・ケサーダ(Carlos Manuel de Céspedes y Quesada, 1871–1939)の政権が崩れ、フルヘンシオ・バティスタ(Fulgencio Batista, 1901–1973)が台頭しました。アメリカ合衆国では9月11日に石油行政委員会(Petroleum Administrative Board)が設置され、ニューディール政策下の産業統制がさらに具体化しました。ドイツ国では9月10日にライヒスコンコルダート(Reichskonkordat)が発効し、9月22日には帝国文化院法(Reichskulturkammergesetz)が公布されて文化・出版・音楽・映画などの統制が制度化されました。さらに9月23日にはフランクフルト・アム・マイン–ダルムシュタット間の帝国高速道路(Reichsautobahn)の着工式が行われ、失業対策と国家宣伝を結びつけた公共事業が大きく演出されました。文化・娯楽の面では、9月10日にシカゴでイースト・ウエスト・オールスター・ゲーム(East–West All-Star Game)が初開催され、同市では会期中のア・センチュリー・オブ・プログレス国際博覧会(A Century of Progress, International Exposition, 1933–34)が、近代住宅、空調、家電、工業材料を未来像として示し続けていました。1933年9月は、不況下の不安と国家主導の再編が、政治・経済・文化・技術の各分野で同時に可視化された月でした。

この月の確認されている録音:0曲

1933年9月の録音に関する情報のまとめ

1933年9月の録音関連業界では、アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)、アメリカン・レコード社(American Record Corporation)、デッカ・レコード社(The Decca Record Company Limited)、グラモフォン社(The Gramophone Co., Ltd.)の活動を当月資料上で確認できます。アメリカでは実録音日が複数残っており、スペイン語盤、イタリア語盤、廉価流通盤を含む録音が続いていました。同時に、業界誌ではダンス盤、名流盤、ラジオ・グラモフォン複合商品の販促が行われており、録音制作と販売政策が並行して動いていたことが読み取れます。

アールシーエー・ヴィクター

1933年9月のアールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)では、ラテン・アメリカ向け録音を含む実録音が確認できます。ディスコグラフィ・オブ・アメリカン・ヒストリカル・レコーディングズ(Discography of American Historical Recordings)では、1933年9月8日にヴィクター(Victor)BS-77635「No sé porqué」とBS-77636「Cuando no estás」が、マヌエル・ベラスケス・オーケストラ(Manuel Velazquez Orchestra)で記録されています。さらに1933年9月30日付の一覧には、ヴィクター(Victor)BAVE-74310「Plegaria」とBAVE-74311「Canto siboney」が見え、月末にも録音活動が継続していました。1933年9月のアールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)は、国内大衆市場だけでなく、スペイン語圏向け供給も続けていたことが分かります。

コロムビア

1933年9月のコロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)では、販売促進と外国語盤供給の両方が確認できます。『Radio Retailing』1933年9月号には、ロイヤル・ブルー(Royal Blue)のダンス盤とマスターワークス(Masterworks)を前面に出した販売訴求が載っており、同社が若年層向けと愛好家向けを分けて売っていたことが読み取れます。録音面では、1933年9月のコロムビア(Columbia)W113757「Ucelli di primavera」が確認でき、コロムビア14797-Fとしてイタリア市場向けに発行されていました。1933年9月のコロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)は、当月の販促資料と実録音の両面から活動が確認できます。

アメリカン・レコード

1933年9月のアメリカン・レコード社(American Record Corporation)では、廉価流通向けの実録音が確認できます。ディスコグラフィ・オブ・アメリカン・ヒストリカル・レコーディングズ(Discography of American Historical Recordings)のロメオ2137の項目には、ARC 14018「Thanks」が1933年9月15日、ARC 14019「Shanghai Lil」が1933年9月16日録音として示されています。アメリカン・レコード社(American Record Corporation)は1930年代の主要廉価レーベル群を束ねた会社であり、この月も系列盤への供給を続けていました。1933年9月の時点で、廉価盤市場が独立した録音需要を維持していたことが、この一例からも分かります。

ブランズウィック

1933年9月のアメリカン・レコード社(American Record Corporation)のブランズウィック(Brunswick)についても、実活動が確認できます。ディスコグラフィ・オブ・アメリカン・ヒストリカル・レコーディングズ(Discography of American Historical Recordings)の1933年9月30日付一覧には、ブランズウィック(Brunswick)TO1330が掲載されており、同月末にもブランズウィック銘柄の録音番号が動いていました。公開断片では曲名と演奏者名は確認できませんが、1933年9月末の時点でブランズウィック(Brunswick)の録音活動自体は確認できます。

デッカ

1933年9月のデッカ・レコード社(The Decca Record Company Limited)では、ダンス・バンド物と軍楽隊物の双方が確認できます。1933年9月16日付の一覧には、デッカ(Decca)TB 1076「Black and blue rhythm」とTB 1077「Some of these days」が、ジャック・ヒルトン・オーケストラ(Jack Hylton Orchestra)で記録されています。さらにデッカ436の項目には、1933年9月録音としてバンド・オブ・ザ・グレナディア・ガーズ(Band of the Grenadier Guards)による「Jolly fellows waltz」が確認できます。1933年9月のデッカ・レコード社(The Decca Record Company Limited)は、娯楽向けのダンス盤と儀礼・吹奏楽向けの盤を並行して制作していました。

ヒズ・マスターズ・ヴォイス

1933年9月のグラモフォン社(The Gramophone Co., Ltd.)のヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)では、販売活動と録音活動の双方が確認できます。1933年9月9日付の英国誌には、「True to Life Radio & Radio Gramophones」としてヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)の広告が載っており、レコードと再生機を一体で売る販路がこの時期にも維持されていました。録音面では、グラモフォン(Gramophone)0W1944「Cartulina ‘e Napule」が、ギルダ・ミニョネッテ(Gilda Mignonette, 1890–1953)とエルネスト・タリアフェッリ(Ernesto Tagliaferri, 1889–1937)による盤として、1933年8月または9月録音で確認できます。1933年9月30日付の一覧にも同じ0W1944が見えるため、少なくとも9月末時点でこの系統の録音が現れていたことは確かです。ただし録音月は8月または9月とされており、9月内の厳密な録音日までは確定できません。