1934年6月に録音された音楽

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1934年6月に録音された音楽

1934年6月は、法制度の再編と大衆文化の節目が重なった月です。6月6日にはアメリカ合衆国で証券取引所法(Securities Exchange Act of 1934)が成立し、アメリカ合衆国証券取引委員会(U.S. Securities and Exchange Commission)が発足しました。6月9日には短編映画『かしこいめんどり』(The Wise Little Hen)が公開され、ドナルドダック(Donald Duck)が初登場しました。6月18日にはインディアン再組織法(Indian Reorganization Act)が成立し、翌19日には通信法(Communications Act of 1934)によって連邦通信委員会(Federal Communications Commission)が設置され、同日には国立公文書館設置法(National Archives Act)も成立しました。6月28日にはフランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt, 1882–1945)が炉辺談話を行い、月末の6月30日–7月2日にはアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler, 1889–1945)がエルンスト・レーム(Ernst Röhm, 1887–1934)らを排除した「長いナイフの夜」(Night of the Long Knives)として知られる粛清を断行しました。

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1934年6月の録音に関する情報のまとめ

1934年6月の録音関連資料をたどると、商業録音ではアールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)がヴィクター・レコードとブルーバード(Bluebird)の拡販を強め、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)では月内の録音日が連続したマトリクス番号で確認できます。アメリカン・レコード社(American Record Corporation)の系統下にあったブランズウィック・レコード社(Brunswick Record Corporation)でも、6月の録音予定記事と実験用ワックスが残っています。これと並行して、アメリカ議会図書館(Library of Congress)のアメリカ民俗歌曲文書館(Archive of American Folk Song)は南部で現地録音を進め、英国ではグラモフォン社(The Gramophone Company, Ltd.)が演奏会の中継録音を行い、機器面ではプレスト・レコーディング社(Presto Recording Corp.)が即時録音機を売り出していました。

アールシーエー・ヴィクター

アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)は、1934年6月の『ラジオ・マーチャント』(Radio Merchant)広告で、1934年最初の3か月にヴィクター・レコードの売上が前年同期比200パーセント増であったと訴求し、ブルーバード(Bluebird)を低価格盤の主力として前面に出していました。同じ広告では、『かしこいめんどり』(The Wise Little Hen)関連盤、デューク・エリントン(Duke Ellington, 1899–1974)の楽団による盤、イシャム・ジョーンズ(Isham Jones, 1894–1956)の楽団による盤、さらにレオポルド・ストコフスキー(Leopold Stokowski, 1882–1977)指揮のフィラデルフィア管弦楽団(Philadelphia Orchestra)の盤が新譜として並んでいました。加えて、『ラジオ・リテーリング』(Radio Retailing)は、シカゴ万国博覧会(A Century of Progress International Exposition)のアールシーエー館にヴィクター・レコードの製造工程を見せる設備や実演設備が置かれていたと伝えており、1934年6月のアールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)が販売と展示の両面で攻勢をかけていたことがわかります。

コロムビア

コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)については、原マトリクス・カード由来の一覧から、ニューヨークで1934年6月1日に152759–152760、6月4日に152761–152764、6月28日に152765–152768の録音が行われていたことが確認できます。さらに同じ資料では、1934年7月からコロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)のマスター番号がアメリカン・レコード社(American Record Corporation)の系列番号へ移り、CO接頭記号が付くことが明記されています。1934年6月は、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)が独自の150000番台で録音を続けた最後の月でした。

ブランズウィック

アメリカン・レコード社(American Record Corporation)の系統下にあったブランズウィック・レコード社(Brunswick Record Corporation)では、1934年6月初週の『ヴァラエティ』(Variety)が、ジョニー・グリーン(Johnny Green, 1908–1989)の楽団がペグ・ラセントラ(Peg LaCentra, 1910–1996)を伴って同週にブランズウィック・レコード社(Brunswick Record Corporation)向け録音を行う予定であると伝えています。さらに、6月20日の録音日一覧にはブランズウィック・レコード社(Brunswick Record Corporation)の「Experimental Wax」が現れており、1934年6月のブランズウィック・レコード社(Brunswick Record Corporation)に試験工程を含む具体的な録音活動があったことが確認できます。

アメリカ議会図書館

アメリカ議会図書館(Library of Congress)のアメリカ民俗歌曲文書館(Archive of American Folk Song)では、ジョン・エイヴァリー・ロマックス(John Avery Lomax, 1867–1948)とアラン・ロマックス(Alan Lomax, 1915–2002)が1934年6月にルイジアナ州で現地録音を進めていました。アメリカ議会図書館の公開記事では、1934年のルイジアナ録音が同館のための歴史的録音旅行であったことが示され、別の記事では1934年6月7日にルイジアナ州クロウリーから送られたジョン・エイヴァリー・ロマックス(John Avery Lomax, 1867–1948)の書簡が紹介されています。1934年6月は、商業レコード会社の新譜市場とは別に、アメリカ議会図書館(Library of Congress)による民俗音楽の記録保存が現地で進行していた月でもありました。

グラモフォン

グラモフォン社(The Gramophone Company, Ltd.)については、1934年6月4日にクイーンズ・ホール(Queen’s Hall)で行われたフィンランド国立交響楽団(Finnish National Symphony Orchestra)の演奏会が、ゲオルク・シュネーヴォイクト(Georg Schnéevoigt, 1872–1947)の指揮のもとで中継録音され、2B7064–7075として記録されたことが確認できます。これは単なる販売広告ではなく、1934年6月にロンドンで実際に行われた録音作業です。したがって、1934年6月のグラモフォン社(The Gramophone Company, Ltd.)は、公開演奏会の中継録音を継続していたことが具体的にたどれます。

プレスト・レコーディング

プレスト・レコーディング社(Presto Recording Corp.)は、1934年6月の『ラジオ・マーチャント』(Radio Merchant)で、あらゆる種類の音を即時録音できるプレスト・ユニヴァーサル・レコーダー(Presto Universal Recorder)を紹介していました。記事では、現場、家庭、学校、スタジオ、事務所などで録音できること、装置が2つのケースとマイクロフォンから成り、一方のケースにターンテーブル、モーター、送り機構、電磁式ピックアップを収め、他方に増幅器、制御盤、拡声器を収めることが説明されています。1934年6月の録音業界は、レコード会社の録音だけでなく、プレスト・レコーディング社(Presto Recording Corp.)のような即時録音機器メーカーの販売提案によっても動いていました。