1936年12月に録音された音楽

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1936年12月に録音された音楽

1936年12月は、外交・政治体制・労働運動が各地域で大きく動いた月です。12月1日–23日、ブエノスアイレスで平和維持のための米州会議(Inter-American Conference for the Maintenance of Peace)が開かれ、フランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt, 1882–1945)が開会時に演説しました。12月5日、ソビエト社会主義共和国連邦では1936年ソビエト社会主義共和国連邦憲法(Constitution of the Union of Soviet Socialist Republics, 1936)が採択されました。12月10日–11日には、エドワード8世(Edward VIII, 1894–1972)の退位と国王陛下退位宣言法(His Majesty’s Declaration of Abdication Act 1936)の成立を経て、ジョージ6世(George VI, 1895–1952)が国王となりました。中国では12月12日–25日に西安事件(Xi’an Incident)が起こり、蔣介石(1887–1975)が張学良(1901–2001)と楊虎城(1893–1949)に拘束され、抗日統一戦線の形成へ向かう政治転換点となりました。12月10日にはカルロス・サアベドラ・ラマス(Carlos Saavedra Lamas, 1878–1959)がノーベル平和賞(Nobel Peace Prize)を受け、南米外交の成果が国際的に評価されました。12月9日には、オートジャイロ開発者フアン・デ・ラ・シエルバ(Juan de la Cierva, 1895–1936)がクロイドン飛行場付近の航空事故で死亡しました。12月30日には、アメリカ合衆国ミシガン州フリントでフリント座り込みストライキ(Flint sit-down strike)が始まり、ジェネラル・モーターズ社(General Motors Corporation)と全米自動車労働組合(United Automobile Workers)の対立が全国的な労働問題へ発展しました。

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1936年12月の録音に関する情報のまとめ

1936年12月の録音関連資料では、アメリカ合衆国の大手レーベルによるスウィング、ダンス音楽、舞台・映画関連録音の流通が目立ちます。『ザ・ニューヨーカー(The New Yorker)』1936年12月12日号のレコード評では、ヴィクター・レコード(Victor Records)、ブルーバード・レコード(Bluebird Records)、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)、ブランズウィック(Brunswick)、コロムビア(Columbia)、リバティ・ミュージック・ショップス(Liberty Music Shops)、ザ・グラモフォン・ショップ(The Gramophone Shop)が並行して扱われ、スウィング録音、舞台音楽、映画・劇場由来の録音が年末市場に置かれていたことが分かります。イギリスでは、ヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)の録音スタジオに、映画サウンドトラックをレコード化するための装置が導入され、映画音声とレコード商品の接続が進んでいました。機器面では、自動レコードチェンジャーと電気増幅を備えた高級ラジオ・フォノグラフ商品が業界誌に掲載され、レコード再生機器の電気化と家具型高級商品の展開も確認できます。

アールシーエー・マニュファクチャリング

アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)系のヴィクター・レコード(Victor Records)とブルーバード・レコード(Bluebird Records)は、1936年12月の同時代レコード評で複数の主要盤が扱われています。『ザ・ニューヨーカー(The New Yorker)』1936年12月12日号の「Popular Records」では、ノエル・カワード(Noël Coward, 1899–1973)とガートルード・ローレンス(Gertrude Lawrence, 1898–1952)による『今夜8時30分(Tonight at 8:30)』関連抜粋が、ヴィクター36192およびヴィクター36191として紹介されています。同記事は、ベニー・グッドマン(Benny Goodman, 1909–1986)のヴィクター25445、ルイ・アームストロング(Louis Armstrong, 1901–1971)のブルーバードB6644、ベニー・モーテン(Bennie Moten, 1894–1935)を冠したベニー・モーテン・カンザス・シティ・オーケストラ(Bennie Moten’s Kansas City Orchestra)のブルーバードB6638も取り上げています。これにより、アールシーエー・マニュファクチャリング社(RCA Manufacturing Co., Inc.)系の標準価格盤と低価格盤が、1936年12月の市場で並行して流通していたことが分かります。『ラジオ・トゥデイ(Radio Today)』1936年12月号でも、同社の製品群にヴィクター・レコード(Victor Records)とブルーバード・レコード(Bluebird Records)が含まれていることが示されています。

