1934年8月に録音された音楽
1934年8月は、欧州政治の急変と国際協調の再編が同時に進んだ月でした。8月2日にパウル・フォン・ヒンデンブルク(Paul von Hindenburg, 1847–1934)が死去すると、ドイツでは前日に決められていた大統領職と首相職の統合が現実化し、8月19日の国民投票を経てアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler, 1889–1945)の権力集中が制度面でも固まりました。文化面ではヴェネツィア国際映画祭(Venice International Film Festival)が8月1日–20日に開かれ、初めて競争部門を備えた国際映画祭として実施されました。社会面ではミネアポリス・チームスターズ・ストライキ(Minneapolis Teamsters’ Strike)が8月22日に終結し、アメリカ合衆国の労働運動史に残る争議の一つとなりました。国際協調では、アメリカ合衆国が8月20日に国際労働機関(International Labour Organization)へ加盟し、8月24日にはアメリカ合衆国とキューバ共和国の互恵通商協定(Reciprocal Trade Agreement between the United States of America and Cuba)が調印されました。科学技術面では、8月15日にウィリアム・ビーブ(William Beebe, 1877–1962)とオーティス・バートン(Otis Barton, 1899–1992)がバチスフィア(Bathysphere)で3,028フィートの潜航記録を達成し、深海観測史の節目となりました。
この月の確認されている録音:0曲
1934年8月の録音に関する情報のまとめ
1934年8月の業界誌では、レコード産業は秋商戦に向けた再編、新規参入、複合機販売の強化が同時に進んでいました。新会社として始動したデッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は専属芸術家と販売店募集を前面に出し、ブランズウィック・レコード社(Brunswick Record Corporation)とコロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)の側は、統合後の製造・輸出・販促体制の立て直しを進めていました。RCAヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)は自動式フォノグラフ付き複合機を秋物として押し出し、エマーソン・ラジオ・アンド・フォノグラフ社(Emerson Radio & Phonograph Corporation)も新年度向け機種を一斉に展開していました。1934年8月は、録音物そのものの供給だけでなく、それを再生する家庭用機器と販売網の再構築が業界全体で進んだ月といえます。
デッカ
1934年8月の業界誌では、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)が新会社として本格始動したことが明瞭に確認できます。広告では、ビング・クロスビー(Bing Crosby, 1903–1977)とギー・ロンバード(Guy Lombardo, 1902–1977)が同社の専属録音芸術家として最初の録音を終えたと告知され、同時に販売店申請の受付も始められていました。別の記事でも、ジャック・カップ(Jack Kapp, 1901–1949)が新会社の陣容と録音陣を紹介しており、1934年8月のデッカは専属契約の確保、録音開始、販売網整備を同時進行で進めていたことがわかります。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Journal/30s/Radio-Journal-1934-08.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Merchant/Radio-Merchant-1934-08.pdf
ブランズウィックとコロムビア
1934年8月の業界誌では、ブランズウィック・レコード社(Brunswick Record Corporation)がコロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)の支配権取得後の再編を具体化していたことが確認できます。記事では、ビング・クロスビー(Bing Crosby, 1903–1977)、ギー・ロンバード(Guy Lombardo, 1902–1977)、カサ・ロマ・オーケストラ(Casa Loma Orchestra)の既存契約継続を明言したうえで、コロムビアのマスターワークス・アルバム・シリーズ(Masterworks Album Series)と著名歌手盤を重視し、さらにフォーリン・ランゲージ・レコード・シリーズ(Foreign Language Record Series)を再開発するとしていました。加えて、ブランズウィック盤をコロムビアのニュー・プロセス(New Process)によるラミネート構造で製造し、輸出部門でも積極策をとる方針が示されており、当月の再編は商品、製造、輸出、販売促進の全体に及んでいました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Journal/30s/Radio-Journal-1934-08.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Retailing/30s/Radio-Retailing-1934-08.pdf
RCAヴィクター
1934年8月の業界誌では、RCAヴィクター社(RCA Victor Company, Inc.)が新年度向けに多数の新型機を発表し、その中に自動式フォノグラフ付き複合機を含めていたことが確認できます。紹介記事では、モデル341とモデル381が自動式フォノグラフ付きの複合機として扱われ、広告ではグローブ・トロッター・シリーズ(Globe-Trotter Series)が秋季販売の主力として訴求されていました。1934年8月の同社は、レコード販売を単独で伸ばすのではなく、短波受信や高音質訴求と結びつけた複合機販売の中でレコード需要を広げようとしていたと整理できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Retailing/30s/Radio-Retailing-1934-08.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Journal/30s/Radio-Journal-1934-08.pdf
エマーソン
1934年8月の業界誌では、エマーソン・ラジオ・アンド・フォノグラフ社(Emerson Radio & Phonograph Corporation)が1935年向け新機種群を一斉に打ち出していたことが確認できます。広告では、同社が全十機種をそろえ、価格帯を17.50ドルから99.50ドルまで広く設定したうえで、新しい販売計画を販売店と代理店に提示していました。レコード会社ではないものの、再生機市場を担うフォノグラフ会社として、1934年8月に次期商戦へ向けた布陣を公にした企業として位置づけることができます。
