1936年5月に録音された音楽

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1936年5月に録音された音楽

1936年5月は、イタリア王国(Kingdom of Italy)によるエチオピア帝国(Ethiopian Empire)侵攻が決定的局面を迎えた月です。5月5日にイタリア王国軍がアディスアベバ(Addis Ababa)に入り、5月9日にベニート・ムッソリーニ(Benito Mussolini, 1883–1945)はエチオピア帝国の併合を宣言しました。フランス第三共和政(French Third Republic)では5月3日の下院選挙第2回投票で人民戦線(Front populaire)が勝利し、レオン・ブルム(Léon Blum, 1872–1950)の政権成立へ向かいました。イギリス委任統治領パレスチナ(British Mandate for Palestine)では、1936–1939年パレスチナ・アラブ反乱(1936–1939 Arab Revolt in Palestine)のゼネラル・ストライキが続き、中東政治の緊張が高まりました。アメリカ合衆国(United States of America)では5月20日に農村電化法(Rural Electrification Act of 1936)が成立し、農村電化を支える低利融資制度が整えられました。科学技術では、5月28日にアラン・マシソン・チューリング(Alan Mathison Turing, 1912–1954)の論文「計算可能数について、その決定問題への応用(On Computable Numbers, with an Application to the Entscheidungsproblem)」が受理され、計算機理論の重要な節目となりました。交通・文化では、5月27日にクイーン・メアリー号(RMS Queen Mary)がサウサンプトン(Southampton)から初航海に出発しました。

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1936年5月の録音に関する情報のまとめ

1936年5月の録音関連資料では、米国のラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)、アメリカン・レコード・コーポレーション社(American Record Corporation)、米国デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)、英国デッカ・レコード社(Decca Record Company Ltd.)、エレクトリック・アンド・ミュージカル・インダストリーズ社(Electric and Musical Industries Ltd.)に関わる録音活動が確認できます。ジャズ、ダンス音楽、ブルースの録音が多く、米国ではニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルス、英国ではロンドン、欧州ではパリでの録音が目立ちます。ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカではブルーバード(Bluebird)の運営人事、米国デッカ・レコード社ではブルースとジャズの継続的録音、エレクトリック・アンド・ミュージカル・インダストリーズ社では英国・欧州のジャズ録音が、1936年5月の録音文化を構成する主要な動きとして確認できます。

ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ

ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のヴィクター部門(Victor Division)およびブルーバード(Bluebird)では、1936年5月に複数の主要ジャズ、ダンス楽団の録音が確認できます。5月8日にはウィンギー・マノーン(Wingy Mannone, 1900–1982)がニューヨークで「Basin Street Blues」「Panama」などを録音し、ブルーバード(Bluebird)盤として記録されています。5月20日にはトミー・ドーシー(Tommy Dorsey, 1905–1956)、5月23日にはフレッチャー・ヘンダーソン(Fletcher Henderson, 1897–1952)、5月25日にはレイ・ノーブル(Ray Noble, 1903–1978)、5月27日にはベニー・グッドマン(Benny Goodman, 1909–1986)の録音が確認できます。1936年5月にはイーライ・オーバースタイン(Eli Oberstein, 1901–1960)がブルーバード(Bluebird)のアーティスト・アンド・レパートリー責任者となり、同社の低価格レーベル運営にも関わる時期に入りました。

アメリカン・レコード・コーポレーション

アメリカン・レコード・コーポレーション社(American Record Corporation)系では、1936年5月にヴォカリオン(Vocalion)、ブランズウィック(Brunswick)、コロンビア(Columbia)などに関わる録音が確認できます。5月4日にはテディ・ヒル(Teddy Hill, 1909–1978)が「At The Rug Cutters’ Ball」などを録音し、5月7日にはドン・レッドマン(Don Redman, 1900–1964)、5月9日にはマル・ハレット(Mal Hallett, 1896–1952)、5月12日にはスタッフ・スミス(Stuff Smith, 1909–1967)、5月13日にはチャーリー・バーネット(Charlie Barnet, 1913–1991)、5月14日にはジョー・ヘイムズ(Joe Haymes, 1907–1964)とテディ・ウィルソン(Teddy Wilson, 1912–1986)、5月17日にはルイ・プリマ(Louis Prima, 1910–1978)、5月20日にはミルズ・ブルー・リズム・バンド(Mills Blue Rhythm Band)の録音が確認できます。録音地は主にニューヨークで、スウィング時代のダンス楽団、ホット・ジャズ系小編成、ヴォーカルを含む録音が並びます。

米国デッカ・レコード社

米国デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)では、1936年5月にシカゴ、ニューヨーク、ロサンゼルスで録音活動が確認できます。5月5日にはオスカーズ・シカゴ・スウィンガーズ(Oscar’s Chicago Swingers)がシカゴで「New Rubbing On The Darned Old Thing」「I Wonder Who’s Boogiein’ My Woogie」を録音し、5月11日–12日にはジョージア・ホワイト(Georgia White, 生没年不明)が複数のブルース録音を行いました。5月18日にはルイ・アームストロング(Louis Armstrong, 1901–1971)が「Swing That Music」「Mahogany Hall Stomp」などを録音し、5月22日・23日・28日にはシグニファイング・メアリー・ジョンソン(Signifying Mary Johnson, 生没年不明)の録音が記録されています。5月25日–26日にはディック・ロバートソン(Dick Robertson, 1903–1979)の録音も確認できます。米国デッカ・レコード社は同月、ジャズ、ブルース、ポピュラー歌唱を横断して録音を継続していました。

英国デッカ・レコード社

英国デッカ・レコード社(Decca Record Company Ltd.)系では、1936年5月にロンドン録音が確認できます。5月15日にはブライアン・ローレンス(Brian Lawrance, 生没年不明)が率いるブライアン・ローレンス・アンド・ヒズ・ランズダウン・ハウス・セクステット(Brian Lawrance and His Lansdowne House Sextet)が「Alexander’s Ragtime Band」などを録音しました。5月21日と5月26日にはフィル・ワッツ(Phil Watts, 生没年不明)のフィル・ワッツ・アンド・ヒズ・バンド(Phil Watts and His Band)が「Playing The Blues」「Dere’s Jazz In Dem Dere Horns」を録音しています。英国デッカ・レコード社の1936年5月の活動は、米国曲やジャズ語法を取り入れた英国ダンス音楽録音の一部として位置づけられます。

エレクトリック・アンド・ミュージカル・インダストリーズ

エレクトリック・アンド・ミュージカル・インダストリーズ社(Electric and Musical Industries Ltd.)系では、ヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)、パーロフォン(Parlophone)、コロンビア(Columbia)、リーガル・ゾノフォン(Regal Zonophone)などに関わる英国・欧州録音が確認できます。5月4日にはパリで、ジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt, 1910–1953)とステファン・グラッペリ(Stéphane Grappelli, 1908–1997)を含むクインテット・デュ・ホット・クラブ・ド・フランス(Quintette du Hot Club de France)が録音しました。ロンドンでは、5月5日にハリー・ロイ(Harry Roy, 1900–1971)、5月14日にマリオ・ロレンツィ(Mario Lorenzi, 生没年不明)、5月20日・28日にナット・ゴネラ(Nat Gonella, 1908–1998)、5月25日にマックス・エイブラムス(Max Abrams, 生没年不明)の録音が確認できます。1936年5月の同社系録音は、英国のダンス・バンド録音と欧州ジャズ録音の双方を含んでいます。