デッカ・レコード

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、1936年12月のアメリカ合衆国のレコード評で、ダンス音楽とヨーロッパ系ジャズを扱うレーベルとして確認できます。『ザ・ニューヨーカー(The New Yorker)』1936年12月12日号の「Popular Records」では、ハリー・ロイ(Harry Roy, 1900–1971)のDecca 974と、ステファン・グラッペリ・アンド・ヒズ・ホット・フォー(Stephane Grappelly and His Hot Four)のDecca 23002が取り上げられています。Decca 23002は、1935年7月にパリで録音された「Avalon」と「Clouds」を含む盤で、録音資料上ではステファン・グラッペリ(Stephane Grappelly, 1908–1997)とジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt, 1910–1953)の参加が確認できます。前者はダンス向けの演奏、後者はヨーロッパ発のスウィング録音として扱われ、1936年末のデッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)が大衆向けダンス盤とジャズ愛好者向け録音を同時に市場へ出していたことが分かります。

アメリカン・レコード・コーポレーション

アメリカン・レコード・コーポレーション(American Record Corporation)系のブランズウィック(Brunswick)とコロムビア(Columbia)は、1936年12月の同時代レコード評でスウィングおよびダンス録音の流通が確認できます。『ザ・ニューヨーカー(The New Yorker)』1936年12月12日号の「Popular Records」では、Brunswick 7777、Brunswick 7762、Columbia 3156-Dが批評対象として挙げられています。Brunswick 7762ではテディ・ウィルソン(Teddy Wilson, 1912–1986)の録音が取り上げられ、Columbia 3156-Dではミルズ・ブルー・リズム・バンド(Mills Blue Rhythm Band)の録音が扱われています。これにより、1936年12月時点でブランズウィック(Brunswick)とコロムビア(Columbia)が、アメリカ合衆国のスウィング市場で実際に批評・販売対象になっていたことが分かります。

ヒズ・マスターズ・ヴォイス

ヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)は、1936年12月の技術系同時代誌で、映画音声をレコード化する事業と結びついて確認できます。『ニューンズ・プラクティカル・メカニクス(Newnes Practical Mechanics)』1936年12月号は、ザ・グラモフォン・カンパニー(The Gramophone Company, Ltd.)が展開するヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)のセント・ジョンズ・ウッド録音スタジオに、ウォルト・ディズニー=ミッキー・マウス社(Walt Disney-Mickey Mouse, Ltd.)との契約に基づき、ミッキー・マウス(Mickey Mouse)およびシリー・シンフォニー(Silly Symphony)映画のサウンドトラックから蓄音機レコードを作るための特殊装置が置かれたと報じています。この記述は、1936年12月時点で映画館用音声を家庭用レコード商品へ転換する技術的・商業的取り組みが進んでいたことを示しています。

リバティ・ミュージック・ショップス

リバティ・ミュージック・ショップス(Liberty Music Shops)は、1936年12月のニューヨークのレコード評で、舞台音楽関連録音を流通させる販売会社・レーベルとして確認できます。『ザ・ニューヨーカー(The New Yorker)』1936年12月12日号の「Popular Records」では、エセル・マーマン(Ethel Merman, 1908–1984)による『レッド、ホット・アンド・ブルー!(Red, Hot and Blue!)』関連録音が、Liberty 207として取り上げられています。同記事では価格にも触れられており、リバティ・ミュージック・ショップス(Liberty Music Shops)が通常の大手レーベルとは別に、舞台作品の録音を商品化し、ニューヨークの音楽消費者へ届けていたことが分かります。

ザ・グラモフォン・ショップ

ザ・グラモフォン・ショップ(The Gramophone Shop)は、1936年12月時点で専門販売店であると同時に、自社録音を行う主体として確認できます。『ザ・ニューヨーカー(The New Yorker)』1936年12月12日号の「Popular Records」では、ザ・グラモフォン・ショップ(The Gramophone Shop)の独自シリーズ「ヴァラエティーズ(Varieties)」1005が取り上げられ、アレックス・フォガーティ(Alex Fogarty, 生没年不明)のピアノ演奏を含む録音が紹介されています。同記事は、ザ・グラモフォン・ショップ(The Gramophone Shop)が自社で録音も行うと説明しており、1936年末のニューヨークでは専門販売店が販売だけでなく独自録音シリーズの制作にも関わっていたことが分かります。

エレクトロ・アコースティック・プロダクツ

エレクトロ・アコースティック・プロダクツ社(Electro-Acoustic Products Co.)は、1936年12月のラジオ・機器業界誌で、自動レコードチェンジャー付き電気蓄音機の製造会社として確認できます。『ラジオ・トゥデイ(Radio Today)』1936年12月号は、マグナヴォックス・シンフォニー(Magnavox Symphony)Model 2502を「Automatic electric phonograph」として紹介し、25ワットの増幅出力、クリスタル・ピックアップ、8インチ・10インチ・12インチ盤への対応、低音・高音のトーン調整を備える製品として説明しています。この掲載は、1936年12月時点でレコード再生機器が手回し式蓄音機から、電気増幅、自動交換、家具型高級装置を組み合わせた家庭用再生機へ移行していたことを示しています。