1934年4月に録音された音楽

この記事は約7分で読めます。
スポンサーリンク

1934年4月に録音された音楽

1934年4月は、政治、社会、科学、大衆文化の各分野で新しい局面がいくつも現れた月でした。4月1日にはローマで教皇ピウス11世がヨハネ・ボスコ(John Bosco, 1815–1888)を列聖し、カトリック世界の大きな行事となりました。アメリカ合衆国では4月12日にトレドでエレクトリック・オートライト社(Electric Auto-Lite Company)の争議が始まり、不況下の労働問題が深刻化しました。同じ4月12日にはマウント・ワシントン天文台(Mount Washington Observatory)が時速231マイルの風速を観測し、当時の世界記録となりました。4月13日にはアメリカ合衆国で、対米債務不履行国との金融取引を禁じる法律が成立し、国際金融秩序への介入が強まりました。オーストリアでは4月24日に新憲法が緊急命令として示され、4月30日に旧国民議会で承認されて、権威主義的な連邦国家体制への移行が明確になりました。放送文化では、ニューヨークのWHNで4月にメージャー・ボウズのオリジナル・アマチュア・アワー(Major Bowes’ Original Amateur Hour)の放送が始まり、視聴者参加型の娯楽番組が不況期の大衆文化として広がり始めました。

この月の確認されている録音:0曲

1934年4月の録音に関する情報のまとめ

1934年4月の録音業界は、同月の業界誌を見るかぎり、クラシックの組物、ダンス音楽の新譜、廉価盤の量販、そしてレコード再生機器の更新が同時に進んでいました。『ラジオ・リテイリング誌(Radio Retailing)』1934年4月号では、アール・シー・エー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)のレコード売上増加、ヴィクター・ミュージカル・マスターピース・アルバム(Victor Musical Masterpiece Albums)とコロムビア・マスターワークス・セット(Columbia Masterworks Sets)の拡充、ブランズウィック・レコード(Brunswick Records)の新規市場開拓、そしてレコード・チェンジャーやラジオ・フォノグラフ複合機の新製品が並行して紹介されています。4月時点の市場は、単に新譜を増やすだけでなく、再生機器を含む家庭内のレコード利用環境そのものを広げる方向で動いていました。

アール・シー・エー・ヴィクター

『ラジオ・リテイリング誌(Radio Retailing)』1934年4月号によれば、アール・シー・エー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)は4月時点でレコード市場の再拡大を強く打ち出していました。同誌の広告は、新しいヴィクター・レコード(Victor Records)の売上が前年より100パーセント増えたと訴え、ターンテーブル需要の回復を背景に在庫拡充を促しています。商品面では、ヴィクター・ミュージカル・マスターピース・アルバム(Victor Musical Masterpiece Albums)が200点規模に近づき、4月の代表盤として Victor 24579、Victor E4577、Victor 24572、Victor 24561 が選定されていました。クラシックではミネアポリス交響楽団の録音や Victor 7958、Victor 7959 が取り上げられており、同社がポピュラー盤と高級盤を同時に押し出していたことが確認できます。

ブルーバード

アール・シー・エー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)は同じ4月号広告の中で、廉価ブランドのブルーバード・レコード(Bluebird Records)も別建てで強調していました。広告文では、ブルーバード・レコード(Bluebird Records)を「最も速く売れる廉価盤」と位置づけており、1934年4月の段階で、同社が本体のヴィクター・レコード(Victor Records)だけでなく、低価格帯商品を明確な販売軸として拡大していたことがわかります。これは不況期の需要に合わせた価格戦略として重要です。

コロムビア

コロムビア・レコード(Columbia Records)について『ラジオ・リテイリング誌(Radio Retailing)』1934年4月号は、コロムビア・マスターワークス・セット(Columbia Masterworks Sets)も200点規模に近づいていると伝えています。4月の中心商品としては、ロイ・ハリス(Roy Harris, 1898–1979)の《シンフォニー 1933(Symphony 1933)》のセット No. 191 が挙げられており、この録音は1934年2月2日にカーネギー・ホール(Carnegie Hall)で行われたものでした。さらに同月には、ジュール・マスネ(Jules Massenet, 1842–1912)の《マノン(Manon)》全曲録音も刊行されており、クラシック分野の大型組物を明確に拡充していました。ポピュラー盤では Columbia 2907-D、Columbia 2899-D、Columbia 2908-D が4月の有望盤として掲載されており、コロムビア・レコード(Columbia Records)が高級盤と一般向け新譜の両方を動かしていたことが確認できます。

ブランズウィック

ブランズウィック・レコード(Brunswick Records)は、1934年4月にアルゼンチン系タンゴ楽団の国内流通を大きく前進させました。『ラジオ・リテイリング誌(Radio Retailing)』1934年4月号は、エドゥアルド・ビアンコ・アンド・ヒズ・フェイマス・アルゼンティン・オーケストラ(Eduardo Bianco and His Famous Argentine Orchestra)がブランズウィック・レーベル(Brunswick label)でアメリカ盤デビューを果たしたと紹介しています。記事は、それまで輸入盤店の specialty だったビアンコ盤が国内市場全体へ広がると説明しており、これは4月のブランズウィック・レコード(Brunswick Records)の特徴的な動きでした。加えて同月の選定盤には Brunswick 6779、Brunswick 6782、Brunswick 6785 が入り、映画関連曲、タンゴ、ヴォーカル盤を横断して販売していたことがわかります。

ゼネラル・エレクトリック

レコード再生機器の側では、ゼネラル・エレクトリック社(General Electric Co.)が1934年4月に新しいラジオ・フォノグラフ複合機を市場へ出していました。『ラジオ・リテイリング誌(Radio Retailing)』1934年4月号は、Model M-49 を卓上型のラジオ・フォノグラフ複合機として紹介し、10インチ盤と12インチ盤の再生に対応すると記しています。さらに Model M-128 は12球式の高級ラジオ・フォノグラフ複合機で、自動レコード・チェンジャーを備えていました。1934年4月の資料上では、同社がレコード市場そのものだけでなく、家庭での連続再生環境の高度化にも動いていたことが確認できます。

ゼネラル・インダストリーズ

同じ『ラジオ・リテイリング誌(Radio Retailing)』1934年4月号では、ゼネラル・インダストリーズ社(The General Industries Co.)の自動レコード・チェンジャー広告も掲載されていました。広告によれば、この機器は10インチ盤と12インチ盤の両方に対応し、78回転だけでなく33⅓回転でも使用でき、10インチ盤なら8枚、12インチ盤なら7枚を自動で交換再生できました。しかも「即時納入可能」と明記されており、1934年4月の時点で、連続再生機構が実際の販売商品として流通していたことが確認できます。これはレコード消費のしかた自体を変える要素として重要です。