1935年2月に録音された音楽

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1935年2月に録音された音楽

1935年2月は、外交、軍縮、探検、科学技術、映画文化が各地で動いた月でした。2月2日にはアメリカ合衆国(United States of America)とブラジル合衆国(United States of Brazil)の互恵通商協定が調印され、世界恐慌下の通商再編が南北アメリカにも及びました。2月13日にはブルーノ・リヒャルト・ハウプトマン(Bruno Richard Hauptmann, 1899–1936)に有罪評決が下り、いわゆるリンドバーグ事件は大きな節目を迎えます。2月14日には国際連盟(League of Nations)の武器の取引および私的・国家的製造に関する特別委員会(Special Committee for the Trade in and Private and State Manufacture of Arms and Implements of War)が始まり、軍縮交渉も続きました。2月20日にはカロライン・ミケルセン(Caroline Mikkelsen, 1906–1998)が東南極に上陸し、女性の極地到達史にも節目が生まれます。2月26日にはロバート・ワトソン=ワット(Robert Watson-Watt, 1892–1973)とアーノルド・フレデリック・ウィルキンズ(Arnold Frederic Wilkins, 1907–1985)による実験が航空機の無線探知の可能性を示し、2月27日の第7回アカデミー賞授賞式(The 7th Academy Awards)は映画文化の影響力を示しました。さらに2月28日にはウォーレス・ヒューム・カロザース(Wallace Hume Carothers, 1896–1937)がナイロン6,6の合成に成功し、新素材時代への道が開かれました。

この月の確認されている録音:0曲

1935年2月の録音に関する情報のまとめ

1935年2月の同時代資料を通して見ると、この月の録音関連産業は、アメリカ合衆国では再生機器と録音機器の技術面で、シンガポールでは輸入盤の流通と店頭販売の面で活動が確認できます。資料上で同月の動きを直接確認できる対象としては、アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)、ラジトーン・レコーディング社(Radiotone Recording Co.)、ヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)、コロムビア・レコード(Columbia Records)、フレイザー・アンド・ニーヴ社(Fraser & Neave, Ltd.)、T.M.A.ミュージック・ハウス(T.M.A. Music House)、ニュー・ワールド社(The New World Ltd.)が挙げられます。

RCAヴィクター

アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)については、『サービス』(Service)1935年2月号で「RCA Victor Phonograph Oscillator」が表紙および目次に掲げられており、アールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)がこの時点でフォノグラフ周辺機器を技術誌上で展開していたことが確認できます。1935年2月のアールシーエー・ヴィクター社(RCA Victor Co., Inc.)は、レコード販売だけでなく、再生機器まわりの拡販も進めていました。

ラジトーン・レコーディング

ラジトーン・レコーディング社(Radiotone Recording Co.)については、『ラジオ・エンジニアリング』(Radio Engineering)1935年2月号の新製品欄に録音ユニットが掲載されています。そこでは、ねじ送り機構、モーター、ターンテーブル、録音装置、増幅器、録音盤関連機材を扱う製造元として紹介されており、ラジトーン・レコーディング社(Radiotone Recording Co.)が1935年2月時点で録音機器供給を行っていたことが確認できます。

ヒズ・マスターズ・ヴォイス

ヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)については、シンガポールの『マラヤ・トリビューン』(Malaya Tribune)1935年2月5日号と7日号に大衆向けレコード広告が掲載されており、ヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)の輸入盤が現地紙上で継続的に販促されていたことが確認できます。さらに『マラヤ・トリビューン』(Malaya Tribune)1935年2月7日号には、国王演説盤が5万枚以上で世界販売に向けて準備されているという記事もあり、この時期のヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)が大量複製と国際流通の両面で動いていたことがわかります。加えて『ストレーツ・タイムズ』(The Straits Times)1935年2月23日号と28日号には、ジャック・ハルバート(Jack Hulbert, 1892–1978)の盤を売り出す広告が掲載されており、映画関連盤の販売も確認できます。

フレイザー・アンド・ニーヴ

フレイザー・アンド・ニーヴ社(Fraser & Neave, Ltd.)については、『ストレーツ・タイムズ』(The Straits Times)1935年2月23日号と28日号のヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)広告に現地の販売元として明記されています。したがってフレイザー・アンド・ニーヴ社(Fraser & Neave, Ltd.)は、1935年2月のシンガポール市場でヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)盤の流通を担っていた主要販売会社として確認できます。

コロムビア

コロムビア・レコード(Columbia Records)については、『マラヤ・トリビューン』(Malaya Tribune)1935年2月1日号と7日号に広告が掲載されています。広告本文の細部は一部判読しにくいものの、少なくとも同月初旬にコロムビア・レコード(Columbia Records)が紙面広告を通じて重点盤の販促を行っていたことは確認できます。

T.M.A.ミュージック・ハウス

T.M.A.ミュージック・ハウス(T.M.A. Music House)については、『マラヤ・トリビューン』(Malaya Tribune)1935年2月12日号と14日号、および『ストレーツ・タイムズ』(The Straits Times)1935年2月14日号に、ブランズウィック・レコード(Brunswick Records)の棚卸特売広告が掲載されています。価格を明示した在庫整理販売が繰り返し告知されているため、T.M.A.ミュージック・ハウス(T.M.A. Music House)が1935年2月中旬に輸入盤レコードの小売を積極的に行っていたことが確認できます。

ニュー・ワールド

ニュー・ワールド社(The New World Ltd.)については、『マラヤ・トリビューン』(Malaya Tribune)1935年2月7日号に、2,000枚を超える新品レコードを1枚40セントで販売する余剰在庫処分広告が掲載されています。ブランド名そのものは広告本文から確定できませんが、ニュー・ワールド社(The New World Ltd.)が同月に大量在庫のレコード販売を実施していたことは確認できます。主要販売会社の動きとして、1935年2月のシンガポール市場におけるレコード流通量の一端を示す資料です。